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終わりの始まり

 そのモノはまるで夜空に浮かぶ白い月のような白銀の髪を無造作に流し、この現代の世に、時代間違えていませんか? と問いかけたくなるような浅葱の袴に紺袍の装束を着ていた。


 いや、それぐらいなら人ならざるモノだとは思わなかったかもしれない。


 曾祖母の綺麗な白髪はある意味、夜の薄暗い闇の中で見れば、白銀と言えなくもないのだから。


 だがそのモノが持つ瞳は、明らかに人間のソレと違うものだ。

 ウサギのような赤い目だって、暗い夜に紅く光ることはないから。


 まるで、たまに見える赤い月。

 暗い夜に浮かぶ、昏い陰のあるあの赤い光によく似ていた。

 

 咄嗟に身構える。

 だが、戦うつもりはない。


 いや、恐らく戦いにすらならない。


 こんな時は三十六計逃げるに如かずだ。


 明らかに格上の……、それも、人形(ひとがた)のモノと敵対すれば、どんな屈強な男だって秒で血達磨になれる。


 幸いにして、アレは、こちらを見ているようで見ていないようだ。

 あの赤い瞳に恐らくわたしは映っていない。


 だけど……、動けない。

 逃げるなら今だと分かっているに。


 何故なら、そのモノの手には……、赤いナニかが……、握られていた。

 それは、長い棒にも見える。


 この距離では野球のバットを短くしたような太さのある棒だった。

 隠形が握っている所から折れ曲がり、いくつかに枝分かれしている。


 ―――― アレハ、ナニ?


 だが、それがナニであるかをわたしが認識する前に……。


『巫女の匂いが増えた』


 そのモノの口から、意味ある言葉が紡がれた。


 魑魅魍魎たちは黒い影のように見えるモノが多い。

 そして、そんな魑魅魍魎の中にも人の言葉を話せるモノがいることは知っている。


 だが、そのほとんどは言葉というよりも音に近いものだ。

 まるで、見た物を呪うような音だと人は言う。


 だが、先ほどの言葉は……、音ではなく声として聞こえた。


 それも、人間にも理解できる言葉を話せると言うことは……、かなりの知恵があることを意味している。


 ―――― マズい!!


 それは生命が持つ本能だったのだと思う。

 わたしは、咄嗟に、「身隠し」の術を使った。


 これは、一時的に魑魅魍魎たちから姿を見えなくするためのもの。

 数少ない自衛の術だ。


 万一の時はこれを使って逃げろと言われていた。


 だが、今のわたしの実力では気配は消せない。

 相手が、もし、人間の存在を匂いで識別することができるなら……、この術に意味はない。


 そのはずだった……。


 だが、そのモノは首を傾げる。


『……消えた?』


 わたしは「身隠し」の術の成功を悟った。

 本来は、気配を消せないはずの術なのに、あの存在から完全にその身を隠しているらしい。


 だけど、油断はできない。

 だから、わたしはその場から動くことができなくなってしまった。


 その身体の震えだけが止まらないままに。

 自分の歯がガチガチと音を立てていることだけがよく分かった。


 日は完全に落ち、ひたひた、ひたひたと、周囲に魑魅魍魎の気配が増えてくる。


 いつもは黒い影のような魑魅魍魎たちは、今日に限って、何故かその姿を色付かせている。


 小さなものから大きなものまで。

 人形(ひとがた)のモノから、異形のモノまで。


 そんなサービスは要らないのに。

 

 まるで……何かを狙っているように思えた。


 そして、中でも一番目立っている人ならざるモノの目線の先には、「八幡の巫女」が住まうとされている小さな屋敷がある。


 あの存在が持っているのは人間の腕だった。

 

 恐らくは右腕。

 それが誰のモノであったかなんて分からない。


 だが、あの場所……、屋敷の門の近くには、「八幡」家を護る門衛(もんえい)と呼ばれる守衛(しゅえい)たちがいたはずだ。


 普段は門の内側にいるけれど、魑魅魍魎が屋敷に入ろうとする気配があれば、対応するはずの人。


 その門衛の姿が……、何故か、そこになかった。


 鈍いわたしでも理解する。

 これは「襲撃」だと。


 そして、色とりどりの魑魅魍魎が近くにいても顔色も変えないあの存在は、「オニ」なのだと。


 「八家」のうち、巫女が年若だったり高齢だったりすることはままある。

 相手は魑魅魍魎だ。


 その中で、適齢の巫女が命を落とすことも少なくないのだ。


 「八幡」もそうだった。


 先々代、先代巫女が若くして亡くなり、わたしは祖母の顔も母の顔も、写真でしか見たことがない。


 「八家」は生まれてすぐに甘えが出ないように、父母から引き離されるのが常だと聞かされていたから、そのことについて疑問を持つこともなかった。


 先々代は、母が若い頃に「オニ」との激しい戦いの後、衰弱して亡くなり、母は……朝日を産んだ直後に魑魅魍魎に食われたと聞いている。


 わたしはその母の遺体すら見ていない。


 当時、7つの子には見せられないほど、母の肉体はその原型を留めていなかったと後から聞かされた。


 それ以外の親族も……、魑魅魍魎との戦いでその命を散らしているため、「八幡」には、超高齢の曾祖母と、15に満たない巫女候補が二人しかいないのが現状だ。


 それだけ、激戦区なのではない。


 「八幡」は「八家」の中では一番、弱いのだ。

 底辺なのだ。

 最下位なのだ。


 ()天王(てんのう)の中でも最弱なのだ。


 もう「八家」じゃなくて「七家」で良いのに。


 ―――― だが、そんな個人の感情をも魑魅魍魎たちは呑み込んでいく


 相手の狙いが、最弱な「八幡」の根絶なら、確かにこの上なく、最適な時だろう。


 術を使える巫女は超高齢。

 巫女の血を引く娘たちは修行不足。


 すぐに襲撃しなかったのは、曾祖母が弱るのを待っていたからに違いない。


 曾祖母は……、ここ数日、風邪気味だったのだ。


 多少の体調不良なら巫女としての力が鈍ることなどなかっただろう。


 だが……、風邪を理由に、周囲が「お務め」を一時的に止めさせたことが一番の問題となった。


 巫女がその身体を清めなければ、「神力」が陰り、その術も鈍ると分かっているのに。


 だから……、魑魅魍魎たちにその居場所がバレてしまったのかもしれない。


 魑魅魍魎の天敵である巫女の居場所は秘匿されるもの。


 そのために、先祖代々継承されるほど、入念な「存在隠し」の術を屋敷に施してあったのだ。


 そして、この家の御札は、曾祖母の術式によるものだった。

 つまり、彼女の神力が衰えれば……、それが弱ることを意味する。


 わたしにも朝日にも、その術はまだ伝わっていなかった。

 だから、手伝うこともできなかったのだ。


『行け』


 鋭く無情な一言が告げられる。


 魑魅魍魎が一斉に姿を消したその瞬間、わたしは金縛りが解けたかのように走り出した。


 自分に施している「身隠し」の術の効果は後、少しで切れる。


 その前に行く先は、裏門。

 その近くに朝日の部屋がある。


 周囲から聞こえてくる破壊音や悲鳴、そして、人のものとは思えないような咆哮。


 それだけでも、母屋で何が行われているか、容易に想像できてしまう。


 本来なら、曾祖母や仕えてくれていた人、守衛や衛士(えいし)たちと共に戦うべきなのだろう。


 由緒ある「八幡の巫女」の血を引く者として、誇りある戦いを。


 だが、わたしはこんな時のために曾祖母から言い付かっていることがあった。


 ―――― 何があっても真の巫女たる朝日を護りなさい


 その身を挺しても。


 無様でも。


 泥を啜ってでも。


 その誇りを地に落としてでも。


 まだ幼い妹を生き抜いて護ることこそが、わたしの務めだと曾祖母は言った。


 それが、「八幡の巫女」の血を引きながらも力を持たないわたしの生きる道だと。


 わたしは生まれつき「神力」が弱すぎるために、「八幡の巫女」にはなれない。

 でも、「八幡の巫女」を護ることはできる。


 それは朝日が生まれてから今日(こんにち)まで、「(わたし)」に繰り返し求められた約定(呪い)


 本来、力を持たないと分かった時点で、同じように力を持たない一族に養子として出される可能性もあった。


 曲がりなりにも「八幡の巫女」の血を引く者だ。

 下手な家族と縁組はさせられない。


 そして……、「八幡」にはそれを許すほどの余裕もなかった。


 祖母が亡くなった戦いで、その同じ年代の一族はほぼいなくなり、母の代では次代もいなかった。


 それだけ血族が少なかったため、わたしは本家に残れたのだ。


 だが、今日、その「八幡」の歴史は終わるかもしれない。

 曾祖母もアレだけの魑魅魍魎を相手にするのは無理だろう。


 そして、わたしが朝日を護り抜けなければ、「八幡」は確実に終わってしまう。


 わたしに全てが掛かっていると思うと、変に高揚した。


 これまで、放置こそなかったものの、この屋敷の人間からは「朝日」ほどの愛情を注がれていた覚えはない。


 そんなわたしでも今、できることがここにある!


 ―――― そう、信じていたのに。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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