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第二部:逆転する日々

◆ 第4章:冷たい現実


ヴェリタス学園に転校してからのエレノアの現実は、想像以上に冷たかった。

貴族学校では孤立していたものの、少なくとも露骨ないじめはなかった。

しかし、ここヴェリタス学園では違った。

エレノアは、貴族学校から落ちてきた「お嬢様」として、すぐに一部の生徒たちのターゲットになった。


「おーおー、元貴族様のお通りだぜ。貧乏くせぇ恰好してんじゃねぇか」

「お高いスカート履いてんのか? ちょっと貸してみろよ」

廊下を歩けば嘲笑され、持ち物を隠されたり、教科書に落書きされたりするのは日常茶飯事だった。

教師に訴えても、「生徒同士のトラブルに介入はしない」と突き放されるだけだった。


特にエレノアに敵意を向けてきたのは、クラスでもリーダー格の男子生徒、ゼクスだった。

荒々しい雰囲気で、周囲を威圧している。

「おい、ヴァレンシュタイン。俺たちの言うこと聞けば、少しは楽に過ごさせてやるぜ?」

ゼクスは、エレノアが一人でいるところを見つけては絡んできた。

その目は、獲物を品定めするような、嫌な光を宿していた。


エレノアは、最初は反論することもできず、ただ耐えるしかなかった。

慣れない環境、そして前世の記憶が蘇ったことによる混乱で、心はボロボロだった。

しかし、ある日、エレノアの中で何かが弾けた。

いつものようにゼクスとその取り巻きに囲まれ、嘲笑されている時だった。


ゼクスがエレノアの古い教科書を奪い取り、破ろうとしたのだ。

それは、母が苦労して買ってくれた、大切な教科書だった。

「……返して!」

エレノアの声は震えていたが、そこには強い意志が宿っていた。

「あ? なんだよ、貧乏くせぇ教科書なんざ、いらねぇだろ?」

ゼクスは嘲笑いながら、さらに教科書を破ろうとする。


その瞬間、エレノアはゼクスの腕に飛びついた。

「やめて! それは、私のっ、私の大切なものなの!」

予想外のエレノアの反撃に、ゼクスは一瞬怯んだ。

しかし、すぐに顔を歪めてエレノアを突き飛ばした。

エレノアは床に倒れ込んだが、すぐに立ち上がった。

目に涙は浮かんでいたが、その瞳には強い光が宿っていた。


「別に、貴族学校出身だからって、あなたたちより偉いなんて思ってないわ! でも、私のものを奪ったり、壊したりするのは許さない! 貧乏だって、努力することの何が悪いのよ!」

エレノアの叫びは、教室にいた生徒たちの耳に届いた。

ゼクスとその取り巻きは、予想外の反撃に呆然としていた。


その日を境に、エレノアはいじめに対して反発するようになった。

完璧な反撃はできなくとも、声を上げ、抵抗するようになった。

その姿を見て、一部の生徒たちのエレノアを見る目が少しずつ変わっていった。


一方、ロイヤル・アカデミーに編入した俺の生活も、決して平穏ではなかった。

公爵家の子息となった俺は、すぐに学園の注目を集めた。

外見も、公爵家の専属のスタイリストによって磨き上げられ、以前の孤児院の少年とは見違えるほどになっていた。

多くの生徒が俺に近づいてきた。

それは、親睦を深めたいというよりも、公爵家のコネクションを作りたい、将来の保険にしたいという、計算に基づいたものだった。


特に俺に粘着してきたのは、伯爵令嬢のアメリアだった。

派手なドレスを纏い、常に高飛車な態度をとっている。

「ねぇ、リヒト様。今度のお休み、私の家のティーパーティーにいらっしゃらない? 素敵な方たちをご紹介するわ」


アメリアは事あるごとに俺に近づき、誘いをかけてきた。

その目的は明確だった。

公爵家の後継ぎである俺と繋がりを持つこと。

俺は、アメリアの誘いを丁重に断り続けた。

彼女のような、権力や地位でしか人間を見ない貴族たちには、うんざりしていた。


前世で、俺はそういう人間たちの策略によって命を落としたのだ。

人間不信の気持ちは、今の俺にも根強く残っていた。

貴族学校での生活は、華やかで豊かだったが、俺にとっては息苦しかった。

周囲の人間は皆、仮面を被っているように見えた。

誰を信じていいのか分からない。


そんな中で、俺の心の中に常にあったのは、エレノアの存在だった。

あの朝、ぶつかった時に蘇った前世の記憶。

雪原で、悲しい結末を迎えた、俺と彼女の物語。

もう一度、彼女に会いたい。今世こそ、彼女と共に歩みたい。

しかし、俺たちは今、フェンスによって隔てられている。

そして、俺は公爵家の子息として、彼女はダメ学校の生徒として、それぞれ異なる世界で生きていかなければならない。


アメリアの粘着、周囲の計算高い視線、そしてエレノアに会えない焦燥感。

俺は、貴族学校という檻の中で、新たな孤独を感じていた。

お互いの学校で、冷たい現実に直面するリヒトとエレノア。

彼らはそれぞれ、困難に立ち向かい、自分なりの方法で抵抗を始めていた。しかし、前世の傷は深く、二人の心はまだ固く閉ざされたままだった。



◆ 第5章:心を閉ざす二人


前世で裏切られ、すれ違いによって悲劇的な結末を迎えたリヒトとエレノアは、今世でも人間不信の影を引きずっていた。

リヒトは、公爵家の人間も、貴族学校の生徒も、誰も完全に信用することができなかった。

彼らの笑顔の裏には、必ず計算があるように思えた。

孤児院で育った経験と、前世の裏切りの記憶が、彼を頑なにさせていた。


「リヒト様、本当に素敵になられましたね」

「ええ、やはり公爵家のご子息は格が違いますわ」

周囲から向けられる賛辞も、社交辞令にしか聞こえなかった。

彼らは俺自身を見ているのではなく、俺の背後にある公爵家の力を見ているのだと、リヒトは冷めた目で見ていた。

アメリアの誘いも、貴族学校の他の生徒たちとの交流も、全てが上辺だけのものに感じられた。


エレノアもまた、ダメ学校の生徒たちに心を許すことができなかった。

貴族学校での裏切り、そしてヴェリタス学園でのいじめ。

人間というものは、自分の立場が悪くなれば簡単に裏切るし、弱者を見れば容赦なく攻撃するものだ。

そう、エレノアは学んでいた。


ゼクスたちのいじめに抵抗するようになったものの、それはあくまで自己防衛のためだった。

心を開いて誰かに頼る、ということは考えられなかった。

ヴェリタス学園の生徒たちは、皆自分とは違う世界の人間に見えた。

貴族学校の生徒たちとは違う意味で、分かり合えない相手だと感じていた。


前世の記憶は、二人の心をさらに複雑にしていた。

あの時、もし裏切りがなければ。もし、お互いを助けに行くことができていたら。

そんな「もしも」を考えても、何も変わらない。

過去は変えられないのだ。

そして、その過去のせいで、今世でも、誰かを心から信じることが怖くなっていた。


しかし、そんな心を閉ざした二人が、ふとした拍子に、隠れた場所で出会うことがあった。

それは、フェンス沿いの、人目のつかない一角だった。

貴族学校の敷地とダメ学校の敷地の境界にある、廃墟になった物置小屋の裏手。

そこは、どちらの学校からも見えにくく、ほとんど誰も近づかない場所だった。


ある日の放課後、リヒトは息苦しい貴族学校から逃れるように、その物置小屋の裏手に来ていた。

ただ一人になりたかった。フェンスの向こう、エレノアがいるかもしれない世界を、ぼんやりと眺めていた。

その時、フェンスの向こう側、まさに同じ場所で、エレノアがしゃがみこんでいるのが見えた。

彼女もまた、ダメ学校の喧騒から逃れて、一人になりたかったのだろう。


エレノアは、地面に何かを書いていた。

よく見ると、それは昔の文字だった。前世で、俺とエレノアが使っていた国の文字。

思わず、リヒトはフェンス越しに声をかけた。

「……何してるんだ?」

エレノアは驚いて顔を上げた。そして、リヒトの姿を認めると、さらに驚いた表情になった。


「あ、あなた……どうしてここに?」

「それはこっちのセリフだ。こんな場所で何してるんだ?」

エレノアは少し逡巡した後、小さく答えた。

「……誰にも邪魔されない場所が欲しかったから」

リヒトはエレノアの言葉に共感した。自分も同じだったから。


その日以来、二人は時々、その隠れた場所で出会うようになった。

決まった時間ではなかった。

偶然出会うこともあれば、どちらかが相手がいるかもしれないと思って来てみることもあった。

最初は、ぎこちない会話だった。

天気の話、それぞれの学校であった他愛もない出来事。

だが、その会話の中には、互いの境遇に対する理解や、孤独への共感が含まれていた。


「貴族学校って、大変なんだな」

「ダメ学校も、色々あるみたいね」

直接的な表現は避けたが、互いの置かれた状況を、痛いほど理解できた。フェンス越しに話すことで、かえって余計な気を使わずに済んだのかもしれない。

前世の記憶についても、少しずつ話すようになった。

あの時のこと、後悔していること、そして、再び出会えたことへの戸惑い。


「あの時、俺がもっと強かったら……」

「私に、もっと力があれば……」

過去の悲劇を語り合うことで、二人の心の距離は少しずつ縮まっていった。

お互いが、前世の記憶を共有する唯一の相手だった。

誰にも言えない秘密を分かち合うことで、特別な絆が生まれていった。


フェンス越しに触れる手。

その温もりだけが、今の二人の心を少しだけ解きほぐしてくれた。

しかし、心の壁はまだ高かった。

前世の傷は、簡単には癒えない。

それでも、人知れず築かれる交流は、二人の心に、かすかな希望の光を灯し始めていた。

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