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根拠

「お前が押し付けた人間が『男』だって事実は変わらないからな」

 八雲さまはそう断言した。


「その根拠は?」

「生えてた」


 ……その端的な言葉だけで察した。


 察してしまった。


 察することができてしまった。


 だが……、認めたくない。


「髪の毛なら男女関係なく生えていますよね?」

「違えよ」


 大丈夫、分かっている。

 分かっていますとも。


 単に認めたくないだけだ。


「男の象徴があった」

「はて?」


 わたしはすっとぼけることにした。


 そんなものが存在することを認めたくないわたしの気持ちも分かって欲しい。

 妹だと思っていた子が弟なんて、他人から言われても信じられるか!!


「具体的に言わなければ分からないか? あのガキの股間にタマとサ……」

「ぎゃああああああああああっ!?」


 これ以上、言わせまいと叫んだ。


 こ、この御方は!!

 花も恥じらう乙女の前でなんて言葉を口にしようとするのか!?


「驚いた」

「驚いたのはこちらの方です!!」

「いや、今の単語で通じるとは思わなかった」

「そこまで箱入りではありません!!」


 見たことはないけど!!

 でも、男女で違うことぐらいはちゃんと知っているのだ。


「オレから見れば、阿須那の言動は十分箱入りなんだが……。まあ、そう言うわけだ。お前から押し付けられたガキは男だ。オレが確認したから間違いない」


 ……確認したのか。


 それは触ったのか、目視なのか。

 ここまで断言するなら、目視だろう。


 でも……。

「何故、朝日を裸にしたのですか!?」

 つまりは、「妹」って伝えていたのに、その服を脱がしたことに他ならない。


 それはそれでどうなのか!?


「オレの身内に風呂に入れさせようとしたら……、そうなった。因みに年が行った女だ。問題があるか?」

「……ないです」


 その女性もびっくりしたことだろう。

 可愛い女の子だと思ってお風呂に入れようとしたら……、なんとびっくり男の子だったのだ。


 同じ立場なら、わたしは卒倒したと思う。


 しかし……「年が行く」とは珍しい言い回しをする。

 言っていることはかなり酷いけれど。


「お前の妹だったガキは、その女に預けている。だから、大丈夫だ」

「そうですか。重ね重ねありがとうございます」

 この場にはいなくても、朝日の安全は保障されたらしい。


 それだけでも良かったと思う。

 もう、わたしの身内はあの子しかいないのだ。


 ……男だったけど。


「……今の話を信用するのか?」

「嘘なのですか?」

「いや、本当だが……、会ったばかりのオレを信用しすぎじゃないのか?」

「会ったばかりの貴方に朝日を押し付けたわたしです。それで、朝日の身に何かあれば、わたしの責任となるだけでしょう」


 会ったばかりの厄介そうな女に関わって、命懸けで護り抜いてくれた殿方を信じない理由はあまりない。


 この八雲さまがあの「オニ」と繋がっていれば話は別だが、あの「オニ」にそんな話し合いの余地があるとは思えなかった。


 残酷で、とても綺麗な「オニ」。


「いずれにしても、今代の『八幡の巫女』は阿須那しかいないのは理解できたか?」

「そこが一番理解したくない部分です」


 わたしは中継ぎとして育てられてきたのだ。


 曾祖母自身がそう言っていたし、周りもわたしをそういう扱いをしていた。


 それが今更、「実はわたしこそが、『八幡の巫女』よ」と言われても、すぐに切り替えなどできるはずもない。


「理解できなくても納得しておけ」

「……八雲さまは納得されているのですか?」

「何を?」

「その……、『八幡の巫女』との縁です」


 わたしは知らされていなかったことだけれど、彼にとっては既知のことだった。


 だけど、会ったこともない相手の婿になれって、この情報化社会においても古臭い因習だとは思わないのだろうか?


「納得も何も『八家』の男は、『八家』の巫女たちにとって、種馬だからな」

「種!?」


 な、なんてことを……。


「条件が一番良かったのがオレなんだよ」

「じょ、条件?」

「まず、年齢。これで、阿須那と10歳以上離れた兄弟が弾かれた」

「10歳以上!?」


 ちょっと待って?

 そんなに兄弟がいるってこと?


「次にある程度の『神力』を持っていること。これが最低限の条件だ」

「……兄弟……、何人いらっしゃるの?」


 最低限ってことは、それでも選別しきれなかったってことだよね?


「オレ含めて、10人」

「じゅっ!?」


 さらりと言われたが、とんでもない数だ。


「それだけ、女が生まれなかったんだよ。一番下が女。年齢が14歳」

「あ……」


 「八家」を継げるのは女性だけ。

 どの家でも必ず、男性では使えない術があるらしい。


 つまり……、巫女は必ず次世代に女を生む必要があるのだ。

 でも、子宝は選べない。


 そうなると……、巫女はひたすら女児が生まれるまで生み続ける必要が出てくる。


「一応、『石上(いわがみ)』には分家がある。だから、母が生まなくても、分家の女とオレたち兄弟が婚姻を結べば、多少、血は濃くなるが、次世代はなんとかなる」


 それは血族のいない「八幡」にはできないことだ。


「だが……、母はそれをしなかった。自分で次世代の巫女を生むと言って……、まあ、それだけの兄妹になったわけだな」


 八雲さまはそう言いながら、肩を竦めた。


「オレが相手だと、阿須那は嫌か?」

「いいえ。八雲さまなら大丈夫だと思います」


 元からわたしに選ぶ権利などない状況だ。


 それに、この人は少なくとも悪い人ではない。

 悪い人なら、あんな状況で助けに来ないし、朝日の保護もしてくれなかっただろう。


「そうはっきりと言われると……、逆に騙している感がするのは何故だろうか」

「八雲さまは、わたしを騙しているのですか?」

「違うけど……、ああ! もう、やりにくい!!」


 何故か、八雲さまが叫ぶ。


 勿論、彼が先に言ったように利からくる打算もあると分かっている。

 そして、全て本当のことを話してくれているわけでもないだろう。


 あるいは、彼にとって不利なことをわたしに隠しているかもしれない。


 それでも、わたしは一度、死んだ身だ。


 だから、もう、何も怖くない。


 囮として、もう一度、魑魅魍魎たちの中に飛び込めと言われたら、躊躇なく飛び込める程度の恩は感じているのだ。


「とにかく、阿須那と年齢が近くて、神力をある程度持っていて、そして、単独で遠出できる男。それがオレだった」


 恐らくは、最後に加わった部分が、決め手だったのだろう。


 確かに遠くに行くことができなければ……、今、この場所にはいないはずだ。


 『石上』家は天子様の御座(おわ)す「京畿(けいき)」の近くにある「畿内(きない)」と呼ばれる場所に居を構えていると聞いている。


 そして、我らが「八幡」家は……、忘れ去られてもおかしくないほど「日出国」の端にある「九重(きゅうちょう)」に住んでいる。


 いや、忘れられることはないと思うのよ?

 

 「九重」は無駄に広さだけはあるから。

 山あり、海あり、自然あり。


 「京畿」から離れすぎて、自然しかないとも言われている。


 陸の孤島と称される「深山(しんざん)」よりはマシだと思いたい。


 「京畿」には「九重」よりもずっと近いが、海なし、山あり、自然ありと聞いている。


 まあ、「深山」に住んでいる人たちも、「九重」に対して、「あっちよりはマシだ」と思っているのだろうけど。


 それでも、世の中は発展している。


 日出国は、飛行機と呼ばれる鉄の塊が空を飛ぶようになって、その距離はずっと近くなっているのだ。


 具体的には「九重」から最も遠い「房総(ぼうそう)」まで、飛行機を使えば、半日もかからない。


 魑魅魍魎たちの活動時間内に十分、行き来できるのだ。


 それでも、飛行機は空港と呼ばれる専用の公共施設しか利用できないので、空港から目的地に行くまでの方が、時間がかかることも多々あるらしい。


 特にこの「九重」のように無駄に広い地域はそれがある。


 新幹線と呼ばれる陸路最速の交通手段だって、全ての陸に開通しているわけではなく、わたしの住むこの近隣は、見事なまでに車社会。


 ……泣いても良いですか?


「ここまでは理解してくれたか?」

「はい」

「ああ、あと、オレが一番の『イケメン』だからな。そこは安心しろ」

「そうでしょうね」


 遺伝子の悪戯とはいえ、こんな顔がゴロゴロしていたら「八家」関係なく、引く手数多だろう。


 寧ろ、「八家」の慣習に従わされるのが気の毒なぐらいだ。


「……そこは、調子に乗るなというところじゃないのか?」

「何故です? 八雲さまはわたしの目から見ても『イケメン男子』ですよ?」

「なっ!?」


 何故か、顔を真っ赤にされた。


 あれ?

 わたし、なんか変なことを言った?


 でも、八雲さまは名前を知る前から「イケメン男子」って思っていたからな~。


「阿須那のそれは素なのか? 小悪魔なのか?」

 顔を赤くしたまま確認されるが……。


「小悪魔は初めて言われますね」


 これまで生きてきた満14歳の人生の中、そんなことを言われた覚えはなかった。


 それは悪魔のように性格が悪いってことだろうか?


 ネット小説では「小悪魔」は、殿方を魅了して翻弄するような女性として書かれているが、わたしにそんな能力はない。


 そんな「術」を使っていると思われたかな?


「そのような『術』があったとしても……、わたしには使えません」

 一応、わたしがそう弁解しておくと……。


「ああ、素の方なのか」

 何故か八雲さまは肩を落とすのだった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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