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婚約者

「オレとの関係は理解したか?」

 八雲さまはじろりとわたしを見る。


 誰かから睨まれるのは、曾祖母やその衛士の方々で慣れているので怖くはない。


 それに八雲さまは整った顔立ちなので、この鋭い目を向けられても、わたしにとっては目の保養になる。


「はい。八雲さまは現状、わたしの婚約者ということで、理解はしました」


 だが、勿論、納得はできていない。


 まず、自分が「八幡の巫女」だとはまだどうしても思えないから。


 ずっと朝日に巫女の務めを継承するためだけに巫女としての教育をしていると言われてきたのだ。


 それが、今更、あれは継承ではありませんでしたといわれても、その部分においても納得できない。


「こちらが拍子抜けするほどあっさり受け入れているけど、阿須那はこの『八家』の『婚約者』の意味は分かっているのか?」

「子作りする相手ですよね?」


 幸いにして純潔が守られたのだから、わたしの数少ない神力がさらになくなることもないだろう。


 万が一、婚約者というのが嘘であっても、八雲さまは「石上」の巫女の八男だというのが真実であれば、わたしの方には嫌がる理由などどこにもない。


 相手が「八家」の……、しかも直系の殿方なら、寧ろ、望むところだ。

 何より、本来、秘匿されているはずの「八家」の事情にも詳しい。


 だから、無関係ではないと思う。


「こっ!?」

 けれど、わたしの明け透けな物言いに対して、また顔を赤くされてしまった。


 どうも、意外なことに、この八雲さまは照れ屋さんらしい。


 この整った顔立ちが瞬時に赤くなる様は、ちょっとだけ癖になってしまいそうである。


「こ、こ、子作りって、確かにそうなんだけど……」

 そんな風に戸惑う姿も可愛らしい。


「えっと……、今からされます?」

 それでも、相手はお年頃の殿方だ。


 そういった行為自体を嫌がっているわけではないと思う。


 わたしもそういった方向性の経験が全くないので、心の準備はすぐにできないけれど、八雲さまがそれを望まれるなら、それもやむを得ないだろう。


 助けていただいた恩もある。


 幸い、いつもよりも可愛らしい下着を身に着けさせていただき、さらに脱ぎやすい服でもある。


 その上、すぐ近くにはお誂え向きにベッドまであるのだ。

 後は、八雲さまにお任せすればなんとかなる……と思う。


「阿呆!!」


 さらに顔を赤くされたまま、本日二度目の「阿呆」という言葉を頂戴する。


「もっと自分を大事に……じゃない!! 『八家』の巫女ともあろう者が、行きずりの男にほいほい身体をくれてやるな!!」

「でも……、八雲さまは行きずりの殿方ではなく、わたしの婚約者なのですよね? それなら問題ないのでは?」


 曾祖母から、わたしは「八幡の巫女」の血を引いているのだから、婚姻する相手は、曾祖母が選ぶと言っていた。


 巫女の血を引く女が、「八家」以外の殿方に純潔を奪われると、神力が落ち、さらにその間に生まれた子供に「神力」が継承されるかも分からないらしい。


 母の姉……、わたしにとっては伯母に当たる人が普通の男性に純潔を捧げ、神力を失ったと聞いている。


 ただでさえ、血族のいない「八幡」だ。

 わたしが神力を失くすことは許されないし、一刻も早く、子を生む責務もある。


「倫理上の問題がある!!」

「倫理上……」

 言動に反して、常識的なことを言われた。


 そして、正直、そんなことを言われるとは思ってもいなかった。


「だから、オレは18歳までヤる気はねえからな。淫行で逮捕とか、あほらしい」


 確かに、わたしの年齢的には青少年保護育成条例とかいうものには引っかかるけど、この場合、金銭のやり取りもなく、しかも、その相手が婚約者なら、多分、何も問題はないはずだ。


 法律に詳しくないけれど、正式な彼氏彼女となっているなら良いと、同級生が言っていた気がする。


 彼氏彼女という口約束で問題なければ、一族間の約束事である婚約なら何も障害はないだろう。


「どちらにしても、中坊のガキとヤる気にはならん」

「でも、殿方は若い女性の方が良いと聞いています」

「義務教育のガキは範囲外だ」


 でも、八雲さまが承知しないなら、それも成り立たない。


 血縁の乏しすぎる「八幡」としては、一刻も早く、次世代を考える必要があるのだけど、それも相手があってこその話だ。


 それに現実的な問題として、今日、明日に交わりをしてもすぐに次世代を得られるとも限らないし、子を授かっても、それこそ、八雲さまの言う通り、年齢的な問題が生じてしまう。


 この「日出国」の婚姻できる年齢は、男女ともに18歳となっている。

 それらを思えば、八雲さまの考えに誤りはないのだ。


 彼の言っているのも、そういった視点からの話なのかもしれない。


「それでは18歳になったら、八雲さまに純潔を捧げれば良いということですね?」


 ちょっとお待たせすることになってしまうけれど、わたしが15歳直前である事実に変わりはない。


「……間違ってねえけど、いろいろ違え!!」


 何が違うのか分からない。

 18歳になれば、倫理上の問題もなくなるという話だったよね?


「阿須那の知識がいろいろ偏っているのはよく分かった」


 八雲さまが呆れたようにわたしを見た。


「世間一般の風潮がどうであっても、オレは18歳までヤるつもりはない。そこだけは理解しておけ」

「分かりました」


 八雲さまは意外と常識を重んじる人らしい。


 でも、これだけは確認しておかねば!!


「八雲さまは恋人がいらっしゃるのでしょうか?」

「なんで、婚約者になるっていうのに、恋人こさえていると思っているんだよ? 修羅場になる未来しかねえ」


 どうやら、いないらしい。


「それでは、一夜を共にする女性などは?」

「なっ!? ……婚約者になる相手がいるのに、そんな不実はしない」


 一瞬、先ほどまでのように顔を赤くされたが、少しの間を置き、八雲さまは真面目な顔をしてわたしを見た。


「『八幡の巫女』の婚約者候補に名が挙がってからは、『八幡の巫女』のことしか考えていない。だから、オレにはそんな相手はない」


 そして、低くお腹に響くほどの声でそう告げられる。


「それは……、おつらいのでは?」

「…………は?」


 わたしがそう言うと、八雲さまはその綺麗な目を見開かれた。


「八雲さまは今、18歳と伺っております。それは……、『ヤりたいお年頃』という年代なのではないでしょうか?」


 わたしの方が18歳になるまではあと、3年と1日もある。


 お待たせするにはかなり長い気がするけど、八雲さまが承知してくださるなら、それに甘えても良いのだろう。


 でも、八雲さまは若くて健康な男性だ。


 わたしが18歳になるまでにそういった行為を行わないというのなら、他の女性でそのいろいろなモノを解消していただくしかないだろう。


 ネット小説でも、そんな感じで若く強い殿方が特定多数の異性と関係を持つ描写が多いのだ。


 確か、後宮を意味する「ハーレム」というタグが付けられていた気がする。


 この八雲さまは若く、お強い。

 さらに綺麗だ。


 だから……、期間限定だけでなく、一夜限りのお相手でも、選り取り見取りだと思う。


「もうヤダ、この女……」


 何故か、しゃがみ込まれた。

 何やら小さな声で何かを語られているが、聞こえない。


 恐らく独り言だと思うのだけど……。


「や、八雲さま?」


 思わず、声をかける。


「阿須那」

「は、はい!!」


 立ち上がるなり、名前を呼ばれる。


「お前はこのオレと婚約するのは嫌か?」

「いいえ」


 わたしは首を振る。


「寧ろ、貴方のような方でしたら、喜んで妻としてお仕えできると思います」


 そして、素直にそう口にした。


 八雲さまが「石上」のご子息というだけではない。


 あの絶望の中にあったわたしの心も身体も救ってくれた英雄(ヒーロー)なのだ。


「…………」


 だけど、八雲さまは不機嫌そうな顔をした。


「阿須那は『八幡の巫女』だ。だから、仕えるのはオレの方になる」


 そして、低い声でそう続けた。


「なるほど。そうなると、八雲さまは『八幡(やはた)八雲(やくも)』になられるのですね」


 同じ音があるので語呂が悪くなるかと思ったけれど、口にしてみれば、そこまで違和感もなかった。


「……気にするところはそこなのか?」

「あら? 氏名は大事ですよ?」

「阿須那が気にするのが、そこだけなら良い。だが、暫くはオレも手を出さない。お試し期間とでも、思っておけ」

「承知いたしました」


 わたしはそう言いながら、八雲さまに一礼する。


「ああ、でも手付だけはもらっておこう」

「手付け?」


 わたしが顔を上げると……、すぐ近くに八雲さまの顔があり……、そのまま唇を重ねられたのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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