番外編.アイラ視点 我儘な義妹(2)
スゥゥ――……
いや引きずりすぎだろ、お兄様!!!
その日からあいつは変わった。
中途半端だった勉強を完璧にするようになり、我儘を言わなくなり、言動が――まあ時々令嬢らしからぬ発言をすることはあるが――上品になり、パーティーでは自分が選んだはずの悪趣味なドレスを見て困っていた。
Aクラスの生徒が男爵令嬢のことをどうにか言っていた時も庇ったと専属侍女が言っていたし、パーティーでその男爵令嬢にワインをかけた時も必死に謝っていた。
そして――今まで俺にしてきたことを忘れたように「お兄様」と呼んで普通に接している。
そのことが俺には未だに衝撃的で、たまに自分が夢でも見ているんじゃないのかと思うくらいだ。俺の大嫌いで、そして俺のことが大嫌いな義妹が、俺のことを、呼んだことのない呼び方――「お兄様」と呼び、普通に兄として慕ってくれている。
……いや意味がわからない。
「なぁジョンソン、あいつ最近おかしくないか?」
俺は部屋にいたジョンソンにそう問いかけた。
「アイラ様、そういったことを簡単に口になさるのではございません」
「今は誰もいないだろう?」
「まぁ、そうですが……。確かにおかしいですよね」
「なぁ、特に『お兄様』」
「そうですよね、今まではアイラ様のことを『あいつ』とか『お前』とか『侯爵家の子』とかしか呼んでませんでした。本当にあの時はイラついた……いえ、感情を抑えるのが困難なくらいイラつきました。……けれど、あの、我儘を言わなくなったのもおかしいと思いますが」
「確かにな」
そう言って俺は溜息を吐いた。
黙々と学園から出た課題をこなすあいつを見て、俺はまたあのことについて考えてしまう。義妹は、なぜ変わったのだろうか。
「お兄様、どうかしましたか?」
あいつにそう声をかけられた。じっと見つめすぎていたらしい。
「いや、最近、お前は変わったなと」
嘘を吐いても仕方がないのでそう言うと、あいつは心当たりが全くないみたいに小さく首を傾げた。その動作も、前のあいつなら絶対にしなかったものだ。
「そうですかね?」
「あぁ、変わった。前のお前は、勉強も真面目にせず、口を開けば立場が上の人間に媚びるか下の者に怒鳴り散らすかで、我儘ばかりで、教養もなく、服の趣味も悪く、嫌われ者で、メルヴィル公爵家の恥さらしで、そして、………………そして、俺のことが嫌いで、暴言を吐いていた。…………お前は今も、俺のことが、嫌いだろう?」
弱音なんて言いたくないのにぽろぽろと零れ落ちてしまうのは、なぜなのだろうか。もしかしたら五か月前に新入生入学祝いパーティーで見た、本当の家族の仲睦まじい姿とあいつの姿を比較して心が弱くなっているからなのかもしれない。
「……お兄、様?」
いつも俺は弱い部分など見せないので、動揺しているあいつ――ライラの、俺を呼ぶ声が聞こえる。その呼び方は、五か月経った今でも、聞きなれないものだ。
そしてライラは何を思ったか、俺に深く頭を下げて言った。
「申し訳ございません。本当に無礼な行いをしていました。深くお詫び申し上げます」
まさかこんな風に、謝られるとは思いもしなかった俺は、ライラの謝罪にかなり動揺した。
「ラ、ライラ、別に今のは、謝罪を求めて言った訳じゃない」
「ライラ」と、俺はこの時初めて義妹のことを名前で呼んだ。
そして次に聞こえたライラの言葉は、信じられないものだった。
「お兄様、前の私がどうだったとしても、今の私は、メルヴィル公爵家のために、大嫌いな私のために行動してくれるお兄様が、だ、大好きですから」
本心から言っていると確定した訳ではないのに、その言葉は、傷ついていた俺の心に深く染み入った。
お読みいただきありがとうございます。あ、(2)で終わりましたね、良かった良かった。
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おかしいところや矛盾しているところ、誤字脱字等あれば報告していただけると幸いです。(アイラが前にライラのことを「お前」じゃなくて「ライラ」と呼んでたとか!)




