表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/19

逃亡

朝日(あさひ)!!」

 部屋に飛び込むと……、10人を超える朝日を護る衛士(えいし)たちから一斉に真剣が突き付けられた。


 なかなか、日常的にありえない光景だと現実逃避をしたくなる。


「お、お姉ちゃん!!」


 黒髪の愛らしい日本人形のような超絶美少女がわたしに向かって叫ぶ。


 名は「朝日」。

 年齢は7歳。


 そして……、正統な「八幡の巫女」の後継者として育てられたわたしの妹である。


「ほ、本物か?」

「いや……タイミングが……」

「本物だよ!! 私がお姉ちゃんを間違えるはずがない!!」


 立ち並ぶ衛士たちに向かって、朝日が叫ぶ。


 だが、衛士(ボケ)たちは、わたしに疑いの目と真剣を向けたまま、その場から動こうとしない。


 それどころか言い争いまで始めようとしている。

 こんなことをしている場合ではないのに。


「お黙りなさい!!」


 わたしは思わず一括していた。


「誇り高き『八幡の巫女』により指名された貴方方が言い争っている場合ではないのは分かるでしょう!? 屋敷は今、魑魅魍魎により襲撃されています。朝日だけでも逃がさねば、『八幡』は終わりです」


 一気にまくし立てるように、でも、要点だけは確実に叫んだ。


 わたしの剣幕に驚いたのか、衛士たちがその刀を下ろした。


「刀をおろさない!!」


 わたしはもう一度叫んだ。


 油断しすぎだ。

 ここも既に戦場だというのに。


「わたしが魑魅魍魎の疑いがあるなら、その刀で狙いを定めたまま、ここから出たら良いでしょう!? 朝日に危害があるよりは、その方がマシです」

「で、ですが……」

「問答無用!!」


 そもそもそんな暇はないのだ。


「出ます!!」


 朝日を眠らせた後、大柄な男に抱えさせて、わたしは先ほどから来た道を進む。


 眠らせると重くなるのは分かっていても、抵抗されたりするよりはマシだし、この人が抱えて走った方が早いのだ。


 朝日は小柄で……、つまり歩幅(コンパス)が短い。

 これは仕方のないことだと割り切って欲しい。


 目が覚めた時、恨まれることになっても……。


 どんなに真っ暗でも、何度も走らされた場所だ。


 こんな襲撃を予想して、わたしは小さい頃から、暗い中、この場所だけを何度も往復させられた。


 朝日を護るためだけに。




 やがて、母屋から、音が聞こえなくなった。


 まるで……、無人となったように。


 いや、無人なのだろう。

 少なくとも、生きている人間はいなくなったはずだ。


 何故なら……。


 裏門を潜り抜けようとした時……。


阿須那(あすな)様!!」


 衛士の一人が叫んだ。


 目的を終えた魑魅魍魎たちがこちらに向かってきたのが見える。

 衛士たちは、震えながらも刀を構える。


 守衛が「八幡」の屋敷を護るために存在するなら、衛士は「八幡の巫女」を護るために組まれたものだ。


 当然ながら、魑魅魍魎に対する実戦経験もあるはずだった。


 一体、二体の魑魅魍魎相手に震えを見せるような無様はしない。


 だが、ここには絶望しかなかった。


 それだけ、信じられないほど数多くの魑魅魍魎たちがその姿を現したのだ。


 母屋にはもっとベテランの、戦闘経験が豊富な衛士たちがいたはずなのにそれでも、これだけの数が残っている。


 その事実に驚愕している暇もなく、後ろを向かずにわたしたちは走った。


 一人、また、一人と衛士が足を止め、魑魅魍魎の攻撃に応戦する気配がするが……、所詮は、多勢に無勢なのだろう。


 一体を切り倒す間に、二、三体から狙われる。

 それでも「八幡」の衛士は怯まない。


 自らを鼓舞するかのように雄々しい叫びを上げて、魑魅魍魎に立ち向かう。


 どこに逃げれば……!


 曾祖母からはこんな大規模な襲撃に対する備えなんて聞いていない。

 万一の時は朝日を連れて、裏門から出ろとしか、聞いていなかった。



 ―――― そして、絶対に二度と戻るなと



 わたしは無我夢中で走る。


「阿須那様」

 そこで止められた。


「な、何!?」

 こんなところで、止まっている暇などないのに……。


 だが……。

「朝日様をよろしくお願いいたします」

 その人は、朝日を抱えて走ってくれた人だった。


 つまり……、それ以外の人は既に……。


「これまで、ありがとうございました!!」


 わたしは手短に礼だけを言って、朝日を背中に乗せてもらって迷わず走り出す。


「ご無事を祈ります」

 そんな声が背中から聞こえた。


 その後に……、激しい音が聞こえた気がして……、それ以上は聞こえなくなった。


 その状況が意味するものは理解できる。

 だが、泣き言をいう暇もない。


 魑魅魍魎がうろつく時間帯に、当然ながら、歩いている人はいない。

 

 だから、「身隠し」の術を使いながらもわたしは走り続けた。

 

 この「身隠し」の術の効果は体感で15分ぐらい。

 そして、わたしは未熟なので、魑魅魍魎にしか効果もない。


 対象は触れている程度の狭い範囲。


 だから、朝日も隠せるはずだ。

 だが、それも時間稼ぎにしかならない。


 この状況で助けを呼ぶなら……、警察軍しかないだろう。


 あの場所なら、恐らく、民家よりも強い効果の御札がある。


 そこへ駈け込めば……。



 そう思っていた矢先――――。



 そこに、人がいたのだ。


 黒くさらさらした髪、黒く切れ長の瞳。


 闇夜に溶け込むような黒い学生服に身を包んだその少年は、先ほど見た「オニ」ほど妖艶ではなかったけれど、「イケメン男子」と呼んで差し支えがないほど整った顔をしていた。


 迷っている暇はなかった。


「ごめんなさい!! 妹を連れて、ここから逃げてください!!」

「は……?」

 短く言われた言葉。


 だが、長くここにいてはこの「イケメン男子」も危ないことは間違いない。


「お願いします!! 『オニ』が魑魅魍魎たちを引き連れて現れたんです!!」

「はあっ!?」


 そう言って、朝日を押し付け……、わたしは元来た道を戻ろうとした。


「待てよ!!」


 だが、肩を掴まれる。


「何ですか!?」

「あんたはどうする気だ?」

「貴方たちが逃げるまで時間を稼ぎます!!」


 実際、わたしにできることはそれぐらいだ。


 あれだけの魑魅魍魎たちを全部、祓うのは無理だろう。


 でも、彼らを逃がす時間くらいは稼がないと……。


「ちょっ!? なんで、いきなりそんなことを……」

「お願い。朝日を……、妹だけでも護って……」


 こんな時間に一人でうろついているのだから、そこそこ腕に覚えがあるのだろう。

 もしかしたら、「退治屋」と呼ばれる職業の人間かもしれない。


 多分、持っているのは刀袋だ。

 その中には魑魅魍魎たちを斬る刀が入っていると思う。


 だから、それにこっそりと「神力」を込めた。


 これなら……、抵抗できる。


 どちらにしても、あの魑魅魍魎の集団から狙われれば、どんな人間でも死を迎えるしかないのだから。


「妹……?」

 イケメン男子は、朝日の顔を覗き込む。


「いいから、死にたくなければ行ってください!!」

 わたしはそう言って、押し出すようにイケメン男子の背を押して、自分は走った。


「待……っ!!」

 まだ何か言っていたみたいだけど、気にせず走る。


 後ろを見たら、挫ける気がした。

 朝日だけでも無事に……、それだけを祈る。


 そして……、あのイケメン男子に少女趣味がないことを祈ろう。

 朝日は可愛いから、そっちの心配もあったことをわたしは忘れていた。


「最後に……、目の保養ができたことに感謝しましょう」


 あの「オニ」も綺麗だった。

 思わず目を奪われてしまうぐらいに。


 でも、わたしは異形ではなく、人間だ。


 それなら、やはり、最後は人間のイケメンを見たかった。

 しかもテレビ越しや雑誌ではないイケメン。


 この辺りでは見たこともないようなイケメン男子を見ることができた点だけは、運が良かったと言えるだろう。


 だが……、わたしの運はここまでだったようだ。

 

『見つけたぞ』


 少し走ったところで、聞き覚えのある声が鼓膜を揺らす。


 顔を上げると、異形の魑魅魍魎に囲まれた白銀髪の「オニ」がいた。


 こんな状況だというのに……、見惚れそうになる。


 それだけ、目の前にいる「オニ」はどこまでも綺麗だった。


『今度は本物のようだな』


 本物……?


 わたしは確かに八幡の巫女の血は引いている直系だけど……、いや、そんなの魑魅魍魎には関係ないのか。


 力の優劣の話ではない。

 巫女の血を引くかどうか。


 その一点だけなのだろう。


『随分と手古摺らされたが、ここまでだ』


 その声と表情には、先ほど屋敷の前で見た時よりも感情が込められているような気がした。


『だが、先の巫女のように死の直前で術を使われるのも厄介だ』


 ―――― 先の巫女


 その言葉には心当たりしかない。


 そして、やはり曾祖母は、わたしが「曾祖母(おばあ)さま」と呼んでいた数少ない肉親は、もう……。


『穢せ』

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ