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クラス最底辺の俺、触れたヒロインの死亡フラグが見えるんだが助けたら世界が壊れそう  作者: shiyushiyu


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第28花 触れないで、聞く

 放課後の教室は、昼とは別の顔をしている。


 机の影が長く伸び、窓の外はオレンジ色に染まっていた。

 部活に行く生徒の足音が、廊下の向こうで遠ざかっていく。


 アスターは、いつものように席に残っていた。


 ノートを開いている。

 鉛筆を走らせ、書いては止まり、また書く。


 集中している――ように見えて、

 その実、周囲を強く拒絶しているようにも見えた。


「……アスター」


 その声に、彼はびくりと肩を揺らした。


 顔を上げると、スズランが立っていた。

 鞄を持ったまま、帰るでもなく、立ち去るでもなく。


「なに?」


 短い返事。

 それだけで、少し警戒しているのが分かる。


 スズランは、彼の机の横に立った。


「もう帰らないの?」


「……あと少し」


 視線はノートから外れない。


 スズランは、あえてそのノートを見ないようにした。

 視線を合わせるのは、アスターの顔だけ。


「ねえ」


「なに」


 会話が、やけに淡白だった。


 スズランは、一度言葉を飲み込む。

 そして、できるだけ何気ない調子で言った。


「最近、疲れてない?」


 アスターの手が、止まった。


「……別に」


「そっか」


 スズランは小さく笑う。


「でもさ、授業中も放課後も、ずっとそれ書いてるじゃん」


 アスターは、ようやくノートから目を離した。


「……気になる?」


 問い返しは、少しだけ棘を含んでいた。


「うん」


 スズランは、否定しなかった。


「だってさ。前は、そんなタイプじゃなかったでしょ」


 それは、事実だった。


 クラス最底辺。

 目立たず、話さず、ただ流されるように過ごしていた少年。


 それが今は、

 “何かに追われるみたいに”書き続けている。


 アスターは、視線を逸らした。


「……変わることもあるよ」


「理由は?」


 間髪入れずの質問。


 アスターは、一瞬だけ言葉に詰まった。


「……必要だから」


「必要?」


 スズランは、その言葉を繰り返す。


「なにに?」


 沈黙。


 教室の時計の音だけが、やけに大きく響く。


 アスターは、ノートを閉じた。


 その仕草が、どこか“守る”みたいで、スズランの胸がざわつく。


「……誰かに、言うつもり?」


 ぽつりとした声。


 それは質問であり、警告にも聞こえた。


 スズランは、首を振った。


「言わないよ」


 即答だった。


「ただ……心配なだけ」


 アスターは、彼女を見る。


 その目には、疑いと戸惑いと、ほんの少しの安堵が混ざっていた。


「……変なこと、考えてない?」


 スズランは、静かに踏み込む。


「たとえばさ。

 自分だけが何かを背負わなきゃいけない、とか」


 アスターの表情が、わずかに強張った。


「……どうして、そう思う?」


「なんとなく」


 また、その言葉。


 でも今度は、嘘じゃなかった。


「アスターってさ」


 スズランは、声を落とす。


「優しいよね。

 だから、怖いんだよ」


「……怖い?」


「うん」


 スズランは、彼の目を見つめた。


「その優しさがさ。

 自分を壊す方向に行ってる気がして」


 沈黙。


 アスターは、何も言わない。


 否定もしない。

 肯定もしない。


 それが、何よりの答えだった。


 スズランは、胸が少しだけ苦しくなる。


「ねえ、アスター」


 最後の一歩。

 これ以上は踏み込まないと決めた、ぎりぎりの線。


「それ……危ないことじゃないよね?」


 彼は、しばらく黙っていた。


 そして、ようやく口を開く。


「……誰かが、傷つくことはある」


 静かな声だった。


 まるで、事実を述べるだけのように。


 スズランの背中を、冷たいものが走る。


「でも」


 アスターは続けた。


「……それ以上に、助かる人もいる」


 スズランは、言葉を失った。


(……やっぱり)


 確信が、恐怖に変わる。


 これはただのノートじゃない。

 これは――選別だ。


「……ねえ」


 スズランは、最後に言った。


「それ、ちゃんと一人で決めてる?」


 アスターの脳裏に、ダリアの顔が浮かぶ。


 答えは、出なかった。


「……ごめん」


 それだけ言って、彼は視線を落とした。


 スズランは、それ以上何も聞かなかった。


「……分かった」


 そう言って、背を向ける。


 教室を出る直前、彼女は振り返った。


「無理しないで」


 その言葉は、祈りだった。


 扉が閉まる。


 残されたアスターは、閉じたノートに手を置く。


 そして、心の中で呟いた。


(……もう、無理なんだ)


 遠回しな質問は終わった。

 次は、もっと直接的な“選択”が迫ってくる。

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