番外編.アイラ視点 我儘な義妹(1)
「アイラ、お前は今日から私の息子だ。私のことは父上と呼びなさい」
温和そうな義父に迎えられて、俺の公爵令息としての生活はスタートした。
馬車で、生まれ育った侯爵家よりも遥かに大きな屋敷に連れてこられ、家族ではない人に家族と言われた。
その時は俺ももう14歳だったので、さすがに自分が何のために連れてこられたかくらいは、理解していた。
公爵家の跡取りがいないから、そこで俺が優秀だったから、実家のダーヴィン侯爵家に多額の金を払って俺を養子にしたのだ。
少しショックではあったが、もうその時の俺は「仕方のないことだ」と思って、日々勉強に、武術に精一杯取り組んだ。
それなのに、
公爵夫妻の実子で俺の義妹――ライラは、1人娘なため甘やかされて育ち、そしてそのせいで物凄く我儘だ。
口を開けば立場が上の人間に媚びるか下の者に怒鳴り散らすかで、我儘ばかりで、教養もなかった。着ている服は胸元を強調するような下品でセンスのないふりふりでごてごてのドレスばかり。
侯爵家から養子としてやってきた俺のことが気に食わないようで、会えば
「ふん、侯爵家の子ごときがメルヴィル公爵家の跡取りになるなんて、生意気なのよっ!」
などと言ってくる俺の大嫌いな女だ。
金を払って養子にされたのなら、それ相応の実績は残さなければならない。そう、実子よりも。だから俺は、あいつだけには負けないように、今まで以上に努力した。
「アイラ様、お嬢様が倒れたとのことです。当主様は、今は仕事で忙しいので代わりに目覚めるまで様子を見ておいてほしいと」
……はぁ、またか。
いつもあいつが粗相をするたびに、俺は看病やら様子見やらに付き合わされるのだ。勘弁してほしい。
俺は公務をしていた自分の手を止めて、さっき急いで入ってきた専属執事、ジョンソンの連絡を聞いた。
「今回は何をしたんだ」
「お嬢様の専属侍女、ミラによると、『明日から魔法学園に入学することに興奮したお嬢様が、朝風呂をすると言い、昨日は雨だったのですべりますよと言ったにもかかわらず、すべった責任を侍女に押し付け、当主様がお怒りになり、休養と謹慎の意味を込めて半日部屋にこもらせよと命令なさった』らしいです」
「はぁ、さすがの父上でも怒ったか。まぁ、そんなに本気じゃないことは、自分に代わって様子を見ろと言ったことでわかるが」
……興奮して滑った?そしてその責任を侍女に押し付けた?はぁ、いつにもまして馬鹿らしいな。
「けれど、謹慎と言っても明日は魔法学園の入学式なので、半日となるのですが、ね」
ジョンソンはそう言って小さく溜息を吐いた。ジョンソンも昔から、あいつの我儘に振り回されてきた人間の1人だったりする。
「仕方ない、行くか」
すぅ、すぅ……
ベッドに寝ているあいつの、健やかな寝息が聞こえる。
公務をさぼる形になってしまったこっちの気など知らず、完全に気を抜いたような、安心した顔で義妹は眠っていた。
……こうやって静かにしていれば、本当に美人なものを。
輝くような黄金の髪に、深く濃い紅色の瞳。どこか見る者を寄せ付けないような少しきつい顔立ちは、あいつのことが嫌いな俺から見てもかなりの美人と言えた。あの性格さえなければ、たくさんの者から縁談を申し込まれていたに違いない。
「……ん、…………おにい、さま?」
眠っていたあいつが目を開け、呼ばれたことのない呼び名で俺を呼ぶ。
寝ぼけているとはいえ、妙な呼び方だ。夢の中でも、あいつは俺を「お兄様」とは呼ばないだろう。微かな違和感が俺を襲った。それと同時に、嬉しいような、むずがゆいような感覚が俺の周りを支配する。
「え、お、おおおお兄様……?」
だが、令嬢らしからぬ動作で目をこすって俺を見て、完全に意識が戻ったらしい後でもその呼び方は変わらなかった。
「おおおお兄様、私はいいので公務をしてくださいませ!」
我儘であったはずの義妹は、俺のことを「お兄様」と呼ぶと、驚いたように、聞いたことのない口調でそう言ったのだった。
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