第1章 12 大聖堂の入学式
入学式は大聖堂で行われている。私はレイフに手を引かれ、大聖堂へ続く長い渡り廊下を歩いていると、段々と厳かなパイプオルガンの曲が流れてきた。
「パイプオルガンの音が聞こえているな・・・。」
「ええ、とってもきれいな音色ね。合唱でもしてるのかしら。」
「そうかもな。とにかく急ごう。式が終わらない内に。」
「ええ。」
レイフは握りしめる手に力を込めて、私たちは急ぎ足で大聖堂へと向かった。
ようやく大聖堂へ到着すると、レイフは繋いでいた手を放し、静かに大きなアーチ形のドアを押し開けた。
ギイイイイ・・・
ドアはきしんだ音を立てて開けられたが、幸いパイプオルガンの音がドアの開閉音を打ち消してくれた。
目の前には70年前見たのと同じ光景が広がっている。大聖堂の正面の右側には巨大なパイプオルガンが置かれ、シスターが演奏している。
そしてパイプオルガンの前には聖歌隊が並び、美しい歌声で新入生たちに歌を聞かせている。その美声に学生達は酔いしれ、中には涙を流しながら聞き言っている女子学生も多々いた。
かくいう私も久しぶりに聞くパイプオルガンの音色と聖歌隊の歌声に不覚にも胸が熱くなるのを感じた。70年間の島での辛い幽閉生活で私の感覚は何も感じないようにすっかり麻痺してしまったと思っていたが、まだ私の中には美しいものを美しいと感じられる素直な心が残っていたようだ。
「素敵な歌と演奏だな・・・。」
私の隣に立っているレイフがそっと言った。
「ええ・・・そうね。」
そして私は知っている。
あの聖歌隊の中に『天使の歌声』と称され、後に私の天敵となタバサ・オルフェンがいると言う事を―。
「なあ・・知ってるか?」
おもむろにレイフが尋ねてきた。
「何を?」
「噂によるとさ・・・あの聖歌隊のメンバーの中に今年入学予定の1年の女子がまざっているらしいんだよ。」
ええ、良く知っているわ。しかし、私はそんな事をはおくびに出さずに返事をした。
「あら・・そうなの?」
「ああ、名前は何だったかな・・・確か・・タラだったが、いや?タバサだったかな?」
ええ、そうよ。レイフ。正解ね。
「1年生で・・しかも入学前でいきなり聖歌隊のメンバーに選ばれるなんて・・・・すごいと思わないか?」
「ええ、そうね。」
だからレイフ・・・貴方はタバサに興味を持ったのよね?それでゆくゆくはタバサを愛するようになる・・・。私は無駄とは思いつつ、隣に立っているレイフに視線は真正面を見据えたまま尋ねた。
「ねえ、レイフ。一つ・・聞いてもいい?」
「何だ?」
一方のレイフも私の方を見もせずに返事をした。
「タバサには興味がある?」
「はあ?いきなり何を言い出すんだ?別に無いぞ?大体今の俺には恋愛にうつつを抜かしている余裕は無いからな。このアカデミーに入学と同時に、騎士になるんだからな。」
レイフは壇上に座る教員たちに目を向けながら、言った。
その視線の先にはこのアカデミー管轄の500人の騎士を抱える騎士団長が椅子に座っている。
「そうだったわね。レイフはこの国の王宮騎士になるんだもの・・・恋愛にうつつを抜かしている場合じゃないわよね。」
私もレイフの言葉に相槌を打ったが、70年前の時は生真面目なレイフに恋愛も楽しむべきだと進言していた。
だけど、ここは2度目の世界。今、少しでもタバサについての好奇心に釘を刺しておけば少なくとも恋に盲目にならずに済むのかもしれない。
そして、パイプオルガンの音はやみ・・・聖歌隊の合唱が終わった。
「終わったな・・・。入学式と演奏が。」
レイフはポツリと言った。
「ええ、終わったわね。」
だけど・・・70年前のあの時は・・・この瞬間こそが私にとっての終わりの始まりだったのだ―。




