肩を並べて~最強お嬢と俺の十年~
「では私は、私が望む相手と婚姻する権利を望みますわ!」
若干十九歳で、魔王の単独討伐という偉業を成し遂げた俺の最強のお嬢は、褒賞として何を望むかと問われてそう高らかに宣言した。
興味津々で何を言うか見守っていた人々が、大きくどよめく。
何故そんなものをという予想外の驚きが大半、中にはそんなことに褒賞を使うのは愚かだと嘲笑う者もいた。
だがお嬢はそんな周囲の反応など歯牙にもかけず、毅然と胸を張り、ひたと王を見つめている。
それ以外は望むつもりなどないと、その強い瞳が告げていた。
「それでよいのか」
「それがよいのです」
「そうか」
恐らく王としては、地位や名誉を望んで欲しかったのだろう。そうすれば救国の聖女としてお嬢を祭り上げられる。
でなければ、王族の誰かとの婚姻というしがらみをつくるか。
お嬢は侯爵令嬢だから格としては十分だ。
残念だったな、うちのお嬢はそんなあたりまえの型にははまらないんだよ。
お嬢の意思を曲げることはできないと、聡明な王は早々に察したのだろう。
下手に機嫌を損ねると、単独で魔王を討伐できるお嬢の強大な力が、敵に回る恐れもある。
王は重々しく頷いた。
「よかろう。ではヴィルセーヌ国王フェルディナンの名において、アデライト・デュヴァリエ嬢に望む者と婚姻する権利を与え、保障するものとする」
「ありがたき幸せに存じます」
お嬢は、お手本のように優雅なカーテシーを決める。
良かったな、お嬢。
これでようやく、想い続けていた意中の人である、隣国のセレスタン王子と結婚することができる。
ずっと近くで見守ってきた俺の役目もここで終わりだ。
正直ひどく胸は痛んだが、俺の喪失感も傷心もお嬢の幸せに比べたら些細なものだ。
意外な成り行きにまだ戸惑いを隠せない人々の中、俺は一人微笑んで、大きく手を叩いた。
拍手の音に気づいたお嬢が振り向き、俺を見つけるとふわりと微笑む。
その幸せそうな笑顔に、ぽつぽつと人々の間から拍手の音が響き始め、それはやがて大きな祝福の嵐となった。
俺がお嬢に拾われたのは、俺が十九歳の時、お嬢は若干九歳だった。
その時の俺は、色々あって完全に生きる気力を失い、行き倒れ寸前だった。もうこのまま死んでもいいとさえ思っていた。
そんな俺があの時、誘拐されかかっていたお嬢を何故助けたのか、その理由は今でも分からない。
理不尽に奪われ、一つも助けられなかった命への悔恨か、最後に善行の一つでもしたくなったのか。
ただ、力では到底叶わない男たちに囲まれて、それでも怯えた様子も見せずに毅然と立っている少女を見ていたら、なんだかたまらなくなってしまったのだ。
俺は最後の力を振り絞って、男たちを蹴散らした。
傭兵団で生まれ育ったので、それなりに腕っぷしは鍛えられている。
最後の一人を地面に沈め、ざまーみろと思ったところで、俺の気力はつきた。
真っ黒に塗りつぶされていく視界の中、目を見開いて俺を見つめる少女の朱金の瞳は、昇り始めた太陽を思わせた。
ああ、悪くねえ。
そう思ったんだが。
「あらあなた、せっかく格好良く助けて頂いたのに、ここで死んでは台無しですわよ」
勝手に殺すな台無しはどっちだ。
心の中で盛大に突っ込みつつ、俺は意識を手放した。
お嬢の恩人として屋敷に連れ帰られた俺は、意外なほどの歓待を受けた。デュヴァリエ侯爵家の寛大さと義理堅さは、貴族としては破格と言っていいだろう。
その中でも、お嬢の破天荒さは群を抜いていた。
知的好奇心が強く、探求心と向上心にあふれたお嬢は、何にでも興味を持ち、何でも自分で試したがる、周囲の大人たちにとってはかなり扱いにくい子供だった。
そんなお嬢は何が気に入ったのか、やたらと俺に構いたがった。
そしてなんやかんやあり、お嬢の護衛として正式に雇われる頃には、いつ死んでもいいなんて気持ちは、どこかにいってしまっていた。
お嬢の側で、無気力でいられる人間など存在しない。
いたとしてもお嬢が首根っこをひっつかんで、無理矢理にでも生の道へと引きずっていくに違いない。
もし次に俺が死んでもいいと思う時がくるとしたら、それはお嬢を守るためだ。
自然にそう思えるほど、お嬢の持つ独特の輝きは強かった。
お嬢はどこに行くにも俺を連れまわした。
何かをするときは必ず俺を巻き込んだ。
たまには休みをくれと文句を言うと、ではバカンスに行きましょうと海に連れていかれ延々泳ぎに付き合わされ、もっとのんびりしたいと言うと今度は山に連れていかれて、獣と格闘する羽目になった。
はっきり言って無茶苦茶だ。
無茶苦茶だが、今思えばこの頃はとても平和で平穏だったのだ。
運命の日は、お嬢が十一歳の時に訪れた。
王宮主催で行われた、子供たちばかりを集めて行われたお茶会で、お嬢は隣国の王子と出会ったのだ。
活動的すぎるお嬢にはそれまで、友人と呼べるような存在はいなかった。
緩やかに波打つ濃紺の髪と、朱金の瞳のお嬢は人形のように可愛らしい容姿の持ち主だったが、それは口を開かなければの話だ。
お茶会などではそれなりに猫を被っていても、どこか異質なものを感じるのか、同じ年ごろの子供からは遠巻きにされていた。
それなのに王子とは気が付けば打ち解けており、その日はずっと熱心に二人きりで話し込んでいた。
帰りの馬車の中、何を話していたのかと聞いても答えず、難しい顔で考え込んでいたお嬢は、その翌日、家庭教師にこう問うた。
「貴族女性が意中の相手と結婚するためには、どうすればよろしいのでしょうか」
事情を知らない家庭教師は目を丸くしたし、俺もさすがに驚いた。
熱心に話しているとは思ったが、まさか将来の約束をするまでに至っているとは思わなかった。
自国の王子ならばこちらから婚約を打診すれば叶う可能性は高いだろうが、隣国となるとそうもいかない。
この国と隣国は友好関係にあるが、立場は対等ではない。
国力では向こうが上。
そんな国の王子が、格下の国の侯爵令嬢を娶る利点は薄い。
そのあたりの事情が分からないお嬢ではない。
だから昨日はあんなに難しい顔をしていたのかと俺は納得した。
問われた家庭教師は、貴族女性としての品位と知性、美しさを磨いて相手の目にとまるのが一番だととても無難な回答をした。
まあ、それ以外言えないわな。
だが当然ながらお嬢はそれでは納得しなかった。
そんなありきたりな努力では駄目なのだと、どんな相手でも望めるようにしたいのだと、家庭教師に詰め寄った。
これ以上の答えはないと言われても、引かなかった。
こうなるとお嬢はしつこい。
一度獲物と定めた相手をとことん追いかける熊よりも恐ろしい。
顔を合わせるたびに答えを求められた家庭教師は、とうとう切れた。
「それならば、魔王を討伐してその褒賞に望めばいいのではないですか?!」
彼女もやけくそになってたんだよな。
誓って、本気で言った言葉じゃなかった。俺が保証する。
ここまで言えば諦めて引いてくれると、普通なら思うだろう。
ただお嬢は普通じゃなかった。
「まあ、そんな手がありましたのね。ご教授、ありがとうございます」
暗闇の中で一筋の光明を見つけたかのように、ぱっと顔を輝かせたお嬢は本気だった。
俺はもちろん、家庭教師にもその本気は伝わった。
まさか真に受けるとは思ってなかった家庭教師は、一気に青ざめて助けを求めるように俺を見た。
すまん、俺には何もできん。
静かに首を振る俺に、己のやらかしを察したのだろう。
絶望的な顔をした彼女はこの後、侯爵に潔く失言を詫び、家庭教師を辞した。
彼女の心の平穏のためにも、誰も引き留める者はいなかった。
こうして、十一歳のお嬢の人生の目標は、魔王討伐となったのである。
一度こうと目標を決めると、お嬢は迷わなかった。
まずは手っ取り早くこの国で一番強い相手に師事しようと、騎士団長に会いに行った。
子供の戯言と一蹴されても仕方がなかったが、人格にも優れた騎士団長は、剣を一度も握ったこともなく、鍛錬をしたこともない子供を指導することはできないと、穏やかにお嬢を説得してくれた。
納得し、非礼と不明を丁重に詫びて帰宅したお嬢は、次は兄君の剣術指南に教えを乞おうとしたが断られた。
この国では剣をたしなむ女性は少数で、特に高位貴族ではいい顔をされない。
心当たりを全てあたって全滅したお嬢は、最終的に俺に頭を下げた。
「俺でいいのか?」
「どうやら私に剣を教えてくれるのは、あなたしかいないようですので」
「俺は手加減とかできないけどいいか?」
「望むところですわ!」
念のため侯爵閣下に許可を取りに行くと、渋られることもなく娘を頼むと言われた。
俺なんかをあっさりと護衛にしたことといい、この人の度量の広さには毎度驚かされる。
お嬢を鍛える俺に、もっと手加減しろとか分をわきまえろとか説教してくるヤツもいたが、俺は無視した。
お嬢が本気で望み、泣き言一つ言わずに鍛錬をこなすのだ。
どうして俺がわきまえる必要がある。
だいたい、お嬢が何かやりたいと言い出した時、止めろとか我儘を諫めろとか言う輩は何もわかっちゃいない。
何でもやりたがるように見えるお嬢だが、我儘や気まぐれで言ってるんじゃない。
お嬢はあれで、きちんとそれが自分にできるものかどうか見極めている。
お嬢がやりたいと言ったものはやれるものなのだ。
優秀過ぎてほぼ何でもできるから、無闇にやりたがってるように見えるだけ。
例によって剣に関しても、お嬢には才能があった。たぐいまれな才能と言っていいレベルのものが。
みるみるうちに腕を上げるお嬢に、じきに周囲も静かになった。
そうして黙々と腕を磨き、十三歳になったお嬢は、次の段階へと進んだ。
そう、魔力の鍛錬である。
剣の才能に加えて、お嬢には破格の魔力の才能もあった。
こちらはさすがに俺では何の役にも立てなかったが、幸いにしていい人材を見つけることができた。
黒の塔で天才との呼び声も高い魔術師、ラザールである。
何にでも一直線なお嬢は、ラザールの説得も直球だった。
ただ率直に、自分の目的を告げて協力を頼んだのだ。
聞いたラザールは目も口もポカンとあけてお嬢をまじまじと見た後、大笑いした。
「いいねいいね、僕そういうの大好き。それにうん、見たところ君の魔力量は素晴らしい、これなら夢物語ってわけでもないみたいだ」
「当たり前です。私はあやふやな夢など見ません。私が見据えるのは、必ず成し遂げるべき目標のみです」
「おや、これは失敬」
態度は不真面目だったが、ラザールはお嬢の師匠としては申し分なかった。
何しろ遠慮も、忖度もない。
お嬢は特に身体強化と付与魔法に才能を示し、そうなると魔力のない俺ではもう相手を務められなくなった。
「今なら断られないはずですわ!」
十四歳を迎えたお嬢は意気揚々と騎士団長を訪ね、そして意気消沈して帰ることになった。
お嬢は強くなった。強くなりすぎた。
「意外にあっけなかったですわね……」
しょんぼりと肩を落とすお嬢を慰めながら、俺は心の底から騎士団長に同情した。
お嬢は規格外すぎる。
団長には強く生きて欲しい。
とはいえ、強くなるには対戦相手は必要だ。
そこは顔の広いラザールが、冒険者にあたりをつけてくれた。
そうやって腕を磨き続けるうち、S級と呼ばれる冒険者たちとも懇意になったお嬢は、誘われてダンジョンでの魔物討伐へと赴くようになった。
そうして実戦経験を積むことで、お嬢は着々と目的に向かって前進していく。
強さという点では俺を大きく引き離したお嬢は、護衛など必要はなくなったが、俺は常にお嬢の側に付き従った。
俺の役割は、このひたすら前だけを見て突き進むお嬢の背中を守ることだ。
振り返らずに済むよう、足を取られることがないように。
お嬢の太陽のような輝きを、誰にも曇らせたくはない。
十六歳になったお嬢は、貴族の義務である学園に入学し、そこで留学してきたセレスタン王子と再会することになった。
出会ってから今まで、文のやりとりは続けていたものの、直接会うのは久しぶりだ。
さすがのお嬢もその日は朝からはしゃいでおり、帰りの馬車では「お変わりありませんでしたわ」と輝くような笑顔を見せた。
「強くなりすぎて引かれなかったか?」
そんな意地悪な質問をした裏に、俺の嫉妬心があったことを否定することはできない。
だがお嬢は、俺のそんな醜い心を吹き飛ばす明るさで言った。
「頑張っていると、褒めて頂けましたわ!」
俺は心の痛みとともに、おこがましくもお嬢に抱き始めていた恋心を自覚した。
自覚した瞬間に失恋したので許して欲しい。
気持ちというのは厄介なもので、破れたからといって即座に消えてしまうものでもない。
だがこれはお嬢には不要なもの。
だから心の奥底にしまい込んで、厳重に封印した。万が一にも、お嬢に知られるわけにはいかない。
お嬢が目的を果たすその時までは、俺はお嬢の側にいたかった。
学園に入学したお嬢には、王子との再会の他に、もう一ついい出会いがあった。
念願の、女友達ができたのである。
その相手が、この国の第三王女というのがスケールのでかいお嬢らしい。
あのお嬢と対等に付き合えるという点で、王女様も只者ではなかった。
じきにこの二人の組み合わせは、最強かつ最恐のコンビと学園で悪名をとどろかせることになるが、お嬢も王女様も他人の評価など気にもしていないから、俺も気にしないことにした。
学園に入学しても、お嬢は努力を怠らなかった。
かといって勉学をおろそかにすることもなく、成績は常に上位をキープし続けた。
有り余る実績により免除された実技の時間はひたすら鍛錬に当て、休みの日にはダンジョンに行く。
しかしせっかく学園に入学したというのに、そんな生活ではあまりにも味気ない。
もっと学園生活を謳歌して欲しいと思った俺は、学園で開かれるパーティに、王子と二人で参加できるよう画策した。
王女様にも協力を頼み、二人の衣装からパーティの後のデートまで完璧に段取りを整えたのだが。
運悪く、王子が当日に急遽帰国してしまい、何故か俺が代理のパートナーを務めることになってしまった。
もちろん俺は大いに抵抗したのだが、面白がった王女様の悪乗りで、俺は騎士の正装を着せられて、ドレスアップしたお嬢の隣に立つことになった。
センス抜群の王女様が選んだドレスに身を包み、侍女たちの手によって磨き上げられ、飾り立てられたお嬢は、言葉を失うくらいに綺麗だった。
王子が見れば絶対に惚れ直しただろうに、なんで見てるのが俺なんだと申し訳なくなったが、ぶっちゃけ役得だとも思ってしまった。
意中の相手と踊れず、俺なんかとパートナーを組むことになったお嬢には申し訳ないが、お嬢と踊れたその日のことは、俺の一生の思い出だ。
そんなこんながありつつも、在学中にS級冒険者となったお嬢は、十八歳の卒業と同時に、本格的に魔王討伐へと赴くことになった。
お嬢も、最初から単独討伐をしようとしたわけではない。
最初は騎士や魔術師、神官とパーティを組んでいたのだ。
しかし、誰もお嬢には着いて行けなかった。
お嬢も、命を懸けてまで自分に着いてくることを望まなかった。
一人、また一人と脱落していき、最終的にお嬢の側に残ったのは、スカウター兼従者の役割を担う俺一人。
お嬢が腕を磨く傍ら、冒険者たちに教えを乞うていたのが役に立った。
「これはこれでやりやすいですわね」
お嬢は全く気にした様子もなく、そう言って笑った。
こうして、俺一人を従えたお嬢は、数々の苦難を乗り越え、一年かけてついに魔王の居城へとたどり着いた。
ここから先は一人で行くと言うお嬢に、俺は素直にうなずいた。
拒んでも、実力行使でおいていかれることは目に見えている。
ならば従ったふりをして、こっそり後をつけていけばいい。
こうなることは予想していたから、俺はお嬢が捕獲した暗殺者に頼み込み、気配を殺して尾行する技術を学んでいたのだ。
が、やはりお嬢は俺より一枚上手だった。
魔王城の中で、尾行に気づかれてしまった。
「まったく、困った人ですわね」
ため息交じりに言うお嬢に、それは俺のセリフだと思った。
見つかってしまったからには仕方ない、俺は何とかお嬢を説得しようとした。
確かに、最強のお嬢にとって俺は戦力にはならない。
だが万が一の時には盾にくらいなれる。
言葉を尽くしたが、お嬢は決して首を縦には降らなかった。
「あなたがいなくなってしまったら、私のしていることは全部無駄になってしまいますのに」
強制的に眠らされる寸前、お嬢はそう呟いていたがそんなことはない。
お嬢は優しいから護衛である俺の命を惜しんでくれるが、俺一人がいなくなったところで、お嬢の将来には何の影響も及ぼさない。
お嬢さえ無事に戻れば、それでいいのに。
抵抗虚しく俺は眠らされてしまった。
そして次に気が付いた時には、真っ暗で狭い何かの中に閉じ込められていた。
俺は焦った。身体中の血が引くほどの恐怖を感じた。
もしかしてお嬢になにかあったんじゃないか、それで俺は魔族につかまって、何かに押し込められてるんじゃないか。もしかしてお嬢はもう。
そんなはずがない。俺の最強のお嬢が負けるはずがない。
次から次へと浮かんでくる最悪の予想を振り払いながら、何とかここから出ようとあがいている時、不意に目の前が明るくなった。
「ああ、ちゃんといましたわね」
眩しさに目を細める俺の耳に飛び込んできたのは、呑気なお嬢の声。
徐々に光に慣れてきた目が、微笑みをたたえたお嬢の姿を映す。
俺はもう何が何だか分からず、ただただ呆然と、お嬢の女神のような微笑みを見ることしかできなかった。
その後で分かったのだが、俺は魔王城にある大きな宝箱の中に入れられ、入り口近くにある部屋に隠されていた。
なんでそんなことをしたのかと聞いた俺に、お嬢はしれっと、宝箱なら自分に何かあっても誰かが開けると思ったとのたまったが、そういう問題じゃねえんだよ、なんてことしやがる。
俺は猛然と抗議したが、ようやく魔王討伐を成し遂げて上機嫌のお嬢は、俺の文句を全て聞き流した。
「終わり良ければ総て良し、ですわ!」
晴れやかに笑うお嬢にそう言われると、俺もそれ以上ケチをつけることはできなかった。
八年にもわたるお嬢の努力が、やっと報われた瞬間なのだ。
「やったな、お嬢、おめでとう」
「ありがとうございます。あなたのおかげですわ」
「俺は何もしてねえよ」
「いいえ、あなたがずっと側にいてくれたからこそです」
抱きしめたい、と。
焦がれるほどに思った。
しかしそれは、俺の役目じゃない。
魔王城の中にあった転移陣をつかい、俺たちは凱旋した。
魔王を討伐したとの知らせに、国中はお祭り騒ぎとなり、偉業を成し遂げたお嬢は、国王より望みのものを褒賞として与えられることになった。
そしてお嬢は手に入れたのだ。
望み続けた相手と、結婚する権利を。
その後の祝勝パーティには、俺も一応関係者の一人として招かれていたが、傭兵上がりの平民には、こんな煌びやかなところは場違いだ。
誰も俺には注意を払わないのを幸い、さっさと抜け出しすことにした。
その際皿に盛ったごちそうと、上等な酒を一瓶拝借したが、このくらいは許されるだろう。
それらをのんびり飲み食いしながら、馬車の中でお嬢が戻るのを待つ。
今日のパーティには、王子は来ていなかった。
帰還から今日まで間がなかったせいで、そのあたりの段取りは上手くできなかったのかもしれない。
ついでにこの場で婚約発表でもしてくれれば、俺もすっぱり諦めがついて、このずっとくすぶり続ける気持ちを殺すことができたのに。
王子と結婚となると、お嬢は隣国に行くことになるだろう。
王子妃となるお嬢に、俺みたいな護衛はもう必要ない。
あーくそ、胸がいてえ。今日はどんだけ飲んでも酔えそうにない。
あとどれくらい側にいられるかと考えながら、残りの酒をちびちびやってると、いきなり馬車の扉があいた。
「やっぱりここにいましたのね」
お嬢はちょっぴりご立腹のようだ。何かあったのか?
「悪い。でもあそこは居心地悪いし、俺がいなくても何も問題ねえだろ?」
「ありますわよ。あそこで宣言してしまおうと思いましたのに」
宣言? 何をだ?
首を傾げる俺に、お嬢は一つため息をつくと、馬車に乗り込んできた。
「まあ、いいですわ。ヴィルジニーにも晒し物にするのはかわいそうだと言われましたし」
晒し物? 話の流れからして俺のことを言ってる気もするんだが、イマイチ話が見えねえな。
「もう帰るのか? お嬢主役だろ?」
「主役ですから、帰る時間も決められますの」
きっぱり言って、お嬢は馬車を出すよう合図する。
そんなもんか? それでいいのか?
まあ、今のお嬢に逆らう度胸のあるヤツはいないだろうが。
馬車の中は、しばらく静かだった。
王子のこととか、結婚はいつになるのかとか、俺の今後の為にもこの先の予定を聞いた方がいいんだろうが、自分から口に出すのは抵抗がある。
それはつまり、お嬢との別れを意味するからだ。
お嬢の方から何か言ってくれないもんかと思いつつ、馬車が王城を抜けて市街地を走り始めた頃。
お嬢は、唐突に口を開いた。
「それで、結婚式はいつにします?」
「は?」
なんでそれを俺に聞く。
「は、ではありませんわ。ようやく権利を手に入れたのですから、まずは日取りを決めませんと」
「いやそれ俺が決めることじゃねえだろう」
「何故ですの?」
「何故って、俺が結婚するわけじゃねえんだから」
「いいえ、結婚するのはあなたですわよ」
んんん?
話がかみ合わねえな。
お嬢の結婚の話じゃねえのか?
「待て、まずは話を整理しよう。結婚ってのは、お嬢がするんじゃないのか」
「ええ、私そのために頑張りましたから」
「だよな。それでなんで俺の話になるんだよ」
「まあ、まだ分からないのかしら。あなた鈍すぎですわ」
お嬢は信じられないものを見る目で俺を見た。
そんなに責められる覚えがねえぞ俺は。
「そんなの、あなたと私が結婚するからに決まっているではないですか」
………………はい?
今のは空耳か?
それとも俺の願望が都合よく作り上げた幻聴か?
完全に固まってしまった俺に、お嬢はじれったそうに眉をひそめた。
「イーヴ、聞いていますの?」
「聞いてる。ただ、今ちょっと信じられないことが聞こえた気がして」
「私、当然のことしか言ってませんわよ」
「俺の聞き間違いだと思うんだが、お嬢と俺が結婚すると聞こえたぞ」
「当たり前でしょう、そう言いいましたもの」
待て待て待て、どういうことだ?
「あんたはセレスタン王子が好きなんじゃなかったのか?」
「セレスタン? あの方はお友達、いえ、同志ですわ」
「だってあんた、あの王子に会った日に意中の相手と結婚する手段を知りたいって言ったじゃないか。だから俺はてっきり」
「ああ、それはあの日、セレスタンに教えてもらったからですわ。貴族女性は平民と結婚することはできないって」
当時を思い出しているのか、遠くを見る目をしてお嬢は続けた。
「私、幼い時は純粋でしたから、ただ一緒にいさえすれば、将来はそのまま結婚できると思っていましたの。それが間違いだと、セレスタンに言われて知りました。あの方もこのままでは望む相手と結婚できないから、何とか手段を探してるって教えて下さいまして、あの日はずっと作戦会議をしてましたのよ」
いやに熱心に話し込んでいると思ったら、そんなことになってたのかよ。
「じゃあ何か、あの頃からお嬢は、俺と結婚するつもりだったと?」
「あの頃からじゃありませんわ。あなたが私の護衛になったその日からですわ」
「そんなに前から?!」
素っ頓狂な声を上げた俺に、お嬢は少しだけ寂し気に微笑んだ。
「あなたが私をそんな風に見られないのは分かっていましたけど、私、どうしてもあなたとずっと一緒にいたかったのです。だから護衛にしたんですわ」
「なんで……そんな……」
声がかすれた。
すぐには信じられない。
でもお嬢は、こんな冗談を言う人間じゃない。
お嬢の朱金の瞳が、まっすぐに俺を射貫く。
「あなたは私を、私がやりたいって言ったことを、一度も否定しませんでしたわ」
穏やかに、けれどまるでかけがえのない大切なものを語るように、お嬢は言った。
「私、あなたの側でだけ自由に息ができますの」
だからあなたが必要なのだと、お嬢は言う。
俺の視線を捉えて離さぬままに。
お嬢。誰より大切なお嬢。
世界の全てを引き換えにしてでも守りたいと、幸せになって欲しいと願った、俺の、たった一人の、愛しい……女。
「俺は、孤児の傭兵上がりで」
「知ってますわ」
「お嬢より弱くて」
「私より強い男なんて、この世に存在しないと思いますわよ」
「隣に並んでも釣り合わなくて」
「そう思っているのはあなただけです」
俺でいいのか?
本当に、それでお嬢は幸せになれるのか?
降ってわいたとしか思えない幸運に、尻込みしてしまう俺の怯懦を、許すお嬢ではない。
「イーヴ、いい加減観念なさいな。私は欲しいものは何としてでも手に入れるの。それはあなたが一番良く知っているでしょう」
「そうだな、それで魔王討伐までやっちまったもんな」
「ええ、あなたが望むなら、世界征服でもしてあげてよ」
「やめてくれ、お嬢が言うとしゃれにならん」
お嬢はやる。絶対にやってのける。
けど俺は世界なんかいらない。
俺が欲しいのは、お嬢だけ。
ならばもう、俺も覚悟を決めなきゃな。
今までは、お嬢の一歩後ろが俺の定位置だった。
そこからずっと、お嬢を見守ってきた。
けれどお嬢が望むなら、これからは肩を並べて、お嬢とともに歩んでいこう。
「改めて言いますわね、イーヴ、私と結婚して下さる?」
優美に手を差し出して、晴れた空のようにお嬢が微笑む。
これ、勝利を確信してる顔だよな。
多分俺の気持ちは、お嬢には筒抜けだったんだろう。
できればもっと早く言って欲しかったと思うが、今となってはどうでもいい。
その眩しさに目を細め、俺は迷わずその手をとった。
「喜んで」
アデライトはあえて、誰と結婚したいかはあやふやに濁し、自分の気持ちも隠していました。
自分のためにこんな無茶をしてるとイーヴが知ると、身を引いて逃げてしまう可能性が高かったからです。
幼い頃からイーヴと結婚したいと願っていましたが、無理強いするつもりはなく、もしイーヴに他に好きな相手ができたら、潔く身を引くつもりでいました。
なので年頃になってようやくイーヴの矢印が自分に向いてきたときは、喜びとのろけを延々つづった浮かれた手紙をセレスタンに送りつけたりしています。
ここまで読んで頂きありがとうございました!
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。




