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クラス最底辺の俺、触れたヒロインの死亡フラグが見えるんだが助けたら世界が壊れそう  作者: shiyushiyu


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第25花 一頁だけ

 放課後の空気は、昼間よりもずっと重かった。


 教室には、俺とダリアだけが残っている。

 誰かの気配があるわけでもないのに、やけに周囲を意識してしまう。


「……本当に、少しだけだぞ」


 そう言うと、ダリアは小さく頷いた。


「うん。わかってる」


 声は落ち着いている。

 無理に踏み込もうとする様子もない。


 だからこそ、逃げ道を失っている気がした。


 机の中から、ノートを取り出す。


 何度も触ってきた表紙。

 何度も守ってきた重さ。


 それを、今は机の上に置いている。


「……全部は見せない」

「うん」

「未来の詳細も、全部は書いてない」

「うん」


 ダリアは、ただ聞いている。


 促すでもなく、焦らすでもなく。

 ただ、待っている。


 その態度が、逆に怖かった。


 ページをめくる。


 最近書いた中で、いちばん“軽い”内容の頁。

 誰かが困りそうだった出来事と、それを回避した結果。


 名前も、出来事も、曖昧に書いてある。


 完全な真実ではない。

 でも、嘘でもない。


「……これだけだ」


 ノートを、ダリアのほうに少しだけ滑らせる。


 彼女は、すぐには手を伸ばさなかった。


 一度、俺の顔を見る。


「……触ってもいい?」

「……ああ」


 それだけで、胸の奥が少しざわついた。


 ダリアは、そっとノートの端に指をかけた。

 乱暴さは、まったくない。


 まるで、壊れやすいものに触れるみたいに。


 視線が、ページの上をゆっくりなぞる。


 文字を追う速度が、思っていたよりもずっと丁寧だった。


 時間が、やけに長く感じる。


「……これ」


 しばらくして、ダリアが小さく声を出した。


「この日付……」

「何か問題か」

「ううん。ただ……」


 少しだけ、言葉を探す間があった。


「この日、本当に……何も起きなかったんだよね?」

「ああ。書いてある通りだ」


 ダリアは、もう一度ページを見る。


 それから、ほんのわずかに眉を下げた。


「……そっか」


 それは、安心の表情だった。

 でも同時に、どこか残念そうにも見えた。


「……なにか思ったのか」

 思わず聞く。


 ダリアは、首を横に振った。


「ううん。ただ……」

「こうやって見ると……ちゃんと“現実”なんだなって思って」


「……現実?」

「うん。アスターくんが、作り話をしてるわけじゃなくて」

「本当に、“これ”と一緒に生きてるんだって」


 その言い方が、少しだけ引っかかった。


「……重いだろ」

 俺は言った。

「見るだけでも」


 ダリアは、一度だけ瞬きをして、それから小さく微笑った。


「……うん。思ってたより、ずっと」


 でも、その声は震えていなかった。


「でも……」

 ページから視線を外さないまま、続ける。

「だからこそ、見せてくれてよかったって思う」


「……どうして」

「だって」


 そこで初めて、ダリアは顔を上げた。


 俺を、まっすぐ見て。


「これを見ないまま、そばにいるのは……」

「ちょっと、ずるい気がしたから」


 ずるい。

 その言葉の意味が、すぐには掴めなかった。


「アスターくんだけが、知ってて」

「アスターくんだけが、決めてて」

「私は、ただ“理解してるつもり”だったでしょ?」


 たしかに、その通りだった。


「それって……」

 ダリアは少し考えるように間を置いてから言った。

「ちゃんと向き合ってるとは、言えない気がして」


 理屈は、正しかった。

 だからこそ、胸の奥が妙にざわつく。


「……これ以上は、見せない」

 改めて言う。


 ダリアは、あっさり頷いた。


「うん。約束だからね」


 素直すぎる反応だった。

 拍子抜けするほどに。


 ダリアはノートを俺のほうに戻すと、指先をゆっくり離した。


「……ありがとう」

「なにが」

「信じてくれたこと」


 それは、あまりにもまっすぐな言葉だった。


「少しだけでも、見せてくれたってこと」

「……」

「それって、私にとっては……すごく大きいから」


 その言い方が、妙に重かった。


「……大げさだろ」

「大げさじゃないよ」


 ダリアは、静かに言った。


「だって、これって……」

「アスターくんの“世界”の一部でしょ?」


 世界。


 その言葉に、背中がひやりとした。


 ただのノートのはずなのに。

 ただの記録のはずなのに。


 それを、彼女は“世界”と言った。


「……もういいだろ」

 俺はノートを閉じて、鞄にしまった。


 それ以上、触れられたくなかった。


「うん。十分」


 ダリアは、穏やかに笑った。


「今日は、これでいい」


 今日は、という言い方が、ほんの少しだけ引っかかる。


「じゃあ、帰ろうか」

「……ああ」


 二人で教室を出る。


 廊下を並んで歩きながら、ダリアはいつもと同じ調子で話していた。

 好きな授業のこと。

 部活の話。

 くだらないクラスメイトの噂。


 何も変わっていないように見える。


 でも――


「……ねえ、アスターくん」

 校門の前で、ダリアが言った。


「なに?」

「今日見せてもらったところ」

「……」

「ちゃんと、覚えておくね」


 それは、優しい言葉だった。

 感謝の言葉のはずだった。


 なのに。


「……覚えなくていい」

 反射的に、そう言っていた。


 ダリアは、一瞬だけ目を丸くしたあと、小さく笑った。


「……そっか」

「でもね」


 やわらかい声のまま、続ける。


「私は、忘れないと思う」


 それだけ言って、ダリアは手を振った。


「じゃあ、また明日」


 いつも通りの笑顔。

 いつも通りの別れ方。


 なのに、その背中を見送りながら、胸の奥に、消えない違和感が残った。


 ――一頁だけ、見せただけのはずなのに。


 ――どうしてこんなに、取り返しのつかないことをした気がするんだろう。


 鞄の中で、ノートの重さが、さっきよりもずっと重く感じられた。

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