傷心
港倉庫の騒動から、三時間。
俺と香織は、港倉庫からの帰路についていた。
商店街のある、大きな路地、日が沈み、紺色の世界が広がっている。
その紺色の世界に、ポツリポツリと赤や白、黄色に青の光を放つ星が煌めいている。
俺の横を歩く、香織はその表情からはかなりの疲労が見える。
まぁ、それも仕方ないことだろう。香織は今まで人を傷つけることなんてなかったんだ。
精神的な負担なんて、想像もできないだろう。
それに加え、今日一日、ずっと動き回ったんだ、体力的にも辛いだろう。
「香織、ちょっとここで休んでて、そこのコンビニで、お茶でも買ってくるよ」
コンビニの前の広場、そこのベンチに座るようにと促した。
「葵って、私の為に人を殴ったりしていたじゃん……。その時、どんな気持ちだった?」
「えっ……」
「私は、今日初めて人を傷つけた……。血が流れた人を見た時、心臓が張り裂けそうなぐらいに辛くなった、体中震えた。辛くて、苦しくて、涙が流れそうになった。でも、涙も出なくて」
「香織……」
きっと、俺が想像できないほどに辛いのだろう。
人を平気で殴れる、俺とは違って、香織は人を殴ったどころか、悪口すら言えない、優しい人間なんだ。
俺は、香織に何かしてあげることはできるのだろうか……。
俺には、かける言葉も見当たらない。香織にとって、何をするのが正解なのかも分からない。
二人、コンビニの前で立ち尽くす。
コンビニから漏れる光が、俺達二人を優しく照らす。
頭上にある、蛍光灯には、蛾が、群がり、時折、目の前に降りてくるのがどうにもうざったい。
「ごめんね、こんな話……」
「いや、仕方ないよ、こんな状況じゃ」
「うん、ありがとう……」
「香織、俺はさ香織のことが好きなんだ……。だから、俺は力を振るえる。大切な人を守るために……」
「葵……」
「人を傷つけるのは、確かに辛いよ。苦しいし、人を殴ったあの感覚は、絶対に忘れられないし、夢にも出てくる日もある」
「でも、香織のその笑顔を見れば、なんでも忘れられる、どれだけ辛くても頑張れる。……まぁ、これは俺の考えなんだけどね」
「葵……」
香織は涙を流した。その場に泣き崩れ、立ち上がることも難しいようだ。それほどまでに、香織は追い詰められていたということなんだ。
自分の為じゃなく、誰かの為に。
それが、俺の信念だ。
一人なら、背負いきれない物があったとしても、誰かの為に、誰かとともに背負えるなら、何でもできる。
そう、思っている。
*
香織は、公園のベンチに座り、ふぅと息を吐く。
その姿を見ると、涙も収まり、大分落ち着いてきたように見える。
俺は、コンビニで、飲み物と、アイス。……それと、他のものも。
いろいろと買っていた。
頭の中には、明日以降の事、紫苑や長谷川たちのこともどうしても考えてしまう。
紫苑は、 死んでいない。
正直、頭の隅では、なんとなくそんな気はしていた。
知的で、博識な彼は、未来を見るかのように、先を読む。
怖いぐらいに、完璧に。
そんな紫苑さんは、きっとこうなることも分かっていたはず。
信頼できない、顔も知らない奴らに自身の情報を流すなんて、一体どんな目的があったんだ?
……一つ、浮かんだのは、ブラフ。
わざと、情報を流した。偽の情報を……。
「泣いてる彼女を置いて、ゴムなんて買ってるんだ」
聞きなれた、声。その声を聞いたとき、懐かしさよりも、恐怖という感情が、ぶわっと脂汗とともに、あふれ出てきた。
「……なんで、あんたがここに居るんだ。紫苑さん」




