第五部:未来を選ぶ
◆ 第10章:仲間と共に
エレノアは、起業の準備を本格的に開始した。
まずは、自分のデザインを形にするための、服飾の技術をさらに磨く必要があった。
ダメ学校の授業だけでは足りない。
エレノアは、街の小さな仕立て屋でアルバイトをしながら、技術を学ばせてもらった。
リヒトは、エレノアの起業を経営的な視点から協力した。
市場調査の結果を共有したり、ビジネスプランの組み立てについてアドバイスしたり。
公爵家の子息としてのコネクションを使って、エレノアが仕入れをする際に有利な条件を引き出せるように手配したりもした。
「この生地、この値段で手に入るなら、かなりコストを抑えられるわ!」
「このデザインなら、この層の顧客に響くはずだ。プロモーションはSNSを使うといい」
フェンス越しの会話は、もはや夢を語り合うだけでなく、具体的なビジネスの打ち合わせとなっていた。
エレノアが服を作り始めると、ヴェリタス学園の生徒たちの間で噂になった。
エレノアがデザインし、仕立てた服は、ダメ学校の制服とは全く違う、斬新で魅力的なものだった。
「ヴァレンシュタイン、その服、お前が作ったのか?」
「すごいな! 私にも何か作ってくれないか?」
いじめていた生徒たちの一部も、エレノアの才能を認めざるを得なかった。
エレノアは、最初は戸惑ったが、次第に協力してくれる仲間が増えていった。
ゼクスとの衝突を見て、エレノアの強さを知った生徒たち。
エレノアの服を見て、その才能に惹かれた生徒たち。
「エレノア、このパターン、一緒に考えてくれないか?」
「この生地、ここに売ってたよ!」
ダメ学校の中に、エレノアを中心とした小さなコミュニティができ始めていた。それは、ヴェリタス学園では珍しいことだった。
一方、ロイヤル・アカデミーでも、リヒトの周りに変化が起きていた。
アメリアとの一件以来、リヒトを見る目が少し変わった生徒たちがいた。
また、リヒトの真摯な勉強姿勢や、貴族社会の慣習に囚われない考え方に興味を持つ生徒も現れた。
「リヒト様、領地経営について、いくつかお聞きしたいことがあります」
「リヒト様の考えは、面白いですね。もっと詳しく聞かせていただけますか?」
リヒトは、彼らの問いに真摯に答えた。
彼らの中にも、本気で将来について考えている生徒がいることを知った。
全てが仮面を被っているわけではない。信じてもいい人間もいる。
リヒトは、貴族学校の生徒たちの一部と、領地経営や新しいビジネスについて話し合うグループを作った。
それは、貴族学校ではあまり見られない、実質的な勉強会だった。
それぞれの学校で仲間ができたリヒトとエレノアは、さらに力を得た。
ダメ学校の生徒たちは、エレノアのブランド立ち上げを手伝い始めた。
モデルになったり、宣伝を手伝ったり、街で材料を探してきたり。
貴族学校の生徒たちは、リヒトのビジネスプランに意見を出し合ったり、市場の情報を提供したり。
そして、最も驚くべき変化が起こり始めた。
ダメ学校と貴族学校の垣根が、少しずつ揺らぎ始めたのだ。
エレノアの仲間の中には、貴族学校に兄妹や友人がいる者もいた。
リヒトの勉強会に参加する生徒の中には、ダメ学校に知り合いがいる者もいた。
彼らは、フェンス越しに、あるいは共通の知人を通して、互いの学校の状況や、リヒトとエレノアの取り組みについて話すようになった。
「ダメ学校にも、ああいう真面目に頑張ってる奴がいるんだな」
「貴族学校の奴らも、意外と色々なこと考えてるんだな」
互いに対する偏見が、少しずつ解消されていく。
フェンスはまだ立っていたが、人々の心の中の壁は、少しずつ低くなっていた。
エレノアがデザインした服の試作品が完成し、小さなファッションショーを企画することになった。
場所は、ヴェリタス学園の体育館。
準備を手伝うのは、ダメ学校の仲間たち。
リヒトは、貴族学校の仲間たちに声をかけた。
「ダメ学校で、ファッションショーがあるんだ。もしよかったら、見に来ないか?」
貴族学校の生徒たちは、最初は戸惑った。
ダメ学校に行くなんて、考えられない。
しかし、リヒトの真剣な誘いに、一部の生徒が興味を持った。
ファッションショー当日。
ヴェリタス学園の体育館には、ダメ学校の生徒たちだけでなく、数名の貴族学校の生徒たちの姿もあった。
最初はぎこちなかった両校の生徒たちも、エレノアの服を見て、自然と会話が生まれていった。
「この服、すごいね!」
「うん、すごく綺麗!」
エレノアがデザインした服は、ヴェリタス学園の生徒たちの個性を引き出し、輝かせていた。
それは、貴族学校の華やかなドレスとは違う、力強く、そして希望に満ちた輝きだった。
リヒトは、体育館の隅で、その光景を見ていた。
エレノアが自分の力で、周りの人たちを巻き込み、新しいものを作り出している。
ダメ学校と貴族学校の垣根を、彼女自身が越えようとしている。
そして、その傍らには、フェンス越しではなく、同じ空間に立つリヒトがいた。
前世では、敵国の人間としてすれ違った二人。
今世では、違う世界の住人として一度は分断された。
しかし、それぞれの努力と、互いへの信頼によって、二人は今、この場所で、共に立っている。
新しい仲間たちと共に、リヒトとエレノアは、自分たちの手で未来を切り開こうとしていた。
それは、二つの学校の間に立つ、古いフェンスを越えることでもあった。
◆ 第11章:最後の対決
エレノアのファッションショーの成功は、ヴェリタス学園に大きな波紋を広げた。
そして、それはゼクスの耳にも入った。
エレノアが、自分の知らないところで、力をつけ、仲間を作り、輝いている。それが許せなかった。
ゼクスは、最後の妨害を企てることにした。
エレノアのブランド立ち上げを阻止する。
それが、ゼクスの目的だった。
一方、ロイヤル・アカデミーでは、アメリアがリヒトの成功を妬んでいた。
リヒトが公爵家の子息として認められ、周りの生徒たちからの尊敬を集めている。
そして、ダメ学校のエレノアと繋がっている。全てがアメリアの計算通りに進んでいなかった。
アメリアは、リヒトを失脚させるための計画を立てた。
リヒトが公爵家の落胤であるという弱点を突き、彼の評判を失墜させる。
そして、エレノアとの関係を公にし、二人を社会的に抹殺する。
ゼクスはヴェリタス学園の生徒たちを扇動し、エレノアの服作りを妨害しようとした。
材料を隠したり、作業場を荒らしたり。
かつてのエレノアへのいじめが、より悪質な形となって現れた。
アメリアは貴族学校の生徒たちに、リヒトがダメ学校の生徒と不純な関係を持っているという噂を流した。
公爵家の子息としてふさわしくないというレッテルを貼り、リヒトを孤立させようとした。
リヒトとエレノアは、それぞれの場所で最後の困難に直面した。
ゼクスの妨害は、エレノアのブランド立ち上げの準備を遅らせた。
アメリアの噂は、リヒトの立場を危うくさせた。
だが、二人はもう一人ではなかった。
ダメ学校の仲間たちは、エレノアを守り、彼女の作業を手伝った。
貴族学校の仲間たちは、リヒトを擁護し、アメリアの流す噂に対抗した。
「エレノア! こんなことで負けるな!」
「リヒト様は、私たちを信じてくれた。今度は、私たちがリヒト様を信じる番だ!」
仲間たちの声援が、リヒトとエレノアの心を強くした。
ゼクスは、直接的な妨害が難しくなると、エレノアのブランドの発表会を台無しにしようと考えた。
発表会当日、ゼクスは仲間と共に、会場を混乱させようと企てた。
アメリアは、発表会に乗り込み、エレノアとリヒトの関係を公に暴き立てようとした。
貴族学校の生徒たちが多く集まる場で、エレノアを貶め、リヒトの評判を傷つける。
発表会が始まる直前、会場には不穏な空気が漂っていた。
ゼクスとその仲間たちが、入り口付近で騒ぎを起こそうとしている。
アメリアは、高慢な表情でエレノアとリヒトの姿を探していた。
エレノアは、ステージの袖で深く息を吸った。
不安と緊張で手足が震えていた。
その時、リヒトがエレノアの傍に立った。
フェンス越しではなく、同じステージに。
「大丈夫だ、エレノア。俺たちが、これまで一緒に準備してきたことを、みんなに見せよう」
リヒトの静かな声が、エレノアに力をくれた。
ゼクスたちが騒ぎを起こそうとした瞬間、ヴェリタス学園の仲間たちが彼らの前に立ちはだかった。
「もう、やめろよ、ゼクス! エレノアの邪魔するな!」
ゼクスの仲間だったはずの生徒たちが、ゼクスに反抗したのだ。
ゼクスは驚き、怒ったが、多くの生徒たちがエレノアを支持している現状を見て、手を出せなかった。
アメリアがステージに上がり、エレノアとリヒトの関係を暴露しようとしたその時、リヒトがアメリアの前に進み出た。
「アメリア嬢。俺とエレノアは、お互いの夢を応援し、支え合っている。それが、何か問題でも?」
リヒトの堂々とした態度に、アメリアは怯んだ。
そして、リヒトの傍らには、公爵学校の仲間たちが立っていた。
彼らは、リヒトの言葉を支持するように、頷いていた。
「私たちも、リヒト様とエレノアさんの取り組みを応援しています」
「人の関係を、勝手に決めつけないでください!」
アメリアは、貴族学校の生徒たちからも反論を受け、孤立した。
彼女の企みは、リヒトとエレノアの絆、そして彼らの仲間たちの結束によって打ち破られた。
発表会は無事に始まった。
エレノアがデザインした服を纏ったヴェリタス学園の生徒たちが、自信に満ちた表情でステージを歩く。
会場からは、惜しみない拍手が送られた。
この発表会は、単なるファッションショーではなかった。
それは、エレノアが自らの力で新しいブランドを立ち上げる、第一歩だった。
そして、ダメ学校の生徒たちが、自分たちの可能性を信じるきっかけとなった。
リヒトは、発表会の成功を見届けた後、公爵家の当主である父に会いに行った。
アメリアの件もあり、リヒトは自身の立場を明確にする必要があった。
「父上。俺は、公爵家の後継ぎとして、この領地をより良くするために全力を尽くします。ですが、俺には、共に歩みたいと願う人がいます」
リヒトは、エレノアのこと、そして彼女の夢について父に話した。
父は、リヒトの話を黙って聞いていたが、最後に小さく頷いた。
「お前が自分で選んだ道なら、好きに進め。ただし、公爵家を背負う覚悟だけは忘れるな」
リヒトは、公爵家の後継者として正式に認められた。
それは、リヒトの努力と、彼の周りに集まった信頼できる仲間たちの存在が、父に認められた結果だった。
エレノアは、発表会の成功を機に、小さな工房を借りて、本格的にブランドを立ち上げた。
最初は細々としたスタートだったが、エレノアの服は評判を呼び、次第に注文が増えていった。
リヒトとエレノアは、それぞれの場所で、自らの力で成功を掴み取った。
それは、前世の悲劇を乗り越え、現在の困難を乗り越えた、二人の努力の成果だった。
◆ 第12章:再び、フェンスの前で
すべてが終わった。
ゼクスは、エレノアの成功と、自身の孤立を目の当たりにし、これまでの行いを反省した。
すぐに更生することはなかったが、少なくともエレノアへの妨害はなくなった。
アメリアは、リヒトへの執着を諦め、家のために別の貴族と結婚することになった。
しかし、リヒトとの会話を通して、彼女の中に何かが残ったようだった。
リヒトは、公爵家の子息として、そして将来の当主として、領地経営の勉強に励んだ。
貴族学校の仲間たちと共に、新しい事業の計画を立て始めた。
エレノアは、自身のブランドを拡大するため、ヴェリタス学園の仲間たちと共に、精力的に活動していた。
彼女の服は、貧富に関係なく、多くの人々に愛されるようになった。
そして、ある日の放課後。
リヒトとエレノアは、偶然にも、かつてぶつかり合った、あのフェンス沿いの場所にいた。
フェンスは、まだそこに立っていた。
だが、かつて二人の世界を隔てていた壁は、もはや以前のような絶対的なものではなかった。
フェンスの一部には、人が一人通れるほどの、小さな扉が取り付けられていた。
それは、リヒトとエレノアの提案によって、両校の生徒たちが交流できる機会を増やすために設置されたものだった。
リヒトは、扉の前に立ち、フェンスの向こうにいるエレノアを見た。
「エレノア」
「リヒト」
二人は、あの朝のように、互いの名前を呼び合った。
あの時、俺たちはぶつかり、前世の記憶が蘇った。
そして、フェンスによって隔てられた世界で、それぞれの困難に立ち向かった。
フェンス越しの会話。
それは、苦しい日々の中での、唯一の希望だった。互いの夢を語り合い、励まし合い、支え合った。
そして、困難を乗り越え、仲間と共に、自らの力で未来を切り開いた。
リヒトは、扉を開けた。ギー、と古びた音を立てて、扉が開く。
フェンスの向こうから、エレノアがリヒトの元へ歩み寄ってきた。
二人は、フェンスの、今は通れる扉の前で再会した。
「今度こそ、未来を共に歩もう」
リヒトは、エレノアに手を差し出した。
エレノアは、その手を迷うことなく取った。
リヒトの手は、あの時よりも力強く、温かかった。
前世では、敵国の人間としてすれ違い、悲しい結末を迎えた。
今世では、違う世界の住人として一度は分断された。
だが、二人は再会し、困難を乗り越え、互いを信じ、そして共に未来を選ぶことができた。
彼らの間に立ちはだかっていたフェンスは、もはや壁ではない。
それは、二つの世界を繋ぐ、扉になったのだ。
手を取り合った二人は、明るい未来に向かって歩き出した。
◆ エンディング
リヒトとエレノアの活躍は、ヴェリタス学園とロイヤル・アカデミーに大きな影響を与えた。
エレノアのブランドの成功は、ダメ学校の生徒たちに希望を与えた。
「努力すれば、自分たちだってできる」
という自信が生まれたのだ。
ヴェリタス学園では、生徒たちの間に活気が戻り、新しい目標を持って学ぶ者が増えた。
リヒトの公爵家後継者としての活動と、貴族学校での新しい取り組みは、古い慣習に囚われていた貴族たちに変化を促した。
リヒトのように、平民出身でありながら実力で認められる者が出てきたことで、能力を重視する風潮が生まれ始めた。
フェンスに設置された扉は、両校の生徒たちの交流の機会を増やした。
合同のイベントが企画されたり、お互いの学校の授業を見学したり。
ダメ学校と貴族学校の間にあった壁は、物理的なものも、心の壁も、少しずつなくなっていった。
リヒトとエレノアは、それぞれの夢を追いながら、互いを支え合った。
リヒトは公爵家の領地を改革し、新しい産業を興した。
エレノアのブランドは、国内外で認められるようになった。
二人は、将来のビジョンを語り合った。
「いつか、俺たちの街を、もっと誰もが生きやすい場所にしたいな」
「ええ。貧富や生まれに関係なく、誰もが自分の夢を追いかけられるような」
彼らの歩みは、街全体に影響を与えた。
かつてフェンスによって分断されていた街は、二つの学校の改革と共に、一つになり始めていた。
リヒトとエレノアの物語は、一組の男女のロマンスであると同時に、過去の悲劇を乗り越え、現在の困難を克服し、そして新しい未来を創造していく、希望の物語だった。
彼らは、フェンスの向こうで、もう一度出会い、そして今度こそ、未来を共に歩み始めた。
あとがき
この度は、『フェンスの向こう、もう一度君に出会う(仮)』をお読みいただき、誠にありがとうございます。
ダメ学校と貴族学校、物理的なフェンスだけでなく、見えない階級や心の壁によって隔てられた世界で、二人の主人公――リヒトとエレノアがそれぞれの困難に立ち向かい、そして巡り合った前世の絆を頼りに未来を切り開いていく物語を、皆様にお届けできたことを嬉しく思います。
逆転した境遇の中で、いじめや妨害に遭い、人間不信に陥りながらも、フェンス越しに互いを支え合い、共に成長していく彼らの姿を描くのは、私にとっても大変やりがいがありました。特に、エレノアが叫ぶ「貧乏なめんな! 努力の何が悪い!」のシーンは、彼女の強さと覚醒を表す重要な場面として、気持ちを込めて執筆しました。
また、ゼクスやアメリアといった、彼らの前に立ちはだかる存在も、単なる悪役ではなく、それぞれの過去や苦悩を抱える一人の人間として描きたいと考えました。彼らとの関わりを通して、リヒトとエレノアが「信じる」ことを学んでいく過程も、この物語の重要なテーマの一つです。
最終的に、二人が物理的なフェンスを越え、心を通わせ、未来を共に歩み始めるシーンは、この物語に込めた「希望」の象徴です。彼らの努力が、周囲の人々、そして街全体を変えていく様子を描けていれば幸いです。
読者の皆様にとって、リヒトとエレノアの物語が、少しでも心に響くものであれば、筆者としてこれ以上の喜びはありません。
改めて、最後までお付き合いいただき、心より感謝申し上げます。