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素性

 食事は割とすぐに来た。


 まるで、準備されていたというか。

 電子レンジで解凍されただけというか。


 それでも、美味しかったので何も問題はない。


 同時に自分がどれだけお腹を空かせていたのかを理解する。


 食欲がなくなっていると思ったけれど、人間、どんな時でも、生きている以上、お腹はすくようだ。


 食後の珈琲……ではなく、お茶は目の前にいる黒髪イケメン男子が淹れてくれた。

 ……と言っても、部屋にあった急須にティーパックを使っただけのもの。


 それでも、温かい飲み物は心が落ち着く。

 そして、ティーパックでも、緑茶は「日出国」民の心だ。


 でも、わたしにお茶を淹れてくれた彼自身は、インスタントの珈琲を飲んでいる。

 しかも、ブラック。


 わたしには無理だ。

 砂糖を二本でも苦くてつらいのに。


 思ったよりも年上?


「なんだ?」

「あなたはおいくつですか?」

「名前より先に年かよ」

 彼はその端正な口元を緩ませる。


 言われてみれば、そうだ。

 わたしはまだ彼の名前すら知らない。


 心の中で「イケメン男子」と呼んでいるだけだった。


「だが、周囲に関心ができただけマシだ。余裕ができたってことだからな。オレの年は18。今年、高3だ」

「まさかの三学年上」

 思わず口に出ていた。


「…………オレをいくつだと思っていたんだ?」

「15,6ぐらいかと」

「この落ち着きを15,6のガキンチョに出せるかよ」


 ……落ち着きとは、わたしが知らない間に意味が変わったのか?

 いや、でも、この人は、あんな状況でも落ち着いていた。


 それは同じ年の男子では難しいと思う。


「あんたは、14歳だっけか」

「あ、はい!!」

「そして、明日には15歳」

「はい! いえ、違います」

 肯定しかけて、否定する。


 わたしの誕生日は明後日だ。

 でも、ある程度、わたしのことは知られているらしい。


 いや、確か先ほど「八幡の巫女」と呼ばれた。

 彼は、元からわたしのことを知っていたということになる。


「違わねえよ。あんたの誕生日は今月の15日だろ? 明日だ」

「え? 今日は……13日では?」

 あの襲撃があったのは12日だったはずだけど……?


「違ぇよ。あんたはそれだけ寝てたんだ」

「そ、そんな……」

「ショックだったか?」

「学校が……」

「あ?」

「無欠席記録が……」

「ああ?」

「小学校からずっと打ち立て続けていた記録が……」


 無遅刻無欠席は無理だったから、せめて休まないようにと努力した日々が……。

 それでも、それだけ寝ていればお腹がすいていた理由もよく分かった。


「オレの思っていたショックと種類が違うことだけはよく分かった」

 彼が呆れたように肩を竦める。


 だが、この気持ちは到底分かるまい。

 栄光の記録はここで途絶えてしまったのだ。


「それで、『八幡の巫女』」

「違います」

「あ?」

「わたしの名は『八幡の巫女』ではなく、『八幡(やはた)阿須那(あすな)』といいます」

 さらに厳密に言えば、「八幡の巫女」の血を引く女でしかない。


「阿須那か。良い名前だな」

「そ、そうでしょうか?」


 自分の名前を褒められたのは初めてかもしれない。

 変な名前とか、アニメのキャラみたいとか言われたことならある。


 アニメというのは見たことないけれど……、まあ、ネット小説みたいなものだと思っている。


「オレは『石上(いわがみ)八雲(やくも)』」

「い、石上……!?」


 その(うじ)に覚えがある。

 「八家」の中の一つだ。


 それなら……、魑魅魍魎が出る時間帯にあんな場所にいたことも理解できるし、わたしを抱えてあの場を切り抜けるなんてこともできたかもしれない。


「気軽に『八雲』って呼んでいいぞ」

「いえいえ! そんなわけには」

 格上の「八家」の、それも命の恩人に対してそんなことはできないだろう。


「い、石上さま!! と呼ばせてください」

「オレ、苗字で呼ばれるのって苦手なんだよな~」

「なんと!?」


 苦手ならば仕方ない。


 「八家」の人間であることを隠したい人だっている。


 それならば……。

「や、八雲さま?」

「……オレとしては、呼び捨ててもらうつもりだったけれど……、これはこれで……、ありよりのありだな」

「はい?」


 今、よく分からないことを言われた気がする。


 結構、雑誌やネット小説で俗な言葉には慣れていると思ったのだけど……、まだまだ勉強不足のようだ。


「いや、それで良い。よく考えれば、『八幡』のお嬢様に呼び捨てはハードルが高かったか」


 そう言われても、わたしに「お嬢様」の自覚などない。


 まあ、「八幡の巫女」の血を引く女らしく、ある程度の礼儀作法は身に着けさせられた気がするけど、それだけだ。


「では、八雲さま」

「なんだ?」

「助けていただき、ありがとうございました」

 わたしは深々と頭を下げた。


「あ?」

「あなたのおかげで、わたしは魑魅魍魎たちに純潔を奪われた上、殺されるという屈辱的な事態から逃れることができました。心より御礼(おんれい)申し上げます」

 イケメン男子……、違う、八雲さまのおかげで、生き延びることができた。


 しかも、わたしは妹を突然押し付けたというのに。

 それなのにわたしはまだ一度もお礼をいっていなかったのだ。


 それは恥ずべきことだろう。


「ああ、そう言うのはいい」

 そう言いながら、八雲さまは、別方向を向いてしまった。


「……と言いますと?」

「阿須那を助けたのは、オレにとって利があることだった。それだけの話だ。だから、別に礼なんか要らん」

「……で、ですが……」


 助けてもらってお礼もしないというのは……そう言いかけて……八雲さまの耳が赤いことに気付く。


「もしかして、八雲さま。照れ……」

「いいから! これ以上は黙っとけ!!」


 そう叫びながらも、顔を真っ赤されては、わたしからはもう何も言うことはできない。


「分かりました」

 思いっきり笑いたい。


 でも、この状況で笑うのは失礼に値するだろう。

 だから、わたしは我慢する。


 それでも、この人は年上の殿方だというのに、可愛らしいと思ってしまった。


 でも、照れた理由が、お礼を言われ慣れていないのか、人の善意の言葉が苦手なのかは今のところ分からない。


「ところで、八雲さまにとって利……とは?」

 あの状況でわたしを命懸けで助けることに利があるとは思えない。


「阿須那はオレの未来の嫁なんだよ」

「はい?」

 何故か、今、わたしとは縁のないはずの言葉が聞こえた気がする。


「阿須那はオレの未来の嫁。それで納得しておけ」

「いえいえいえ? どういうことですか!?」


 嫁って、嫁?

 奥さんとか、妻とか、配偶者とか!?


「その様子だとやはり、何も聞いてなかったようだな」

「聞いてません!!」


 ああ、そう言えば、曾祖母とは、ここ数日、朝、まともに話もできてなかった。


 わたしの寝覚めが悪すぎて、いつも遅刻ギリギリの時間に目覚めていたから。


 でも、何度か何かを言おうと毎朝、声をかけられていたのを、わたしはお小言だと思って、逃げていたのだ。


 もしかして、このことを告げたがっていた!?

 でも、それなら、夕方や、夜もあったよね!?


 いや、最近の曾祖母は体調を崩していたのだ。

 夕方や夜も難しかったのかもしれない。


「……まさか、15歳に告げるつもりだったのか?」


 いいえ。


 曾祖母が何かを言おうとしていたのに、わたしが聞こうとせずに逃げ回っておりましたとは言えない。


 いや、もしかしたら違う話だったのかもしれないけど。


「『八家』の巫女が同じ『八家』の男としか縁を結べないことは知っているか?」

「それは存じております。巫女の『神力』が落ちるから……ですよね?」

「そうだ。それで、今代の『八幡の巫女』の相手は、オレたち『石上』家からとなった。まあ、よくある許嫁ってやつだな」


 確かに事前に取り決めているのはおかしな話ではない。


 だけど……。


「あ、あの……、異議を申し立ててよろしいでしょうか?」

「あ? オレが気に食わないとかそういう話か?」


 八雲さまは不機嫌そうにそう言った。


「いいえ、滅相もありません。寧ろ、命の恩人である貴方にわたしが妻となりお仕えすることは吝かではないのですが……」


 問題はそこではないのだ。


「それは……わたしの妹とのご縁ではないかと」


 今代の「八幡の巫女」は妹の朝日だ。

 わたしではない。


 だから……八雲さまのお相手は、わたしではなく、朝日ということになる。

 18歳と7歳。


 年の差婚ではあるが、15年もすれば、問題は薄れるだろう。多分。


「阿呆」

「あ、阿呆!?」

 そんな単語、人生において初めて言われた。


「阿須那の言う『妹』とは、昨日、オレに押し付けたガキのことだよな?」

「そ、そうですが?」


 あ、あれ?

 八雲さまの整ったお顔が少々、歪んでいるような?


 そんな顔をしてもイケメン男子はイケメン男子なのだけど、やっぱり、歪んでいない方が良いと思ってしまう。


 だが、そんな呑気な考えは、空の彼方に飛んで行ってしまうことになる。


「オレは『男』を娶る気はない」


 他ならぬ八雲さま自身の言葉によって。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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