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 ―――― 阿須那、この娘はお前の妹だよ


 そう言って曾祖母から「朝日」を紹介されたのは……、確か、わたしが、12歳の時だった。


 当時、5歳のとても、小さくて可愛らしい女の子。

 曾祖母に隠れるようにわたしを見つめていたあの大きな瞳は忘れられない。


 妹がいることは3歳ぐらいの時に聞かされていた。

 でも、会うことはできないと聞いていたのだ。


 実際、彼女は「八幡」を継ぐ巫女となるために、別の場所でその年齢まで隠されて育てられていたらしい。


 それまで曾祖母に育てられていた自分が漠然と巫女となると思っていたから、凄くびっくりして、同時に、妬ましくも思って……、でも、その可愛らしい顔を見て、全てが吹っ飛んでしまったのだ。


 だけど、同じ敷地にいても触れ合えるのは限られた時間だけだった。

 その限られた時間でも、わたしにとってはとても大切で……。


 だから……。

「……男?」

 わたしは八雲さまの言葉を素直に受け止めることができなかった。


 八雲さまはその妹を「男」だと断言したから。


 いや、だって、3年弱しか一緒に過ごしていないけれど、妹が弟だった日は一度もなかったはずだ。


 離れに住まい、可愛らしい服を着て、リボンなどを付け、愛らしく笑うその姿はどこに出しても恥ずかしくない御令嬢の姿だった。


「そう。女装した男」

 だが、八雲さまはきっぱりとそう言った。


「そんなまさか……」

「なるほど、それも聞かされていなかったんだな」

 八雲さまは溜息を吐く。


「でも、わたしは曾祖母から、『朝日』は妹として紹介されました」

「妹の下半身を見たことは?」

「ありません!」

 いくら姉妹でもそんなことができるはずがない。


「下着姿は?」

「……朝日はわたしの前に姿を見せる時はかならず、しっかりとスカートを穿いていました! それに、一般的な婦女子は人前で下着姿の披露は致しません!!」


 但し、朝、清める時に着る白装束は除く。

 あれも、一応、肌着と言えなくはないのだ。


「先ほどまで、オレに下着姿を披露してくれていた婦女子がここにいた気がするんだが?」

 八雲さまはわたしを揶揄うようにそう言ったが……。


「魑魅魍魎たちによって一方的に辱められ、穢されたも同然のわたしが一般的な婦女子に見えますか!?」

 わたしはそう言い返した。


 あの時までのわたしと今のわたしは全く別の人間だ。


 ギリギリのところで、純潔こそ守られはしたが、アレはもうほとんど穢されたようなものである。


「ああ、なんか、悪かった」

 八雲さまは気まずそうに目を逸らした。


「だけど、一応、言っておく」

「何を……でしょうか?」

「阿須那は穢れてはない」

「ええ、貴方のおかげで、幸い純潔と命は護られましたから」

 それは救いだった。


「いや、そういう意味じゃなくて……、その……、ちゃんと、綺麗だから」

「はい?」


 綺麗?

 わたしが?


「魑魅魍魎たちにボロボロにされても、甚振られても、最後まで自分を捨てなかった阿須那は、本当に綺麗だとオレは思っている」

「はい!?」


 そんな思わぬ言葉を口にされて、わたしの顔は熱が上がったのだと思う。


「えっと……社交辞令でしょうか?」

 だから、思わずそんな可愛くない言葉を返す。


「……先ほどのオレの言葉を返せ」

 違ったらしい。


「でも、わたしの身体は魑魅魍魎たちの手に……、手? いえ、様々なモノによって、汚されました。それは事実です」


 よく考えたら、そんなものを担いでいたこの人も嫌だっただろう。


 あの時のわたしは自分の血や汗だけではなく、既に魑魅魍魎たちの体液にも塗れていた。

 あれだけ腕や足などを舐められたのだ。


 それは仕方のないことだろう。


 それによって、自分が流していた血が止まったような気がしたのは不思議だが。


 どちらにしても、女性として……、というよりも人間として、いろいろ終わっているような状態だったと思う。


「そのような状態にあったわたしのことを、綺麗だと言われたところで、信じることなどできるはずがないでしょう?」

 わたしがそう言うと、八雲さまは自分の頭を掻いて、溜息を一つ吐く。


「阿須那」

「はい」

「お前は綺麗だ」


 そう言って頬に口付けを落とされた。

 なんて……、柔らかい……って、違う!!


「な、何をなさるのですか!?」

「婚約者殿に口付けを?」

「何故、疑問符なのですか!?」

「まだ正式な婚約者ではないから……だな」

「正式な婚約者では……ない……?」


 何故だろう?

 少しだけショックなような……?


 いえいえいえ、その方がずっと良い。


 こんなにイケメン男子なんだもの。

 わたしよりもずっと良いお相手がわんさかといるに決まっている。


「阿須那が認めてくれない」


 は……?

 そう声に出さなかった自分を褒めたい。


 わたしが認めないから?

 それって……?


 だけど、わたしの考えが纏まる前に……。


「これを見てくれ」


 そう言いながら、八雲さまは……少し不思議な色合いの二枚重ねとなっている紙をわたしに見せる。


「これは……?」


 そこの紙には、まず曾祖母の氏名が本籍(?)の下に書いてあり、さらに下の方に曾祖母の生まれた日や父母の名、生まれた場所が書いてある枠があった。


 その次に朝日、次の紙にはわたしの名も書いてあり、曾祖母のものとは少し異なるが、それぞれの枠にいろいろなことが書かれてある。


 その中を読み込むにつれて……、わたしは凄い顔になっていたことだろう。


 だが……、それには疑問点しかない。


「それが何か分かるか?」

「曾祖母の戸籍謄本と呼ばれるものではないでしょうか?」


 戸籍と呼ばれるものが世の中に存在していることは知っている。


 戸籍とは、この「日出国」の人間であることの証明となるもので、つまりは、国籍の証明でもある。


 但し、天子様だけはこの戸籍と呼ばれるものがなく、「天籍」と呼ばれる戸籍に変わるものが、天子様であるという証明らしい。


 だから、天子様はこの国に存在するが、この国の人間ではないということになると聞いている。


 そして、戸籍謄本は、戸籍を一般の人間でも確認するためにお役所が発行してくださる証明書だと聞いているが、詳しくは分からない。


 戸籍というものを見るのも初めてだから、わたしには、これが本物かどうかも分からないのだ。


 だけど、この自治体の首長が証明して、さらに公印まで押された証明書を偽物だと言い切ることもできない。


それでも……、いろいろ認めたくないのも事実だったりするわけで……。


「オババ……じゃない、曾祖母が『明珠(めいしゅ)』生まれと初めて知りました」


 80歳を超えているのだから、当然なのだけど……。


「『天成(てんせい)』生まれのオレたちからすると、脅威だよな」


 「明珠」は、「天成」よりもかなり昔の元号だ。


 この「日出国」では、天子様が交代されるたびに、その代の天子様の名前が、新たな元号となる。


 えっと……、今が、「令辰(れいしん)」、その前が「天成」、「昭代(しょうだい)」、「大成(たいせい)」、そして、「明珠」。


 次代の名前は分からない。

 天子様が交代されるその日まで、「日出国」民たちに知らされないのだ。


 元号とは別に「天声歴」と呼ばれるものがあって、そちらは、初代天子様が八百万神々より力を頂いたその年から始まっている。


 因みに、現在、2682年だ。


 本当にそんなに長い歴史があるのかは分からないけれど、それを確かめる(すべ)はないし、何より、元号より計算しやすいので、そちらを使う人が増えているとは聞いている。


「それよりも気になるところはないか?」

「……ありますけど……」


 先ほどの性別の話は、よく分かった。

 この戸籍が偽造されたものでない限りは、妹だと思っていた朝日は男性なのだろう。


 父母の氏名欄の横に朝日の父氏名部分は何故か空欄だったが、「長男」の文字がある。

 

 だが……、それ以上におかしな部分しかない。


「朝日の生年月日はこれで間違いないのでしょうか?」

「戸籍の偽造は『公文書偽造罪』という犯罪になる。まあ、個人間で見せる程度なら大事にはならんが、オレが偽造する意味はないよな?」

「……ソウデスヨネ」


 思わず片言になってしまう。

 でも、本当に信じられないのだ。


「なんで、朝日はわたしよりも4年ほど早い生まれなのでしょうか?」


 あんなに小さくて軽い朝日がわたしよりも4つ年上っておかしくない?


 4つ下ならまだ分かるの。

 理解できるの。

 納得もできるの。


 7歳が11歳……。

 成長が遅いんだなってことで、いろいろ呑み込むことは可能だ。


 だが……、4つ上の19歳。


「八雲さまより年上って……どういうことでしょうか?」

「一つはあの『朝日』って男が偽者だって可能性」

「曾祖母から紹介されています。それはありえません」

「もう一つは……、あの『朝日』と同名がもう一人いるって可能性」

「そっちでしょう!!」


 そう考えてもそれしかない。

 いろいろ無理だもの。


「だが、お前が押し付けた人間が『男』だって事実は変わらないからな」

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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