第26花 見えない距離
教室の空気が、どこかおかしい。
スズランは窓際の席で頬杖をつきながら、斜め前の二人を見ていた。
アスターとダリア。
ただ並んで座っているだけ。
話しているわけでも、触れているわけでもない。
それなのに――
(……近すぎない?)
言葉にするとそれだけのことなのに、なぜか胸の奥がざらつく。
ダリアはいつも通り、机に肘をついて教科書を眺めている。
アスターはいつも通り、無表情でノートを開いている。
なのに。
まるで二人の間にだけ、透明な膜が張られているみたいだった。
周囲の音が遮断されているような、
他の誰も入り込めない“静かな世界”が、そこだけにある。
(……気のせい?)
そう思おうとするたびに、違和感はむしろ大きくなる。
休み時間になっても、二人は必要以上に距離を取らない。
けれど、必要以上に近づくこともない。
まるで、最初から“最適な距離”を知っているみたいに。
それが、気味が悪かった。
スズランは鉛筆を転がしながら、ふとダリアの横顔を見る。
ダリアは、笑っていなかった。
でも、どこか満たされたような、
誰にも見せないはずの安定した表情をしていた。
(……なんなのよ、それ)
胸の奥が、じくりと痛む。
放課後。
教室に残っていたのは、スズランと、アスターと、ダリアだけだった。
夕陽が差し込んで、机の影が長く伸びる。
スズランはわざと、二人の近くを通るようにして鞄を持った。
その瞬間――
ダリアの視線が、ほんの一瞬だけ、スズランに向いた。
その目が、やけに静かだった。
探るような目。
測るような目。
そして――どこか愉しんでいるような目。
スズランは、思わず足を止める。
「……なに?」
ダリアは小さく首を傾げただけで、何も言わなかった。
なのに。
“見透かされた”気がした。
スズランは教室を出たあと、廊下の壁に背を預ける。
(……あれは、普通じゃない)
友達同士の距離感じゃない。
クラスメイト同士の距離感でもない。
じゃあ、何なのか。
それが分からないことが、怖かった。
そのとき、背後から微かな紙の擦れる音がした。
振り返ると、教室の中でアスターが、ノートを閉じているのが見えた。
ダリアが、何も言わずにそれを見ている。
ただ、それだけの光景。
なのに。
スズランの背中を、冷たいものが伝った。
(……あのノート)
あのノートを中心に、何かが静かに狂い始めている。
そんな予感だけが、はっきりと胸に残った。




