目覚め
「あ……?」
わたしが目覚めた時……、知らない部屋にいた。
生活感はあまりない部屋だが、家具はある。
その広いベッドの上で……、下着だけの姿でわたしは目覚めたのだった。
だが……。
「よお」
「…………」
時が……いや、呼吸と心臓が止まったかと思った。
普通は考えない。
これまで規則正しい……、いや、ちょっと規則は乱れていたかもしれないけど、普通に「八幡の巫女」の血を引く人間としての生活を送っていた人間が……、すぐ横に、半裸……というか、同じように下着姿の殿方が寝そべっている場所で目覚めるなんて……。
巫女とか関係なく、年頃の女としては、卒倒しても良い話だろう。
「えっと……奇声を上げて倒れても良いですか?」
「あんた、そんなタマじゃねえだろ?」
そんな身も蓋もない言葉を返される。
よく見ると、妹の朝日を押し付けたイケメン男子であることは分かった。
その整った顔と、見た目に反した低い声と、その口の悪さだ。
間違えることはないだろう。
だが、何の解決にもなっていない。
そして……、同時にあの出来事は夢ではなかったことも、理解させられた。
わたしは……、朝日以外の全てを失ったことも。
「朝日はどこですか!?」
わたしはすぐ横にいる彼に確認する。
保護したとは聞いているが、その姿をわたしはまだ見てないのだ。
「この状況で身内を先に気に掛けるのかよ」
「当然です!!」
わたしにとっては最優先事項だ。
だから、朝日の無事だけは確認しなければならない。
「いや……、年頃の女としてはもっと別のことを……」
イケメン男子はわたしの姿を見ながら、そう言うが……。
「魑魅魍魎に辱められた時点で、そんな羞恥心などなくなりました!!」
胸を張ってそう答えた。
しかも、このイケメン男子にも全て見られているのだ。
今更である。
「…………ああ、そうなのか」
何故か、残念な子を見るような目をされた。
だけど、あの時、あんな状況で正直、生き残ることができるなんて思ってもみなかったのだ。
でも、だからといって、いっそ殺せとは思わない。
恥辱に塗れたとしても、例え、あの時、魑魅魍魎たちの汚い手によって純潔を散らされていたとしても、それでも、生き延びた方が勝ちなのだ。
「逸る気持ちは分かるが、まあ、落ち着け。まず、身内に会わせる前に話しておきたいことがある」
「ま、まさか……、貴方、朝日に何か……」
血の気が引いた。
命を助けるためとか言って、あの可愛らしい妹の身を……。
「…………オレにそんな変態的な趣味はねえ」
「なんですって!? あんなに可愛らしい少女に反応しないなんて……」
「その前にまずは、服着て、話を聞け」
「服ですか?」
わたしはこてりと首を傾げる。
「そこにガウンがある。男としては眼福な姿だが、今は話の方に集中したいから、とっとと着ろ」
そう言って、イケメン男子はクロゼットを示した。
「分かりました」
言われるまま、クロゼットを開くと、確かに白いタオル地でできた服が入っていた。
でも、前で合わせて紐で結ぶだけのこの形状なら、わたしが眠っている間に着せることも可能だと思う。
あの時のわたしは、一糸ぐらいは纏っているかもしれなかったけれど、ほぼ全裸に近かったと思う。
でも、今は、下着姿だ。
しかも、見たこともない上下お揃いのデザインのもの。
白地に可愛らしいレースが付いていて、真ん中に青いリボンがちょこんとついている。
こんなに可愛い下着は身に着けたことがない。
白衣に緋袴、千早の巫女装束を着せられる時は腰巻と腹襦袢、制服などの日常的な場面では、シンプルで動きやすいスポーツブラと、ベージュのショーツが基本形だった。
これって……、わざわざ誰かがわたしに着せてくれたってことだと思う。
しかも、サイズがちょうどいいのか、綺麗に収まっている。
これまで身に着けていたスポーツブラの中央部が、少しだけ浮いていた気がしたのは気のせいではなかったようだ。
昨日までの呑気なわたしなら、こんな姿で殿方の前に立つなんて、できなかった。
年頃らしく、悲鳴の一つも上げていただろうけど、あの死線を乗り越えた今となっては、そんな羞恥など起こらない。
見たければ見れば良いとすら思う。
命と純潔を助けてくれた礼としては安いぐらいだろう。
でも、恩人の意見なら従うべきか。
わたしは素直に白いタオル地のガウンと呼ばれた部屋着を着ることにした。
「あなたは……着ないのですか?」
クロゼットの中には同サイズの白い服がもう一枚あった。
お揃いにはなるけれど、何も着ないよりはマシだと思って声をかけてみる。
空調は効いているけど、今は冬なのだ。
「オレは良いんだよ」
寝台に腰掛けたまま、イケメン男子は答えた。
殿方のそのような姿は初めて見る。
共学だから、水泳の授業で男子生徒の半裸姿は見たことはある。
でも、その下着……、トランクス? と呼ばれる姿のままの男性を見る機会なんか、今までになかった。
「八幡」の家では守衛や衛士を含め、雑務をしてくれる神人と呼ばれる殿方は少なくはなかった。
でも、こんな姿でうろつくような人はいなかったのだ。
「なんだよ、ジロジロ見て」
「目のやり場に困ると思いまして……」
「困るなら、少しぐらい恥じらえ」
「きゃあ?」
わたしは両手で顔を覆って見せる。
「そうそう。目の隙間からこっそり覗くのは基本だよな」
わたしの反応が面白かったのか、イケメン男子はクッと笑った。
笑うとイケメン男子は幼く見える。
学ランを着ていた辺り、中学生か高校生だと思うけれど、多分、年上だろう。
年上の男性に「幼い」は良くないだろうか?
「だが、その行動に免じて、オレも着てやる」
そう言って、彼も同じ白い服を着た。
だが、なんだろう?
この素材の差?
先ほどの姿では感じなかった色気が……、合わせの間から滲み出てくる。
これが、クラスの男子生徒が騒いでいた「チラリズム」というやつなのだろうか?
なるほど、これは確かに、目の毒かもしれない。
「話す前に腹は?」
「は、腹!?」
言われるままに、自分のお腹を見た。
その途端……、目に焼き付いた光景が再現される。
わたしのお腹に乗った重さと感触と共に……。
「いやああああああああああああああああっ!!」
「お、おい!?」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
何度謝っても許されない。
許してくれる人はもういない。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
だけど、この言葉以外に謝罪の方法をわたしは知らない。
この場にいない誰かに向かって、わたしは、ずっと謝り続ける。
「おい、落ち着けって!!」
「いやっ!!」
近付いた何かを突き飛ばして、わたしは謝罪を続ける。
許される日はないと知っていても。
「『八幡の巫女』!!」
「は!?」
何が起きたのか分からなかった。
でも、温かいモノに包まれたのは分かる。
「良い子だから、落ち着け」
言い聞かせるような低い声が耳に響く。
同時に……、安心できる定期的な力強い音も聞こえてきた。
わたしは彼に抱き締められたらしい。
「いきなりいろいろあり過ぎたよな?」
その言葉にわたしは素直に頷いた。
そうだ。
本当にいろいろあり過ぎて……、頭も心も破裂しそうだったのだ。
「教えて……、ください……」
その温かさに包まれて、わたしは呟くようにそう告げる。
「まずはメシだ。その方が落ち着く」
「そうですね」
そう答えつつも、この落ち着く温もりを手放したくもない。
自分以外の誰かの体温って安心できるのか。
だけど……、そう思っているのはわたしだけだったようで、彼はすぐにわたしから離れて、ベッドの上にある受話器を持ち上げた。
ルームサービスというものを利用するらしい。
どうやら、ここは誰かの住居ではなく、ホテルなどの宿泊施設のようだ。
わたしは溜息を吐いて、彼に従うことにしたのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました