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第四部:越えていく壁

◆ 第8章:衝突の果てに


ゼクスによるエレノアへの嫌がらせは、日を追うごとに陰湿になっていった。

エレノアが起業のために調べていた資料を隠したり、彼女の悪評をヴェリタス学園中に広めたり。

エレノアは精神的に追い詰められていた。


ある日の放課後、エレノアは学園の裏庭で、ゼクスとその取り巻きに囲まれていた。

人通りのない場所を選んでの、明確な嫌がらせだった。

「おい、ヴァレンシュタイン。諦めろよ。お前みたいなのが、偉そうに夢なんて見てんじゃねぇよ」

ゼクスはエレノアの前に立ちはだかり、嘲笑した。


「うるさい! あなたには関係ないでしょう!」

エレノアは震えながらも反論した。

だが、多勢に無勢。取り巻きたちがエレノアを突き飛ばし、地面に倒れさせた。

「やめろ!」

エレノアが地面に倒れ込んだその時、フェンスの向こうから、リヒトの声が響いた。


リヒトは、いつものようにフェンス沿いを歩いていた。

あの隠れた場所でエレノアと会えるかもしれないと思って。

そこで、彼はヴェリタス学園の裏庭で、エレノアが複数の生徒に囲まれているのを見たのだ。

ゼクスたちがエレノアに手を上げようとしているのを見て、リヒトは思わず叫んだ。


「何やってるんだ、お前たち!」

リヒトはフェンスを掴み、身を乗り出した。

ゼクスたちは、突然の声に驚いて動きを止めた。

フェンス越しに、ロイヤル・アカデミーの制服を着たリヒトが立っている。その制服の襟元には、紛れもない公爵家の紋章が輝いていた。


「あ? なんだ、貴族様か? ここはダメ学校の敷地だ。貴族様には関係ねぇだろうが」

ゼクスはリヒトに向かって挑発的な態度をとった。

ゼクスにとって、貴族は毛嫌いする対象だった。

「関係ある。彼女は俺の……知り合いだ。今すぐそこから離れろ」


リヒトは、これまでにないほど低い声で言った。

その目には、怒りの色が宿っていた。

前世で、エレノアを助けられなかった後悔が、彼の行動を突き動かしていた。今度こそ、彼女を守る。

ゼクスはリヒトの威圧感に一瞬怯んだが、すぐに強気な態度に戻った。


「知り合いだと? ケッ、どうせお前も、この女で遊んでんだろ? 貴族様はいつもそうだ」

ゼクスの言葉は、リヒトの前世の傷に触れた。

貴族の裏切り。前世で、俺を陥れたのも、貴族だった。

「黙れ! お前たちなんかに、エレノアの何が分かる!」

リヒトは感情を露わにした。

フェンスは二つの世界を隔てていたが、リヒトの怒りはフェンスを越えて届いた。


エレノアは、地面に倒れたまま、リヒトの姿を見ていた。

驚き、そして、胸に熱いものが込み上げてくるのを感じていた。

リヒトが、自分を助けようとしてくれている。貴族学校の、公爵家の子息である彼が。

「テメェ……調子に乗ってんじゃねぇぞ、クソ貴族!」

ゼクスは激昂し、フェンスに近づいてきた。

まるで、フェンスを乗り越えてリヒトに掴みかかろうとするかのように。


その時、エレノアはゆっくりと立ち上がった。

体中に痛みを感じたが、リヒトが自分を、こんなにも守ろうとしてくれている。

その事実に、エレノアの中に眠っていた力が呼び覚まされた。


リヒトがフェンス越しに立ちはだかり、ゼクスと対峙している。

まるで、俺を守るために、フェンスという壁になってくれているかのようだった。

エレノアは、リヒトの傍らに立った。

フェンスを挟んでではあったが、二人は並び立った。

「ゼクス。もう、やめて」


エレノアの声は、先ほどまでとは違っていた。

震えは消え、そこには確固たる意志が宿っていた。

ゼクスはエレノアの表情を見て、さらに苛立った。

自分の力で、この女を屈服させられない。それが許せなかった。


「お前は、一生俺たちの下で這いつくばってりゃいいんだよ! 貧乏人が、偉そうな口利きやがって!」

ゼクスの心ない言葉が、エレノアの最後の糸をぷつりと切った。

エレノアは、ゼクスに向かって叫んだ。

リヒトのことなど、周囲のことなど、何も考えずに、心の内にある感情をすべて吐き出すように。

「貧乏なめんな! 努力の何が悪い!」

その叫びは、ヴェリタス学園の裏庭に響き渡った。

エレノアの目に、涙はなかった。ただ、燃えるような怒りと、譲れないプライドが宿っていた。


ゼクスとその取り巻きは、エレノアの予想外の叫びに呆然とした。

彼らは、エレノアがただのおとなしい標的だと思っていた。

ここまで強い反発を受けるとは、思ってもみなかったのだ。


リヒトは、フェンス越しにエレノアの姿を見ていた。

力強く立ち上がり、自分に向かってきた敵に、真正面から立ち向かうエレノア。

その姿は、前世で見た、あの気高く美しいお姫様と重なった。


「……エレノア」

リヒトは小さく呟いた。

彼女は、一人で立ち向かうことができる。

しかし、もう一人ではない。俺がいる。

ゼクスたちは、エレノアの気迫に圧倒され、何も言えなくなった。

その隙に、エレノアはリヒトに近づき、フェンス越しに彼の手を握った。


「ありがとう、リヒト」

その声は、先ほどの叫びとは打って変わり、安堵と感謝に満ちていた。

ゼクスたちは、エレノアがリヒトと親しげにしているのを見て、さらに驚いた。

ロイヤル・アカデミーの、しかも公爵家の子息と、ダメ学校のエレノアが繋がっている?

ゼクスは悔しそうな顔をしながらも、今はそれ以上何もできないことを悟った。


リヒトの背後には、公爵家の力がある。

下手に手を出せば、自分ではどうにもならない事態になるかもしれない。

「……覚えてろよ」

ゼクスはそれだけ言い残し、取り巻きと共にその場を去っていった。

静寂が戻った裏庭で、リヒトとエレノアはフェンス越しに手を取り合ったまま、互いの顔を見つめ合った。


「大丈夫か?」

リヒトはエレノアの手を優しく握りしめた。

「ええ。あなたのおかげで」

エレノアは小さく微笑んだ。

この衝突は、ゼクスたちの妨害に一時的に勝利しただけでなく、リヒトとエレノアの関係をさらに深めた。

そして何よりも、エレノアの中に眠っていた強さを引き出した。


「貧乏なめんな! 努力の何が悪い!」

あの叫びは、エレノア自身の覚醒の言葉だった。

そして、それは、ヴェリタス学園の生徒たちにも、何かしらの影響を与えたようだった。



◆ 第9章:仮面の下の素顔


ゼクスとの衝突の後、エレノアはヴェリタス学園での立場が少しずつ変わっていった。

ゼクスに立ち向かったことで、他の生徒たちのエレノアを見る目が変わったのだ。

一部の生徒からは、尊敬の眼差しさえ向けられるようになった。


そんな中、ゼクスがエレノアに再び近づいてきた。

しかし、以前のような威圧的な態度ではなかった。

「おい、ヴァレンシュタイン。あの時のこと、ちょっと話がある」

ゼクスは、人目のつかない場所でエレノアに声をかけた。

エレノアは警戒したが、ゼクスの表情には、以前のような傲慢さがあまり感じられなかった。


ゼクスは、ぽつりぽつりと自分の過去を語り始めた。

彼もまた、複雑な家庭環境で育ったこと。

貴族に対する強い反感は、過去に貴族に虐げられた経験から来ていること。

そして、ダメ学校で力を持つことで、自分を守ろうとしていたこと。


「俺は、努力しても報われなかった。だから、力で押さえつけるしかないと思ったんだ」

ゼクスの言葉には、諦めと、そして少しの寂しさが含まれていた。

エレノアは、ゼクスの話を聞いて、彼の根底にある苦しみを感じ取った。

彼は、ただの悪役ではなかった。

傷つき、歪んでしまった、一人の少年だった。


「でも、努力することには、意味があるわ。すぐに結果が出なくても、それは決して無駄にはならない」

エレノアは、自身の経験からそう言った。

貴族学校での努力も、ダメ学校での努力も、今の自分を形作っている。

ゼクスはエレノアの言葉に、複雑な表情を見せた。

すぐに変わることはないだろうが、エレノアの言葉は、彼の心に何かを残したようだった。


一方、リヒトもアメリアと向き合うことになった。

アメリアは、リヒトがエレノアと繋がっていることを知り、さらに焦りと怒りを募らせていた。

「リヒト様! あのダメ学校の女と、一体どういう関係なのですか!」

アメリアは、学園の廊下でリヒトに詰め寄った。


リヒトはため息をつき、アメリアを誰もいない場所に連れて行った。

「アメリア嬢。あなたに、少し話があります」

リヒトは、アメリアに自身の生い立ち、孤児院で育ったこと、そして公爵家の落胤であることを明かした。

そして、前世の記憶についても、具体的な内容は伏せつつも、過去に深い傷を負っていることを話した。


アメリアは、リヒトの話を聞いて驚きを隠せなかった。

彼女は、リヒトをただの幸運な成り上がり者だと見ていたのだ。

リヒトはさらに、アメリアの家庭環境についても知っていることを告げた。

アメリアの伯爵家は、借金に苦しんでおり、アメリアは家のために裕福な相手との結婚を強いられていること。


「あなたも、俺と同じように、自分の力ではどうにもならない状況にいる。だから、必死に足掻いているんだ」

リヒトの言葉に、アメリアは顔色を変えた。

自分の秘密を、なぜリヒトが知っているのか。

「私があなたに近づいたのは、あなたの公爵家の力のためだ。それを否定はしないわ。でも、私だって、好きでこんなことをしているわけじゃないのよ!」

アメリアは涙を流した。


高飛車な仮面の下に隠された、彼女自身の苦しみ。

リヒトは、アメリアの涙を見て、前世で裏切った人間たちの中にも、何か事情があったのかもしれない、と思った。

全てが悪人だったわけではないのかもしれない。

「俺は、誰かを力や地位で判断したくない。そして、誰かを信じることを諦めたくない」

リヒトは、エレノアとの交流を通して学んだことを口にした。


前世の傷はまだ完全に癒えていないが、エレノアが自分を信じてくれたように、自分も誰かを信じたいと思った。

アメリアは、リヒトの言葉に何も答えることができなかった。

リヒトの言葉は、彼女の心の奥底に響いたようだった。


ゼクスとアメリア。

二人の悪役の仮面の下に隠された、それぞれの苦悩と過去が明かされた。

彼らは完全に変わったわけではないだろう。

それでも、リヒトとエレノアは、彼らの素顔を知ったことで、人間というものの複雑さを理解し、少しずつ「信じる」ということを学んでいった。


それは、前世の悲劇を乗り越えるための、重要な一歩だった。

完全に人間不信を克服したわけではない。

それでも、誰かに対して、小さな信頼の芽を育てることができるようになったのだ。

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