団子にうるさい爺さん
「おお、今日のおやつは、三色団子かい。」
「うん、今日のはね、物産展で売ってたやつだよ…お茶入れるからね。」
今年80になる父親の大好物は、団子である。
いわゆる団子全般が好きなので、ほぼほぼ毎日、三時と九時のおやつに出している。
みたらし団子に、花見団子。
月見団子に、お彼岸団子。
串にささっているのも、ただ丸まっているのも好きらしい。
「ほぉん、今日のは…えらい草の色が強いなあ!」
「ヨモギが練り込んであるそうだよ、この三色団子。」
三色団子は好きだが、草団子はあまり好きではないらしい。
「上の二つはまあうまいけど…うん、ちょっと草が、我が強いでイカンなあ…。」
お気に召さない部分もあったようだが、ほっぺたがほのかにピンクになっているし、口元が気持ち緩んでいるので…まあ、及第点だな。
父親は団子であればだいたいのものを喜んで食べるのだが…どうにもこうにも、大満足していただけないのが困りものだ。
串団子が好きだが、わりと好みがうるさい。
キビ団子ときな粉団子は好きではないらしい。
あん団子は嫌いではないが好んで食べたいとは思わないらしい。
お彼岸団子は平たいのも丸いのも好きらしい。
坊ちゃん団子は父親にとっては団子ではないらしい。
みたらし団子はいいが、焼き団子と言われる大ぶりなものは認めないらしい。
白玉団子はウマいが、団子という種類ではなくwithシロップのオシャレなデザートとして認識しているらしい。
すっかり食が細くなって縮んでしまった父親にこまめにカロリー補給をしてもらうべく、スーパーやSA、出店に和菓子屋…売っているのを発見する度に購入しては、串からはがして半分に切ったものをおやつとして出しているのだけれど、はしゃぐような大喜びというものを、見ないのがですね。たまに手作りなんかもして、見た目も派手な感じに仕上げたのとか出してみるんだけど、どうもこう…不服そうな呟きをされてしまうのが、地味に残念無念と言いますか……。
―――この団子は、ちょっと違うなあ…、もっと焦げとった方が、ええなあ!
―――この団子は甘すぎるなあ、うまいけどなあ!
―――この団子は柔らかすぎるんだわ、明日食べた方がうまくなるんではないかい?
―――この団子はちょっと違うなあ…もっとこう、べちゃっとしてないのがええなあ。
―――あ、ああ…そう?
一口食べてもらす感想を聞くたびに、この人は一体いつになったら満足できる団子に出会えるのだと思うのだ。
なんというか、私は父親とほとんど会話のないまま大きくなったので、いまいち好みも知らないし、為人が不明で、この不満を訴えている感じが本気なのか喜びの一環なのか、どうもよくわからない。穏やかな人なので怒ってはいないようだが…不満に思っているんだろうか?うーん、謎だー!
「なに、お父さんはどんな団子が食べたいだね、探してくるけど。」
「いやあ、どれも団子はウマいよ?いつもありがとう。」
ニコニコしてはいるんだけどなあ……。
なんというか、『うっひょ―!これ、ちょーうめえええええええええ!!』って言わせてみたくなるというかさあ。…老いてるからなあ、そういうのは無理か。
―――昔食べた団子はさあ、もっと硬くてね。乾燥して砂糖の甘みが凝縮されとったんだなあ!
―――うちの裏にさあ、駄菓子屋があって、そこの縁台で売られとったんだわ。
―――運動会の日には団子が配られたんだよ、昔はまんじゅうなんてもんは出なくてさあ。
―――祖父さんが草団子をよく作ったんだけど、まあ虫も一緒にすりつぶすもんで……。
―――へ、へえ、それは、それは……。
とはいえ、団子を食べながら聞く昔話は、なかなかに聞き応えがあって楽しいのだなあ。
老いたとはいえ、父親は非常に頭の方はしっかりとしていて、実に濃い話を聞かせてくれたりするのだ。……子どもの頃もっとたくさん話をしていたなら、また違った親子関係が築けていたに違いないと思うほどに。
父親は朝六時に家を出て、夕方七時に返ってくるという規則正しい生活をしていた。帰宅後は黙ってテレビを見ながら夕食をとり、風呂に入って寝てしまうので…平日はほぼほぼ会話をした事がなかった。日曜が休みだったが、いつも朝からサウナに行っていたのでほとんど姿を見た覚えがない。
私がアルバイトをするようになったあたりから、少しづつ会話をするようになったようにも思うので…子供が苦手だったのかも知れない。
「どお、硬くない?もう半分に切ろうか?」
「いや、柔らかいよ、昔競馬場で食べたみたらし団子は硬かったでなあ!あれに比べたら餅みたいなもんだで!」
「ああー、覚えてるよ、前歯が取れた時でしょう!社会勉強にって、初めて競馬場に連れてってくれた時!」
「そうそう、焦げとったせいで差し歯が取れて、でもアグリキャップが勝ったんだわ、あの時!アンカツがさあ…」
二十歳を越えてからは、社会勉強と称してパチンコや競馬に連れて行ってくれたこともあったのだなあ。
たまに思い出を共有する、そのたびに…ほとんど会話をしないで暮らしてきたはずなのに、随所随所できちんと父親をしてくれていたのだと、今更ながらにありがたさを感じるというか。
思い起こせば父親は、毎年夏休みに一日だけ遊園地に連れて行ってくれていた。
朝一で車に乗せられて、全然会話をしないで現地について。乗り物券を1000円分買ってくれて、一通り乗って、ご飯を食べて帰っていた。昼ごはんはいつもうどんだった。
今も昼ごはんはうどんを食べる事が多いんだよね。この人は本当にこう…昔から変わっていないな。いくぶん柔らかめの白玉うどんがお気に入りなんだよ。
団子も好きだし、多分白玉粉が好きなんだろうな。私も白玉粉が大好きでさあ。しょっちゅうフルーツ白玉作っては…そうだな、父親も何も言わずにガツガツと食べていたのを思い出す。……これは絶対に父親の血を引いているからに違いないぞ。
「そろそろ気温も高くなってきたから、明日はフルーツ白玉作ろうかな!」
「そおかい?俺はパインが嫌いだで、ミカン缶がええなあ!」
……ずいぶんいい笑顔でこちらを見ていらっしゃる。やっぱり好きなんだなあ、これはおいしいものを作って差し上げねば!
明日はちょっとお高い白玉粉と、ミカンの缶詰を買うことを決め、私はヨモギのきつい三色団子にかじりついたのであった。