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戸籍を読み解く

「これが、阿須那の最初の戸籍……になるのかな」


 そう言って差し出された戸籍は……、読みにくい縦書きの文字で書かれたものだった。


 最初に住所が書かれていて、その下に母の氏名が書かれている。

 さらに妻として母のことが書かれていて、次に夫として父の名「武」があった。


 そして……わたしの名。


「何故、こうも読みにくいのでしょうか? この改製原戸籍というものは……」


 わたしは目を顰めているのだと思う。


「それはまだ読みやすい方だぞ」

「そうでしょうか?」

「手書き時代はもっと酷い」

「手書き!?」


 この読みにくい文章が、さらに読みにくくなる?

 そんな時代があるなんて……。


「鶴様が生まれた時代にパソコンどころか、ワープロ、タイプライターなどの文書作成用機械や印字機械があると思うか?」

「ないと思います」


 言われてみれば、あるわけないのだ。

 いや、作られてはいたかもしれないけれど、一般普及はしていないと思う。


 パソコンもワープロも近代的な機械だ。

 タイプライターというのは……ちょっと分からないけれど。


「でも、文字の上手な方が書かれたのでは?」

「戸籍は当時の役人どもが書いた物だ。素人作品に期待するな。中には達筆と呼べるものもあったとは思うが、阿須那は著名な書道家の文字が読めるか?」

「多少の崩し文字ぐらいなら」


 曾祖母の教育の中に書道はあったが、確かに書体を知らなければ読めないのは当然だろう。


「それなら、オレよりは読めるかもな」


 そして、八雲さまは読めない方らしい。


「この横書き版はないのですか?」

「ない」

「え……?」


 それはおかしい。

 先ほどの戸籍のように横書き版があるはずだ。


「その戸籍はそこで終わっているからな。その後ろに続く戸籍は……、阿須那の養子縁組後の戸籍ぐらいしか存在しない」

「そんな馬鹿な!!」


 わたしはそう叫んでいた。

 これで終わりのはずがない。


 何故なら……。


「その戸籍の最後の証明文章として『除籍』という言葉が入っているだろう?」

「あ、あります」


 一番後ろの枠外に、「この謄本は除籍の原本と相違ないことを認証する」とある。


「そして、その戸籍の始めの方……本籍と、「(より)」様の身分事項の間にその戸籍の編製理由とともにもう一つ書かれている言葉があるはずだ」


 八雲さまから言われるがままに、わたしはそれを探す。


 本籍……、住所が書かれている横に「婚姻の届出により」という言葉とその日付、そして「本戸籍編成」とあった後……、別の日付があり、「本戸籍消除」とあった。


 そして、その消除した日付は……、わたしが曾祖母と縁組をした日に一致している。


「八雲さま……。これは一体……?」


 その時のわたしは、酷い顔をしていたのだと思う。


 八雲さまが一瞬、なんとも言えないお顔を見せたから。


 でも、確認しないわけにはいかない。


「何故……こちらには、『朝日』の名が、どこにもないのですか?」


 朝日は……、わたしの妹改め弟のはずなのに……。


 この戸籍には、「八幡頼」と「八幡武」の間に生まれた「長女」の「阿須那」のことしか書かれていなかった。


「……母親と父親の亡くなった日に、誤りはないか?」

「え……」


 どこか苦し気に吐き出された言葉。

 そう言われて……、確認する。


「そんな……」


 そんなはずはない。


 でも……。

「どうして、母さまと父さまの亡くなられた日が……わたしの知っている日と違うの?」


 曾祖母から、母親は、朝日を生んだすぐ後に亡くなったと聞いていた。


 それを聞かされた日、わたしは最期まで会えなかったな~とぼんやり考えたことを覚えている。


 でも、ここに書かれた日は、もっと昔。


 わたしが養子縁組をした直後に亡くなっていた。

 まるで、それを見届けるかのようなタイミングで。


 そして、父親に至ってはわたしが生まれる直前に亡くなっている。


 わたしは母親が亡くなった後、すぐに行方不明となり、遠く離れた場所で既に亡くなっていたと聞かされていたのに!!


「『八家』はその性質上、亡くなった日を誤魔化すことは間々ある。遺体が残りにくいことは多いし、死亡届出のための死体検案書を書くのは検視をしたとされる医師だ。そいつらを抱き込んでいれば、どうにでもできる」

「でも、どうして!?」


 既に亡くなっていたのに、生きていると嘘を吐かれたのか?


 そして……、それなら……。


「あの『朝日』はどこの誰なのですか!?」


 わたしはそう叫ばずにはいられなかった。


 曾祖母はあの「朝日」をわたしの「妹」として紹介し、命を懸けて護れと言った。


 本当は赤の他人だったのに。


 それはどうしてなの!?


「阿須那の父母が亡くなった日については他人であるオレには分からんが……、『朝日』についてのヒントはここにある」

「え……?」


 そう言って、差し出されたのは……、一番始めに見た戸籍謄本だった。


「た、確かに、そこには『朝日』の名前は載っているけれど……」

「阿須那は気にしていなかったようだけど、こいつと阿須那が鶴様と養子縁組した日が同じ日付なんだ」

「え?」


 言われて確認すると……、確かに同じ日だった。


 よく考えれば、この人って、戸籍上は、わたしの兄ってことになる……のだろうか?

 でも、この「朝日」さまの母親の氏名に書かれた「八幡命」の文字。


 この女性について覚えがないのだ。


 「八幡」というからには、血縁にあることは間違いないとは思うのだけど……。


「戸籍の並び順は、筆頭者から始まり、婚姻、出生、縁組などの入籍順が基本だ。それだけは今も昔も変わらない」

「そ、それが……?」

「だが、同日の届出ならば、優先されるのは婚姻、そして、それ以外は、多少の例外はあっても、大体、生年月日順となる」

「ああ、それで、この『朝日』さまが、わたしより先に書かれているのですね」


 直系であることとかは関係ないのか。


 そして、この養子縁組の中にわたしと同じように「【代諾者】親権者母」とあるので、恐らくこの「命」さまという方が届けられたのだろう。


 考えてみれば、この「朝日」さまが、4歳ぐらいだ。


 自分で曾祖母の養子縁組を望んだ上で、届けることなどできるはずもない。


「そして、この『朝日』という男の謎だが……、この戸籍を、こちらから遡ってみる」


 そう言いながら、八雲さまは「朝日」さまの従前戸籍という文字を押さえる。


「え!? そんなことができるのですか!?」

「それができてしまうのが、戸籍の恐ろしい所なんだよ」


 八雲さまは少しだけ哀しそうに笑った。


 そして、またも、別の紙を取り出す。


 そこには、同じように縦書きの戸籍があり、住所と思われるものの下に、「八幡命」の文字があった。


 そして……。

「あら?」

 わたしはとんでもないことに気付かされる。


「この『(いのち)』さまの父親と母親のご氏名が……わたしの母親と全く、同じです!!」


 しかも、そこには「長女」の文字がある。


 つまり……。

「それは多分『命』と書いて、『みこと』と読むんだと思うぞ」

「やはり、この方は『みこと』伯母さま!?」


 八雲さまの言葉で確信できた。


 見たことも、会ったこともない伯母だったらしい。

 母親が「二女」であることは知っていたし、母の姉……、伯母がいることも知っていた。


 名前も一応、聞かされていたけれど……、その漢字までは知らなかったのだ。


 だから、「美琴」だとなんとなく思っていた。

 普通、「命」なんて使わないと思うのはわたしだけ?


「つまり、このお義兄さまは、血縁上、わたしのいとこ……となるのですね」


 なんだか不思議な感じがしてしまう。


「他に気付いたことは?」

「『命』伯母さまのご主人のお名前がありません」

「それについては、本籍と、『命』様の身分事項の間を見れば分かる」

「えっと……、『子の出生により』? 八雲さま、これってどういうことでしょうか?」


 わたしの母親の戸籍には、「婚姻により」とあったはずだ。


 でも、伯母の方は、それではなく、いきなり「子の出生」から始まっている。

 つまりは「朝日」さまが生まれたからってことになるけれど……。


「……その時代も既に三代戸籍は禁止だ。だから、婚姻届出をせずに子供が生まれたら、母親と子供だけの戸籍ができる……らしい」

「な、なるほど。そうなってしまうのですね」


 確かに伯母さまは「八家」以外の殿方に純潔を捧げたと聞いていた。

 そして、その後に、御子もできてしまったということなのだろう。


「あら?」

 そして、生年月日は母と二年違い。


 母も結婚が早かったらしいけれど……、これは……。


「18……、いえ、17歳で『朝日』様がお生まれになっている気がします」


 それでは、確かに結婚できない年齢だったということになる。


 だが、この時点で、「八幡」は既に血族がほぼいない状況だった。

 だから、急いで次世代を作る必要があるのは分かる。


 実際、わたしの母親も18歳で結婚していたから。


 でも……、「八家」以外の、神力が失われるような相手に純潔を捧げたのは仕方がないとはいえ、子を成すのは別の話だろう。


 そうなると……、伯母はそこまで「八幡」という家を大切に思われていなかった?


 戸籍というのは、読めば読むほど分からなくなっていく。

 当時を確認しようにも、当事者たちはいないのだ。


 謎は謎のままだろう。


「さて、他に気付いたことはあるか?」


 八雲さまはそれでも、さらにわたしの頭を混乱させようとするのだった。

戸籍については、現代日本を参考にしておりますが、作者が法律などの専門家ではないので、説明不足、解釈違いがありましたら、ご一報ください。


ここまでお読みいただき、ありがとうございました

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