暴走
俺の視界を横切った弾丸。
その弾丸で、状況が全て変わった。
|怒りという感情に呑まれてしまう《・・・・・・・・・・・・・・・》。
「おい、俺が合図したらこれを上に向かって撃て、拒否れば殺す」
俺は近くにいた男にスターターピストルを渡した。体育祭の時に使われる殺傷能力のない銃。
元々、加藤を脅す為にと渡されたものだがこうやって役に立つとはな。
男は今までの俺達の暴れっぷりを見て震え上がってる。これなら裏切ることは出来ない。
なら、残りは簡単だ。
俺は葵に向かって駆け出す。
*
加藤の放った凶弾。それは伊織ちゃんの肩を掠めた。それ自体に大した問題は無い。
伊織ちゃんも含め、ここにいるほとんどの人が多少の怪我も覚悟していたから。
でも、一つ最悪な問題が起きてしまった。
葵くんの暴走だ。
遠くから見てもわかる。葵くんは今怒りによって我を失っている。
それこそ、加藤を殺してしまうほどに。
俺としても加藤はこの世にいてはいけない存在だ。
でも、それを殺すことは許されるものでは無いし、もしやるとしても、それは葵くんの役目では無い。
俺は手に持っていた猟銃をもう一度構えた。
残りの弾数は3回。
加藤の足と肩を必ず撃ち抜く。
ただ、普通に撃ったらダメだ。
照準を合わせて撃って、加藤に当たるまで一瞬の間がある。その間に葵くんは加藤の喉元まで行けるだろう。
つまり、運が悪ければ葵くんに被弾する可能性がある。
勝負は今から数秒で決着が着くだろう。
それほど、状況は切迫している。
俺は呼吸を整え、銃を放つ準備を終えた。
「向井!俺に合わせろ!」
その時空気を震わせるのは奏斗くんの声。
奏斗くんの作戦の全ては分からない。
ただ、彼が近くにいた男に銃を渡していた。
俺の思う限りあの男に葵くんの意識を向けようとしているのだろう。
葵くんは恐らく今銃声に敏感になっているから俺が加藤に向かって発砲すれば葵くんは俺に敵意を向けるかもしれないから。
奏斗くんは手を上に掲げ合図を送る。
その瞬間、二発の銃声が響いた。
しかし、その発砲音は俺の方が早く鳴り、葵くんの意識は奏斗くんのそばにいた男の方へ向いた。
葵くんは仲間の為ならどんなことだってできる。
それこそ、自分の命を捨ててまで仲間を助けられるほど。
だからこそ、仲間を傷つけられた怒りが彼をここまでつき動かしているのだろう。
奏斗くんは駆ける葵くんの手首を掴み、腕をひねりながら地面に倒し込む。
柔道の投げのようにも見えるが、どこか柔道とは違うように見えた。
行動不能になった葵くんは奏斗くんの下で暴れている。
そして、加藤は地面に膝をつき、肩を必死に抑えている。
俺の放った弾丸は加藤の右肩を貫いた。
その痛みからか加藤は銃を地面に落としていた。
なら、俺がすることはひとつ。
残りの弾でやつの銃を弾く。
普段山の中で暴れ回る獣に比べれば小さくて動かない的なんて外すわけは無い。
「加藤!」
俺は加藤の元へ駆け寄る。
颯太くんと伊織ちゃんもちゃんとついてきている。
「これで今度こそ俺達の勝ちだね」
颯太くんは嬉しそうに、そう呟いた。