悪い子のクリスマス
――――ブライト様は、サンタクロースを信じていないのですか?
シェイレスタに、冬はない。砂漠に包まれたこの国では、クリスマスの時期が近づいても雪が降るということがない。夜になると極寒の寒さになるが、それだけだ。だからこそ、イクシウスの雪国に慣れているセラには、不思議だった。
都へ下りると、サボテンに精一杯の雪化粧がされて、クリスマスツリーとして飾られている。砂嵐のせいか何度も繋ぎ直した跡のあるガーランドには、シーシャや太陽、水の入った樽の絵が描かれている。サンタクロースの絵が店のショーケースに描かれていることがあるものの、どういうわけか飛行ボードに乗って砂丘の上を飛んでいる。トナカイはおらずサングラスを装着し格好つけて乗るサンタクロースの姿は、どうにも受け入れにくい。
しかしそれは、少なくとも、シェイレスタという国にサンタクロースという存在がいることを示している。
クリスマスのシーズンになればお菓子を配るらしく、店によっては早くからポスターを張って宣伝を大々的に出していた。それを子供が見つけて、母親にねだっている。なんでもクリスマス当日にキャンディが一人につき三個も貰えるらしい。しかし、クリスマスは家で過ごす計画らしく、「店には寄れない」という母親に子供がぐずる。
「良い子にしていたら、サンタクロースがお菓子をくれるから、待っていなさい」
そうして宥める声が聞こえてきたから、サンタクロースの存在を信じる子供がいるのも事実だろう。
セラにとって、シェイレスタは未知の国だ。だからこそ、こうして街に出て常識を拾い集めるしかない。主であるブライトに聞くという手もあるが、ブライトは多忙なうえどうも世間とずれている節がある。誤った情報を手に入れない為にも、自力で収集するよりなかった。
「ブライト様は、サンタクロースを信じていないのですか?」
それに、セラがこうブライトへ質問すると、ブライトはいつものようにバツの悪い顔をして笑うのだ。
「話は知っているよ。けれど、あたしはもう成人しているし、悪い子には来ないらしいから関係ないかな」
成人しているというものの、それはシェイレスタの国からみての話だ。元々領土争いの戦争が原因で人がいなくなったシェイレスタが、兵士欲しさに成人年齢を十代前半にまで引き下げたと聞いている。その為、セラからみたらブライトはまだ十分な子供である。そして、ブライトの後半の発言から察するに、ブライトは自身を悪い子だと思っているらしい。
「プレゼントを貰った経験はないのですか?」
ぶしつけかと思いつつも聞いてみたところ、
「お父様にはぬいぐるみを貰ったことはあるよ、ほら部屋にあるやつ」
と返ってきた。部屋にあると言われて、掃除にはいったときのことを思い返す。鼻の周りだけが白っぽい、猫のぬいぐるみが確かに置いてあったが、ぼろぼろになっていた覚えがある。ブライトの父がもう随分前に亡くなったことは、セラも聞いていた。けれどそれまではちゃんとクリスマスプレゼントを貰っていたのかと安心し、
「誕生日プレゼントでね、嬉しかったなぁ」
付け加えられた一言で、思わず顔が引きつった。
「……ということでして」
セラが相談しにいったのは、シェイレスタの都の食料品店だ。普段から屋敷の食べ物を買い付けている間に、その店の看板娘マリアと会話をすることが多い。それ故に、相談しやすかったのだ。特にマリアはブライトと同じぐらいの年代の娘というのもある。ブライトが好きそうな、シェイレスタならではのプレゼントも思いつくかもしれないと期待していた。
「まぁ、先代の領主様が忙しくされていたとは聞き及んでいましたけれど、まさかクリスマスにプレゼントもなかったなんて……」
「やはりおかしいことなのですか?」
セラが尋ねると、マリアは可愛らしい顔で小首を傾げた。
「実を言いますとそこまでは。イクシウスがどうかは分かりかねますが、シェイレスタでは店の宣伝みたいな使われ方をしていますし」
セラとしては戸惑うしかない。その表情に気づいたのか、マリアは説明する。
「サンタクロースを信じる子供はいるにはいても、どちらかというと貰えたらいいなぐらいの願望ですね。もらえない子が圧倒的に多いですし。私はどちらかというと、クリスマスシーズンになるといつもより手が出しにくい食べ物がよく売れるので、そちらの方がとっても嬉しいです。それがサンタクロースからのプレゼントかもしれません」
マリアの商売魂の逞しさに感心しつつ、セラが思い出したのは孤児の存在だ。イクシウスでは孤児院があるが、シェイレスタにはそれらしき建物がない。そうなると、孤児たちにクリスマスプレゼントが行き渡ることは無いらしい。きっとウィリアムならば気を利かせてこう言うのだろう。『サンタクロースも煙突のある家がなければ入りようがないのです』と。
「……となると、私が余計な気を回しているということでしょうか」
少ししょぼんとしたセラに気づいたのか、マリアが慌てた様子で首を横に振る。
「まさかまさか。セラさんが領主様にプレゼントをあげたいと思う気持ちはとても素晴らしいことだと思います」
「けれど、何を差し上げたら良いか分かっていないのです……」
「そうなんですか? お好きなものでよいのでは?」
セラは首を横に振る。
「それだと駄目なんです。私はブライト様にはプレゼントを用意したいと思っています。けれど、それで気を遣われてしまったら意味がないんです」
そもそもセラがプレゼントをあげたいと考える理由が三つある。まず、ブライトへの感謝の気持ちだ。それから日頃の頑張りを労いたいという思いもあった。それに、セラからみてブライトはまだ子供だから、素直にプレゼントを受け取って喜ぶ顔が見たかった。
ただ、ブライトの言葉だけはまだ引っかかっている。
「悪い子には来ないらしいから関係ないかな」
――――ブライト様は悪い子ではありません。だからサンタクロースがプレゼントをくれるはずです。
そう言いたかったのに、セラはそのとき言えなかった。ブライトが本気で諦めた顔をしていたからかもしれない。
「そもそも、良い子って何なのでしょう」
セラの問いかけに、マリアはきょとんとした。少し悩んだあと、小首を傾げながらもこう答える。
「親の言いつけを守る子、でしょうか」
その条件ならば、ブライトは良い子だろうとは思った。何せ亡くなった父に代わって領主の仕事をこなしているのだ。病気の母の面倒も、誰かに任せたりせずに自分の手で看ている。
「あとは、サンタクロースの存在を信じられる子とか」
信じていないとサンタクロースはやってこない。それは説得力のある言葉だろう。
何より、ブライトは今更サンタクロースを信じない。仮に枕元にプレゼントを用意しても、すぐにセラの仕業だと気づくに違いない。
「無垢な子供ではいられなかったことは確かですね」
マリアの言葉に納得したセラは、そう呟いた。貴族同士のどろどろしたやり取りや駆け引きがあることは、ブライトが出かける度憔悴して帰ってくるので明らかだ。そうした環境では、嫌でも無垢ではいられないだろう。
「けれど、毎日都の皆さんのために頑張っている子供のことを、私は悪い子とは呼びたくないです。……たとえ、裏で何をされていたとしても」
「セラさん?」
セラの独白に、マリアが小首を傾げる。セラはそんなマリアに詰め寄った。
「マリアさん。マリアさんはどんなプレゼントをあげれば、ブライト様に子供のように喜んでもらえると思いますか?」
ただのプレゼントとは違う。セラが気を利かせたと思わせないプレゼントがいるのだと伝えると、マリアは困った顔をした。
「お噂に聞く領主様はとても聡明だということですから、たとえどんなプレゼントでもセラさんの仕業だと気づかれるのではないでしょうか」
まさにそれこそがセラの悩んだ内容である。
「マリア! いつまでも話していないで次の準備を手伝っておくれ」
突然大きな声が聞こえてきた。マリアの母であるミスカのものだ。買い付けた食料をラクダ車に乗せ終わったのだろう。準備というのは繋いであるラクダを持ってくることだ。
「分かったわ、お母さん。でも少し待ってもらえる?」
マリアはそう言うと、セラへと向き直った。
「私、思うんです。セラさんがその気持ちを持っていることを知ったら、ブライト様は何よりも喜ばれるんじゃないかって。それこそセラさんのその気持ちがあれば何を用意しても良いんじゃないでしょうか」
「けれど、その考えでプレゼントを用意したとしても、ブライト様はお返しをしようとすると思います」
変に気を遣わせたくないと思うからこそ、セラは悩むのだ。
「えっと、そうかもしれませんけれど、でもそれは」
「マリア! ちょっと頼むよ! ラクダが暴れて仕方ないんだ!」
マリアの言葉はミスカの叫び声に掻き消される。このままでは話にならないと思ったらしく、マリアは
「ごめんなさい、今行くわ!」
と叫び返した。
「すみません、母が騒がしくして」
「いえ。ご相談に乗っていただいてありがとうございます」
セラはとりあえずと礼をする。マリアはまだ何か言いたそうだったが、ミスカの悲鳴を聞いて慌てて出ていった。
結局、マリアとの相談はそこで打ち切ることになった。ラクダをもう暫く預かってもらうことにして、セラは今度は別の店へと赴く。
「ごめんください」
入ったのは、宝石屋だ。貴族を相手に質の高いものを出している。故に、ブライトもよく買い付けていた。
「いらっしゃい。今日はブライト様のお使いですかな?」
声をかけてきたのは、高齢の男性だ。名をシエタという。普段から博識な彼は、セラが相談にのると何かしらアドバイスをくれるのである。
「すみません。シエタさん。今日はご相談に伺いました」
領主へのプレゼントを考えているというと、シエタは少し悩んだ顔をした。
「プレゼントですか。そうなると、セラさんのお給金で、ということですよね」
頷くセラに、シエタは宝石を示す。
「率直にいって、うちはいつもかなり質の良い物をブライト様に献上させていただいています。それに慣れてしまっていることを思うと、その、セラさんが買えるものでは……」
言い淀むシエタに、言いたいことを察した。
「私が買えるものでは、たかが知れているということですね」
確かに見劣りするだろう。
それに、ブライトが宝石を買うのは趣味ではなく、貴族同士の付き合いで必要になるからだ。元々装飾をつけること自体、あまり好まない性格なのは察していた。それを押し殺して、他の令嬢たちに合わせて流行に乗ろうと勉強しているのである。そう考えると、喜ばないものを買っても意味がない。
「理解しています。なので、今日は買い物ではなく相談にきました」
「そういうことですか。ブライト様が喜ぶプレゼントを単に考えたいと?」
頷くセラに、シエタは悩む顔をした。赤縁メガネの奥で細い目が更に細められる。
「そうですね。私としてもブライト様にはいつも良くしていただいているので、何か提案したいところではあるのですが」
「思いつきませんか」
何かないかと思ったが、シエタには頷かれてしまった。
「むしろ、日頃ブライト様の近くにおられるセラさんこそ何かあるのではないですか?」
「私こそ、ですか」
「えぇ。セラさんは、ブライト様なら何を貰えたら喜ぶか想像できるのではないでしょうか」
ブライトが喜ぶものを考える。宝石やドレス、香水の類は違う。料理も、セラが作るものは喜んでくれるものの、あまり嬉しそうでないとは感じていた。恐らく以前までいたという料理人のことが思い浮かんでしまうのだろう。花の類も、あまり喜ぶとは思えない。好きなものと言えば書物だろうが、書物は宝石よりも高価だ。借りてくることはできるが、それではいつものお使いと変わらなくなってしまう。
「どうしても見劣りしてしまうということではありませんが、値が張るものでなくても良いと思いますよ」
そう言われて、マリアの発言を思い出した。
――――私、思うんです。セラさんがその気持ちを持っていることを知ったら、ブライト様は何よりも喜ばれるんじゃないかって。
何か物をあげてもお返しされてしまうからと聞き流していた。どんな物をプレゼントとしてあげるかというところに固執していたからだ。けれど、お金のかからないプレゼントも確かに世の中には存在するのだ。
「シエタさん、ありがとうございます。おかげで見えてきました」
セラは礼を述べた。
「こんな老人の言葉でも役に立ったようであれば光栄です。何かあればまたなんなりと」
「では、少し協力してください」
セラはすぐにシエタに頼んだのである。
「私が、領主様のことをですか?」
再びマリアの元へ戻ってきたときには、都の人たちから既に多くの意見をもらった後だった。マリアにはその人たちと同じように、領主について質問をしたのである。
「そうですね。まだ私と同じ年ぐらいなのに、領主として頑張られているなとは思います。何をしているかは具体的には分からないけれど、魔物対策とか治水の話とか、領主様の承諾があってできたって」
魔物対策というのは、街の有志や王族の騎士団だけでは到底足りず、ギルドを雇ったときの話だろう。ブライトが屋敷にある資金を提供したことで、無事に魔物退治がなされたのである。治水はサインしただけだが、ブライトが地図を睨みながら何か検討していたことはセラも知っている。
「ミスカさんも何かご存知ですか」
ちょうど扉を開けて入ってきたミスカに、セラは尋ねた。
「セラさんが領主様について知りたがっているの。私、魔物退治と治水の件しか知らなくて」
ミスカの視線がセラに向かう。セラは深い意味はないと言って謝らないといけなくなった。『領主が自身の評判を集めている。悪く言ったらどうなるかわからない』と思われたら、それはそれで厄介だからだ。
「あくまで私がブライト様にプレゼントを渡す過程で知りたいことなのです」
セラの言葉に耳を傾けながらも、ミスカは考えていたらしい。思い出したように告げた。
「あれだよ、あれ。こないだ、食物が不作のときに減税してくれただろ。あれは助かったね。ただ、それ以外の施策は別に官吏のお人が考えているって話だったね」
それを言ったら減税も、官吏からのアイディアだと記憶している。
「……あぁ、そうだ。流行を作ってくれるだろ? あれはいつも助かっているよ」
「流行、ですか?」
意外な内容に、セラの理解が遅れた。
「普段は見向きもされない商品なんだけど、貴族同士のお茶会で使われると急に売れ行きがよくなるんだよ。うちは融通してもらっている身だから、こうして物をたくさん買い付けてくれるのも助かるんだけどさ。特定のものをたくさん買い取ってくれるもんだから、すぐにそれをたくさん仕入れるわけさ。そうすると、飛ぶように売れるんだよ、これが」
「なるほど、影響が大きいわけなんですね」
ブライトも前に言っていた覚えがある。
「他に誰かブライト様のことについてよく知っている方はいませんか? なるべく声を集めたくて」
そう言うと、マリアはおずおずと手を挙げた。
「あの、セラさんのお話を聞く限りだと、良い子である証として皆さんの声を集めようとしているみたいだけれど」
どうも既にばれていたらしい。
「私、ブライト様のことを一番良く知っているのはセラさんじゃないのかなって思います」
シエタにもらった言葉と同じ、その的確な一言で、セラは更に気がついたのだった。
雪の降らない砂漠の地にも、確かにクリスマスは存在する。それは本来の目的とは少し違って伝わっている。それに事情も相まって必ず子どもたちにプレゼントが届くというわけではないらしい。
けれど、セラにはどうしても伝えたい思いがある。
――――メリークリスマス、ブライト様。
朝目が覚めたブライトが、見慣れぬ靴下が飾られていることに気がつき、執務室にその靴下を持ってきた。それが誰からのものか知ったうえで、ブライトは靴下の中からプレゼントを取り出す。
「手紙、かぁ」
女の子が喜ぶようなプレゼントではないかもしれない。けれど、ブライトはそれを手にしてゆっくりと読み上げる。
『いつも山のような書類に文句を言いつつも、丁寧に一件ずつ内容を確認されています。必ず朝早くに起きて、自分で身の回りを掃除されています。貴族だからと驕らずに、服も自分で選んで着ています。顔色が悪いと心配してくれます』
ブライトはすぐに読み上げるのをやめた。きっと気恥ずかしかったのだろう。
『忙しいのに勉強を怠りません。都の方々が困らないためにどうしたらよいかいつも悩んでいます。力不足からか泣いている声がするときもあるけれど、決して人前では涙を見せようとしません。心配かけまいと、笑って元気の良さをよくアピールされます。床で倒れるように眠るのは貴族らしくなくてはしたないからやめてほしいけれど、頑張っているのを知っているから許せてしまいます。
貴方は決して悪い子ではありません。たとえ私の知らないところで何か悪いことをしていたとしても、私から見た貴方の姿もまた事実です。
だから、クリスマスプレゼントとしてこのメッセージが届きました。それを忘れないでください』
ブライトの背中が震えているのを見て、セラはそっと執務室を後にした。ずるいかもしれないとは思った。けれど、自分が悪い子だといくらブライトが思っていても、ちゃんと頑張っているブライトを良い子だと考える人間がいることも知っておいてほしかった。
クリスマスプレゼントは自称悪い子にもちゃんと届くのだと。