第9花 知らないままで、いられなくなる
スズランは、最近、ずっと胸の奥が落ち着かなかった。
理由ははっきりしている。
アスターの態度だ。
優しくなったわけでもない。
冷たくなったわけでもない。
ただ――
どこか、決めつけたような距離になった。
話しかければ応えてくれる。
でも、それ以上は踏み込ませない。
まるで、見えない線を引かれているようだった。
「ねえ、アスター」
昼休み。
席の横に立って、声をかける。
「……なに」
「最近、何か隠してない?」
言った瞬間、後悔した。
重すぎたかもしれない。
でも。
アスターの反応は、予想よりずっと分かりやすかった。
一瞬、動きが止まった。
ほんの一瞬。
でも、スズランには十分だった。
「……なんでそう思うんだ」
声は、平静を装っている。
けれど、どこか硬い。
確信に変わる。
「やっぱり、あるんだ」
笑おうとしたのに、うまくいかない。
「ねえ。私、信じられてない?」
アスターは答えない。
視線が、机の上から逸れる。
スズランは、その視線の先を、無意識に追った。
――机の中。
正確には、鞄の上。
何かを、気にしている。
「それ……」
指が、自然と動きそうになって、止めた。
勝手に覗くのは、だめだ。
それくらいの分別はある。
でも。
「見られたくないものがある」という事実だけが、
胸に、重く残った。
「ごめん」
スズランは、視線を戻した。
「変なこと聞いた」
「……いや」
短い返事。
でも、空気は戻らない。
「私さ」
少しだけ、言葉を選ぶ。
「……何も知らないのは、楽だと思ってた」
アスターが、わずかに顔を上げた。
「でも最近、ちょっと怖い」
正直な言葉だった。
「知らないまま、何かが決まってる気がして」
教室のざわめきが、遠く感じる。
「私のこと、
もう……決めてる?」
問いは、柔らかい。
けれど、その中身は、鋭かった。
アスターの表情が、ほんのわずかに歪んだ。
それが、答えに見えた。
「……スズラン」
名前を呼ばれる。
でも、その声は、どこか迷っていた。
「大丈夫だよ」
スズランは、先に言った。
自分に言い聞かせるように。
「どんな理由でも、
ちゃんと聞くから」
それは、約束でもあり、覚悟でもあった。
「だから――」
一歩、近づく。
その瞬間。
視界の端で、
また、あの“何か”が揺れた気がした。
見えないはずの、
触れられないはずのもの。
でも確かに、
空気が、ひりついた。
スズランは、思う。
これは、ただの気のせいじゃない。
アスターの周りには、
自分の知らない「何か」がある。
そして、それは。
――自分に関係している。
「……ねえ」
小さく、問いかける。
「私、
何から守られてるの?」
その言葉に、
アスターは、答えられなかった。




