始まりの日
現代日本風ですが、全く違う世界のファンタジーです。
深く考えずにお読みください。
あの家に生まれた日から
あの家のために死んでいくと思っていた
ただ生きるだけの毎日
それが、死なないための日々に変わるまで
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鉄の塊が空を飛び、遠くにいる人の声が耳元で聞こえるような時代になっても、変わらないモノというのはどうしてもある。
―――― それは繰り返される人類の歴史が証明している事実でしかない
古来より、この「日出国」は八百万の神々より大いなる力を分け与えられ、魑魅魍魎と呼ばれる存在に対抗してきたという歴史があった。
中でもその頂点に立つのが、天子様と呼ばれる、この国に在ってこの国にない貴き存在である。
だが、天子様が護れるのは国だけだ。
そこで生きる人々の命を護るには、ほんの少しだけ、その手が足りない。
そのために、「八家」と呼ばれる天子様を支える一族が存在する。
「八家」は時の天子様の代わりとなって、人々の命を、その暮らしを護るために魑魅魍魎を討ち果たすための力を与えられた。
それが千年ほど昔の話。
だが「八家」が、幾多の魑魅魍魎を踏み越えたとて、その戦いは終わらない。
何度、打倒しても、魑魅魍魎はこの国のどこにでも現れた。
さらに、有象無象の存在でしかなかった魑魅魍魎の中から、知恵ある上位者が生まれたことも、その戦いを困難にする原因となる。
その中でも二百年ほど前に「オニ」と呼ばれる人形をした「妖怪変化」が現れてからは、「八家」の魑魅魍魎打倒の任は容易ではなくなった。
幸いにして、「オニ」は人を食らわない。
ただ、魑魅魍魎を従えるのみ。
だが、魑魅魍魎の中には人を食らうモノがいる。
それ故、「オニ」の存在を許してはならない。
少なくとも、わたしは、そう教えられて育ってきた。
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「阿須那、今日の『お務め』は終わりましたか?」
「ごめんなさい、曾祖母さま!! ちょっと寝坊したからやっておりません!!」
気配もなく背後に現れた相手に対して、わたしは振り向きもせずにそう答えた。
今は、いつもの嫌味に構っている余裕なんてない。
「貴方という人は……、そのような調子で、『八幡』の巫女を名乗れると思っていませんよね?」
厳格なる先々々代巫女は恐らく表情も変えずにそう言っているのだろう。
「もともと名乗る気もないです。巫女については『朝日』に任せます!」
わたしは自分よりもずっと年下の……、まだ7歳の妹の名を出す。
実際にそうだ。
わたしは毎朝、毎夕、毎夜、「巫女」としての「お務め」とやらをさせられてはいるが、それは、高齢の曾祖母がいつ、ぽっくり逝ってもいいように引継ぎをうけているだけであった。
わたしには生まれつき巫女の素質があまりなかったらしく、「神力」と呼ばれる異形に抵抗する魂の力というものは、一般人よりはマシって程度である。
それに対して、年の離れた妹の「朝日」は本当に、わたしの目から見ても姉馬鹿になっちゃうぐらいに凄いのだ。
だから、周囲も「朝日」こそが「八幡の巫女」を継ぐ者だと思って、接している。
それでも……まだ彼女は7歳。
「八家」の巫女は、15歳にならないと巫女として認められない。
既に還暦どころか傘寿を越え、米寿とお迎えのどちらも見えている曾祖母がこの先、彼女を教育するには難しいだろう。
確かに多少のことは他の一族でも十分ではあるが、直系にしか伝わらない秘術と呼ばれるものもある。
そのために中継ぎの、仮の、味噌っかすの、「八幡の巫女」の血を引く者が、やり方だけ覚えて真の巫女へと引き継ぐというわけだ。
そうはいっても、わたしも中学三年生ではあるが、まだ14歳。
「巫女」として、ギリギリアウトな年齢である。
そのために、「巫女」というより「出仕前」……、いや、寧ろ、「修験者」な状態にあった。
毎朝、白装束姿で、夜明けの薄明りの中、清められた水を浴びて心身を清めるって、冬は地獄ですよ!?
いや、それだけお清めって大事なの。
分かってるの。
7歳の朝日も別の場所でやってるって知ってるの。
でも今は12月なの!
三冬月なの!!
春待月なの!!
つまり、激寒なの!!
そろそろ本当に死んでしまう!!
「阿須那……」
まだ何か言おうとする曾祖母の言葉を……。
「ごめんなさい!! 本当に遅刻してしまいますから!! 小言は帰ってからお願いします!! 後でみっちり聞きますので!!」
そう叫びながら、わたしは通学用バッグを背負って逃げるように駆けだした。
その時のわたしは、本気で、この先があると思っていた。
―――― 後で
そんな言葉が通用すると信じていたのだ。
こちらの都合など、相手には関係ないのに。
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魑魅魍魎というのは大禍時と呼ばれる黄昏時に現れ、夜明けとともに去る。
それはただ歩くだけだったり、周囲を破壊したりと、法則性はよく分からない。
悍ましいことに、中には共食いをするのもいるらしいが、そんな時間帯に外には出歩かないので、その真相は不明だ。
この国の建物は建築基準法というものがあり、魑魅魍魎対策として、「神力」の込められた御札を設置することが義務付けられている。
だから、魑魅魍魎たちが徘徊するような時間でも、建物内にいれば、安全だった。
魑魅魍魎たちは、基本的には別々に行動するため、その強さによっては、何の力も持たない一般人でも全力で抵抗すれば逃げきることも可能だ。
そうでなければ、「天子様」と「八家」以外、この「日出国」は全滅していただろう。
ある程度強い相手であっても、「神力」の込められた特殊装備を駆使する国家憲兵……、警察軍だけでもその制圧は可能だ。
毎晩、交替で「巫女」たちの負担を軽くしてくれる上に、それ以外の面でも国を守ってくれている素敵な職業である。
ただ……、「オニ」については、「巫女」たち自らが使う「神力」でなければ、撃退できない。
それがこの世界の理とされていた。
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「……っと、少し遅くなってしまいました」
わたしは腕時計を見ながら呟いた。
今の時間は16時少し過ぎたところだ。
既に「大禍時」と呼ばれる時間帯で、妖しいぐらい綺麗な夕日が目に入る。
周囲には人気がない。
今は12月。
この国では日暮れが早い季節だ。
16時半には日が落ちて、すぐに周囲は闇に溶けていく。
だから、それに合わせて、学校の授業時間についても、ちゃんと調整をされていた。
夏は長く、冬は短いのだ。
それでも、学校の授業時間では足りないと思って、勉強をしたいなら、住み込みの家庭教師を雇うらしい。
わたしにはそこまで勉強したくなる意味が分からない。
そして、この世界で居残り……、それは文字通り、死を意味する。
だが、我がクラスの担任は、それを平気で行うのだ。
教育委員会、仕事してください。
日暮れ前1時間という絶妙な時間帯まで中学生を教室に残すなんてどう考えても嫌がらせだろう。
何度も同じ罰を与えられても、懲りずに遅刻していくわたしも悪いのだけど!!
その上……、ちょっと忘れ物をして教室に取りに戻ることになるという間抜けっぷり。
だが、仕方ない。
明日の宿題は大事。
そう思いながら、人気のない道を走る。
朝は人や光に溢れたこの道も、紅く染まって別の道のようだ。
魑魅魍魎は必ずしも、人のいる所に現れるわけではない。
だけど、人のいない所に現れるわけでもないのだ。
どんなに「八家」の巫女の血が流れているとは言っても、ただの中継ぎにすぎないわたしが魑魅魍魎に対抗などほとんどできない。
多少の「神力」と基本的な術を使うことはできるぐらいだ。
でも、それが「神術」と呼ばれるものになると道具が必要になったり、今よりももっと丁寧にしなければいけないらしいけれど、それは15歳以後でなければ駄目らしい。
わたしが15歳まで……、今日を含めて後4日?
意外と近かった。
それを過ぎれば、本格的な継承が始まる。
……違った、「巫女」継承のための引継ぎを覚えさせられると聞いている。
今よりももっと憂鬱で陰鬱な日々が始まるのだろう。
いつか、朝日に受け継ぐその日まで。
それが終われば、わたしは「八幡」の家から解放され、外に出られる。
遅れた青春も取り戻せるのだ!!
そう、信じていたのに。
―――― ソレは突然、現れた。
紅く染まった道。
長く伸びた黒い影。
その先に……、震えるほどの妖しい美貌を持った人ならざるモノの姿があったのだった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。