霞村への道中での出来事
霞村を目指して竹林を抜け、開けた道を歩き続ける宗一と紫音。その途中、道端に見える焼け焦げた廃村の跡に紫音は足を止めた。すすで覆われた倒壊した家々、植物に侵食された井戸。かつてそこに暮らしていた人々の営みの名残が、荒廃の中に微かに感じ取れた。
「……ここも、戦で焼けた村なのですか?」
紫音は、辺りを見回しながら宗一に問いかけた。
宗一は立ち止まり、沈んだ表情で答えた。
「ああ、そうだ。ここも戦乱の犠牲となった村だ。今では誰も住んでおらぬ。」
「宗一さんも……戦に出たことがあるんですか?」
紫音の問いに、宗一はしばらく黙り込んだ後、小さく頷いた。
「一度だけな。若かった頃、主君の命で戦に加わったことがある。だが、あれはただの殺し合いだった。勝者も敗者も関係ない。残るのは憎しみと無惨な焼け跡だけだ。」
その声には苦々しさが滲んでいた。
紫音はその言葉に何かを感じ取りながら、燃え滓になった村を見つめていた。そして、視界の端に不自然な黒いモヤが漂っているのを見つけた。
「……あれは……!」
紫音は指を差しながらつぶやいた。黒いモヤは村の残骸の周囲にうごめき、徐々に集まるように動いていた。
「どうした?」宗一が紫音の視線を追う。
「この黒いモヤ、妖怪の元になっている気がします。もしかして、戦争の悲しみや恨みが形を成したものなのかも……。」
紫音はそう言うと、さらに念を込めて霊符を取り出し、黒いモヤを払おうとしたが、それはふっと霧散してしまった。
「こうやって妖怪が生まれるのですね……。戦が酷くなってから妖怪が多く出るようになったというのも納得がいきます。」
紫音の言葉に宗一は静かに頷いた。
「そうかもしれんな。戦が終わらぬ限り、この地の苦しみは消えぬのだろう……。」
二人はその後、再び霞村を目指して歩き始めた。
霞村まではまだ半日以上かかるため、途中で宿場に泊まることにした。小さな宿場だったが、簡素ながらも温かい食事と布団が用意されており、二人は旅の疲れを癒すことができた。
夜更け、紫音は微かな物音に目を覚ました。隙間風が障子を揺らし、外からかすかなざわめきが聞こえてくる。
「……なんだろう?」
紫音が静かに立ち上がると、宗一も目を覚まし、手元に置いていた刀を握りしめた。
「何かいるのか?」
紫音は昼間に見た黒いモヤが頭をよぎった。
「多分、あの影がまた現れたんだと思います。」
二人は音を立てないように廊下を進み、外に出ると、宿場の庭に黒い影がうごめいていた。それはやがて形を成し、小鬼の姿へと変わっていった。
「小鬼か……。このままでは、ここにいる人間を襲うかもしれん。」
宗一が刀を抜き、構えようとすると、紫音が静かに手を伸ばして止めた。
「ここは私に任せてください。」
宗一は一瞬迷ったが、紫音の真剣な表情を見て、刀を収めた。
「分かった。だが、気を付けろ。」
紫音は霊符を手に取り、小鬼に向き合った。その赤い目が紫音をじっと見つめ、鋭い牙をむき出しにして襲い掛かってきた。
「動きが速い……!でも……!」
紫音は冷静に霊符を空中に投げ、術式を展開した。霊符が輝き、宙に結界を作り出す。小鬼が飛び込むたびに弾かれ、苦しげな声を上げた。
「怨霊よ、ここで消えなさい!」
紫音が声を張り上げると、霊符が強烈な光を放ち、小鬼を包み込んだ。小鬼は抵抗を試みたが、光の中で次第にその形を失い、消滅していった。
霊符が静かに地面に落ちると、辺りは再び静寂に包まれた。紫音はほっと息をつき、宗一の方を振り返った。
「やりました……!」
宗一は満足そうに頷きながら紫音に近づいた。
「見事だ。そなたの力、なかなかのものだな。」
紫音は少し照れながらも笑顔を浮かべた。
「まだまだ未熟ですけど……戦うたびに慣れてきた気がします。」
宗一は周囲を見回しながら警戒を続けた。
「だが、これで終わりとは限らぬ。この辺りにはまだ別の影が潜んでいるかもしれない。引き続き気を引き締めよう。」
紫音は真剣に頷き、「はい」と返事をした。
夜明け前、二人は宿場を出発した。紫音は初めての実戦に手応えを感じながらも、霞村で待ち受けているものに一抹の不安を抱えていた。
宗一は紫音の横で静かに歩きながら、刀の柄を握りしめていた。その眼差しは強い決意に満ちており、紫音もまた、それに倣うように前を見据えて歩を進めた。