召喚されたのはムキムキおかんでした ~筋肉と愛情で異世界を更生します~
頭を空っぽにしてください
大地が裂け、空がひび割れる。
神殿の奥、巨大な魔法陣が紫の稲妻を放ち、召喚の儀が最終段階に入っていた。
「……ついに、伝説の戦士がこの地に降り立つ時が来た!」
大司祭が杖を天に掲げると、周囲の巫女たちが一斉に詠唱を始めた。
「いでよ、破壊の拳よ! 異界の力を纏いし者よ!」
バリバリと音を立て、魔法陣が眩しく光る。
次の瞬間、ドォン!という爆音とともに何かが地面に降ってきた。
……いや、誰かが。
「……んもう、ちょっとぉ。いきなり落とすなんて、女の子に何すんのよ!」
立ち上がったのは、身の丈2メートルを超える大女――
ではなく、鍛え抜かれた筋肉美を誇るマッチョな中年オカマだった。
ピンクのワンピースに前掛け姿、肩には筋肉の稲妻、背には巨大なおたま。
片手にはサンドバッグのようなトートバッグ、もう片手には梅干し入りのタッパー。
「アンタたち、いったい何事かと思ったら……召喚ですって?
ま、いいわ。ママが来たからには、もう安心なさい!」
「……は?」
場の全員が絶句した。
この世界、〈レキュリア〉は魔王の復活を間近に控えていた。
王都では“勇者召喚”の儀が行われ、異世界から強力な助っ人を呼び出した――はず、だったのだが。
「……大司祭様。これは……その、勇者で?」
「ま、間違いなく……この魔法陣は、強靭な肉体と優しき心を持つ者に反応するはず……!」
「つまり、選ばれし者……!」
「そう、オカママッスル……ママであるッ!」
大司祭が吠えるよりも早く、ママはすでに手近な兵士たちの鎧を直し始めていた。
「ちょっとアンタ、ここ、ほつれてるわよ~。危ないじゃないの。よし、ママが直してあげるからね~」
え、針と糸どこから出した。
その場にいた誰もが思った。
「ママってば、誰かが困ってると放っておけない性格なのよ~」
にこやかに笑いながら、ママは瞬く間に鎧の補修を終える。縫製技術、プロレベル。
だが――次の瞬間、神殿の壁を破って黒い霧が流れ込んできた。
「グオオォォォ……!」
現れたのは魔王軍の尖兵、〈黒鉄の魔獣〉。
鎧のような皮膚に覆われたその巨体は、咆哮一つで巫女たちを吹き飛ばした。
「う、うわああっ! もう来たのか!?」
「なんてタイミングだ……!」
兵士たちが武器を構えるが、絶望の色が濃い。
だがその時、ふわりと神殿に甘い香りが広がった。
「ごはん食べてないんでしょ? ママの梅干し、ひと粒食べなさい」
そう言って、ママはタッパーから手作りの梅干しを取り出し、ぽんと魔獣の口に放り込んだ。
……魔獣、固まる。
「……ンンッ……しょっぺぇ!!」
次の瞬間、魔獣は全身を震わせ、涙を流しながらその場に倒れ伏した。
「効いた!?」
「えぇ、梅干しは身体にいいのよォ~? 鉄分とクエン酸でバランス取れてるし」
「いや、そういう問題!?」
混乱する兵士たちをよそに、ママはエプロンのポケットからさらに何かを取り出す。
「それじゃあ、ママちょっとだけ、本気出すわね……ふんぬぅ!」
筋肉が盛り上がり、背中の“おたま”を引き抜いたママは、なぜかそれを軽々と振り回し始めた。
ガァン!
一振りで、神殿の柱が半分だけ削れる。
「うわああああ!?」
「おたまが……鉄柱を……!? ていうか、武器ソレ!?」
「オホホホ、これは《制裁おたま・極》よぉ~」
名乗りの後、ママは黒鉄の魔獣へ向かって颯爽と駆け出した。
「悪い子には、ママのおしおきッ!」
振り下ろされるおたま。その瞬間、爆音と共に魔獣は床に沈み――
光の粒となって浄化された。
静寂。
誰もが、口を開けたまま言葉を失っていた。
「ふぅ~、これでひと安心ね」
ママはおたまを背中に戻すと、はたきでも持つような自然な手つきで手をパンパンと払った。
周囲の兵士たちはというと、未だ硬直中。
「ま、魔獣が……」
「いや、あれはもう……魔獣じゃなくて、“可哀想な子”扱いだった……」
「……母は強し……!」
崇拝が、ざわざわと芽生え始める。
すると、そんな空気の中、ママはふいに大司祭の肩に手を乗せてこう言った。
「で、ママを呼び出したってことは……家事全般かしら? お掃除? 洗濯? それとも、悩み相談?」
「い、いえっ……あの、その……勇者として魔王を……!」
「魔王?」
その単語に、ママの瞳がきらりと光る。
「……人を傷つける悪い子には、お灸を据えないとねぇ~」
にっこりと微笑むその顔は、慈愛に満ちていた。
が、筋肉は完全に戦闘態勢。
王宮はママの突然の“参戦”に、困惑しながらも受け入れざるを得なかった。
というのも――
「お料理、すごいです!」
「ママにマッサージしてもらったら、肩こり治った!」
「洗濯物、干すの早すぎィィィ!」
勇者に必要なのは、戦闘力とカリスマ性だというのに。
ママはそれに家事スキルと包容力という、新たな概念を加えてしまった。
王女すらも、ママの「特製お味噌汁」の虜である。
「おかわり……欲しい……」
「やだぁ、王女ちゃんったら、よく食べるわねぇ~♪」
もはや勇者というより、王国の母である。
だが、そんなある夜――
魔王軍からの宣戦布告が届いた。
「魔王城より、“世界を闇に沈める”との声明です!」
「来たか……!」
そのときママは、窓の外の星空を見上げながら、呟いた。
「……おやつの時間までには、帰ってこれるかしら?」
王国の総力を挙げて出陣する……はずだった。
だが、気づけば軍の先頭にはママ一人。
ピンクのエプロン、背中に“制裁おたま・極”、手には梅干しとスコーンの詰まったタッパー。
「ママ、単騎で行くわよぉ~♪」
「ま、ママぁぁぁ!! ひとりで行かないでくださいぃぃ!!」
「いいのよ王女ちゃん。男の子でも女の子でも、やる時はやらなきゃ、でしょ?」
その言葉に、王女は何かを学び、涙をこらえた。
そしてママは――一人、魔王城へと乗り込んだ。
魔王城では、魔王が高笑いしていた。
「クックック……たった一人で来るとは、愚か者め!」
「まぁまぁ、そう言わず……まずはお茶でもいかがかしらぁ?」
どこからともなく湯気の立つティーポットが出現。
「おもてなしの心、大事よォ~?」
「なっ、何を企んでいる……っ!?」
「ふふふ、ちょっと“ママの味”を教えてあげようと思ってぇ~」
その瞬間、ママの背中の筋肉がバッ!と隆起。
「ママはね、どんな子も愛してるの。
でもね、悪さをする子には――愛の鉄拳を!」
叫ぶと同時に、おたまが光を放った。
「ふんぬぅぅぅぅ!!!!!」
空間ごとぶち抜かれる一撃。
魔王はその衝撃で床ごと吹き飛び、天井を突き破って星の彼方へと消えていった。
残された魔族たちは、呆然とその光景を見ていた。
「……ママって、なんなの……」
「母なる、破壊神……?」
かくして、世界は救われた。
その後――ママは王国で“聖母ママ”として讃えられ、
魔王城跡地には「筋肉家政学園」が設立された。
「今日も一日、やさしく強く、しっかりごはん!」
エプロンを翻しながら、おたまを構えるママの姿は、
子どもたちの心に深く刻まれていく。
戦って、癒して、抱きしめる――
彼女(?)の名は、《オカママッスル》。
異世界最強の、ママである。
ー完ー
いや、なんかすみません。