第3章 3 信頼するには程遠く
オスカーを見送った後、私は自室に戻りベッドの上に倒れこんだ。
コンコン
そこへドアのノックされる音が聞こえてきた。
「誰?」
「私です、アイリス様。リリーです。」
「あ、リリーね。入って。」
「はい、失礼致します。」
リリーがドアを開けて中へと入って来た。
「アイリス様、入浴の準備をさせて頂きますね。」
「まあ。ありがとう、リリー。」
入浴と聞いて、思わず嬉しくなり私は顔が綻んでしまった。何せ流刑島へいた70年間、私はお風呂に入った事が無かったからだ。いつも住まいとしていた裏手にある泉で身体を洗っていた。そして真冬はお湯を沸かして身体と髪を拭く事位しか出来なかった。
「アイリス様・・・そんなに入浴を楽しみにしてらしたのですか?」
リリーが不思議そうに首を傾げてきた。
「ええ、勿論よ。」
私はリリーに満面の笑みを浮かべるのだった―。
「ふう~・・・気持ちよかった・・・。」
70年ぶりにバスタブに浸かり、お湯の中で手足を伸ばせてお風呂に入れた私はとても気分が良かった。あの島にいた頃は人並み以下の生活を余儀なくされてきたのだ。
もう二度とあのような目には遭いたくない。
だから、いくらオスカーの心の声を聞いても私は彼を全面的に信頼する事は出来ない。
影武者の存在を話していたが、それすら本当に信じていいのかどうか今の私には全く判断出来ずにいた。
何せ、70年前・・・私は殆どオスカーと接点が無いまま婚約式に臨み・・・激しい暴力を受け、島流しにされたのだから。
「オスカーの今後の出方を見守って行くしか無いわ・・・。彼の機嫌を損ねないようにしつつ、本心を探っていかないと・・・もう二度と私は失敗しないわ・・。いいえ、失敗する訳にはいかないのよ・・。」
気付けば私は自分の強い気持ちを言葉に出していた―。
翌朝―
「お父様、お母様、おはようございます。」
制服に着替えた私はダイニングルームに入ると食卓に座っている父と母に挨拶をした。テーブルの前には暖かで湯気の立っている豪華な食事が並んでいる。
「ああ、おはよう。アイリス。」
「昨夜は色々あって大変だったでしょう?」
父と母が交互に声を掛けてくれた。
「ええ。大丈夫です。」
私は食卓に座りながら言った。
「さて、では3人揃ったので食事にしようか?」
父の合図で給仕の者達がスープを注いだり、料理の切り分けなどを行ってくれる。それらを食しながら父が言った。
「アイリス、レイフがお前の送迎を申し出ているのだが・・・今朝はどのようにしてアカデミーへ行くつもりだ?」
「はい。オスカー様が迎えに来るそうなので・・一緒に行こうかと思います。」
「な・・何だってっ?!オスカー様が・・そう言ってきたのかっ?!」
途端に父が顔を青ざめさせた。
「はい、そうです。」
「まあ・・・何て事なの・・・」
母はフォークを置くと、小刻みに震え始めた。やはり・・父と母はオスカーの事を相当恐れている。
「アイリス・・・お前は本当はどうしたいのだ?この婚約はまだ仮婚約なのだ。どうしてもお前がこの婚約を取り消したいと申し出れば、陛下だって分かってくれるはずだ。」
父は言うが・・・フリードリッヒ3世の本当の思惑を知らないから、そのような発言を出来るのだろう。
フリードリッヒ3世の本当の目的は恐らく私とオスカーの婚姻を結ばせる為では無く・・・母が目的なのだ。
だから私はオスカーの機嫌を損ねる訳にはいかない。だからと言ってオスカーと結婚する気もさらさら無い。
私がするべき事は・・オスカーと良好関係を保ちつつ、彼の方から婚約破棄を告げて貰う事なのだ。
70年前の私はなすすべもなく、裁かれてしまったが・・・今回の私は違う。
だって、ここは私の人生2度目の世界。そして人の心を読むことが出来る指輪をはめているのだから―。




