第1花 クラス最底辺の俺は、触れてはいけなかった
本編開始です。重めの展開が続きます。
スズランに触れてしまった日から、世界の見え方が変わった。
いや、正確には――
壊れ始めていることに、気づいてしまった。
教室の空気は、いつも通りだった。
笑う声。雑談。スマホ。
誰も、何も変わっていない。
変わったのは、俺だけだ。
スズランは今日も、クラスの中心にいる。
誰かに話しかけられ、笑い、頷き、気遣う。
――普通の女の子。
なのに、俺の中では、
彼女はもう「死ぬ運命の人間」になっていた。
触れなければ見えない。
だが、一度見てしまった未来は消えない。
頭の奥に、焼き付いたままだ。
休み時間、席を立った俺は、廊下に出た。
誰にも触れないよう、壁際を歩く。
「……なにあれ」
小さく呟いた瞬間、ポケットのスマホが震えた。
昨日と同じ、見覚えのない画面。
《死亡フラグ:スズラン》
《進行度:低》
《補足:接触頻度により上昇》
意味が、少しだけ分かった。
――近づくな、ということだ。
俺はスズランを見る。
彼女はまだ、俺に気づいていない。
それだけで、心臓が痛んだ。
「アスターくん」
呼ばれた。
反射的に、体が強張る。
振り返ると、スズランが立っていた。
距離は、三歩分。
触れていない。
だから、未来は見えない。
「昨日、ごめんね。驚かせちゃって」
彼女は申し訳なさそうに微笑む。
「……気にしてない」
嘘だった。
気にしすぎて、息が詰まりそうだ。
「体調、悪かった?」
「違う」
言いかけて、止める。
真実を言うわけにはいかない。
言えば、もっと近づいてしまう。
「俺、用事あるから」
逃げるように、踵を返す。
背中に、スズランの視線を感じた。
その日の放課後。
俺は屋上への階段の前で、足を止めた。
昨日、見た未来。
夜の校舎。屋上。彼女の姿。
偶然かもしれない。
そう思いたかった。
スマホが、また震える。
《注意》
《スズランの死亡フラグは、複数の未来に分岐しています》
《共通条件:アスターとの関係深化》
……最悪だ。
助けようとするほど、
彼女は死に近づく。
じゃあ、離れればいい。
関わらなければいい。
その答えが、正しいかどうかは分からない。
でも、他に選択肢は見当たらなかった。
俺は階段から離れ、校舎を出た。
夕焼けの中で、
ふと、スズランがこちらを見ている気がした。
振り返らなかった。
――触れてはいけない。
それだけが、今の俺にできる、唯一の答えだった。




