3日目 廻星向日葵
向日葵の過去編。
―――星が落ちた時、それはこの広い世界の何処かで、誰かが死んでしまったことを表す。
私はそう教えられて来た。
それに、落ちた星の光度や形によって、何処で人が死んだのかが分かる計算、というのも教えられてきた。
『廻光星算法』……私たち廻星家は代々その計算法を受け継いできたのだ。
あれはいつの事だったか。
もう、その当時は衝撃が強すぎて、今でもその事を思い出そうとすると頭が痛くなるのが、嫌でも分かる。
それでも忘れちゃいけない。
彼が、私の代わりに生贄になったことを。
去年だ……去年の、そう、ちょうど今の時期だったか。
私はその運命の日も、“廻光星算法”を教えてもらっていた。
その日は、星の流れがおかしかった。
一日に最低でも一つは星が消えていたのを、毎日眺めていたのだが、その日は星が二つ消えたのだ。
―――それも、同時に。
私はすぐに計算を試みた。
すると、その計算の答えが示したのはここだったのだ。
ここ、《骸島》に何かが起こることを示していたのだ。
私は少し不安になったのだが、母が「どうせ何も起こらないわよ」、なんて矛盾していることを言うもんだから、その日は落ち着かなかったが、ただ何も起こらないことを祈りながら床につくのだった。
目が覚めると、《骸村》では騒ぎが起こっていた。
私は、昨夜の不安が的中したのかと、心細くなったが、まずは何が起きたのかを調べようと、すぐさま身支度を整えて家を出た。
家に、両親は居なかった。
この時、感じるべきだったのだ。
脚を動かすのを止めるべきだったのだ。
しかし、不幸というものは回避できないもので。
その日、私は見てしまう。
―――両親の、無残な姿を。
私は、悲しむ暇すら与えられなかった。
村長の骸刃さんに呼び出され、セクハラまがいの尋問を受けた。
「昨夜何があった」、「親と喧嘩でもしたよか」なんて、肩だの手だのを触りながら責め立てられた。
しまいには「お前がやったんじゃ無いのか」なんて言われる始末。
その時の私は、殺意しか抱いていなかった気がする。
両親の死なんて、どうでもいいくらいには、この村長に対する怒りが溜まっていた。
―――しかも、私の悲劇はここで終わらなかった。
その日は、私の両親の死で村は大パニック。
警官の姫岡さんや、その他有志の人たちで事件の真相を調べて奔走していた。
そんな喧騒の中、私はこの村で唯一の異性の友達、“カイトくん”に慰めてもらっていた。
カイトくんは優しくて、何があったのかを聞こうとせず、ずっと私のことを抱いていてくれた。
その時の、カイトくんの温もりは今でも忘れられないでいた。
しばらくして、カイトくんは言った。
「―――俺、今年の生贄に選ばれたんだ」
何を言ったのか、しばらく理解できなかった。
思考はフリーズし、溜まっていたドキドキや、村長に対する怒りは、いつの間にか消え去っていた。
なんて声をかけようか、ずっと分からなかった。
その時の私は、なんて言っただろうか。
もう、忘れてしまって思い出せない。
それでも、カイトくんを引き止めたのは覚えている。
泣いて泣いて泣きじゃくって。
もうカイトくんと会えないのかと思うと、余計に悲しくなった。
それでもカイトくんは、ずっと微笑みながら私を抱いてくれていた。
もう、好きで好きでたまらなかった。
カイトくんが、大好きだった。
私はその日の夜、カイトくんのご両親のご厚意で青海家に泊めてもらえることになった。
カイトくんも、カイトくんのご両親も、とても手厚く私を扱ってくれた。
本当に、温かい家庭だと思った。
私は、その日の夜、自分の両親が今日死んだことをふと思い出して、なかなか寝付くことができなかった。
だから私は、恥ずかしかったけど、勇気を出してカイトくんと一緒に寝たいと提案して、それが受け入れられた時は飛び跳ねたいくらいには嬉しかった。
しばらくカイトくんと話している内に、お手洗いに行きたくなったので、名残惜しみつつも、布団を出た私は、リビングの隣にあるトイレに向かった。
そこで、私は聞いてしまったのだ。
何か。それは、カイトくんの母親が、「私はまだ反対してるからね」というと、今度は父親が、「だが、廻星さんの言う通りにしないと」と言ったのだ。
その時、私はとあることを思い出した。
そういえば、一週間くらい前に母が、「もしものことがあったら」なんて不吉なことを言って一つの封筒を母の机の中にしまっていたのを。
もしかして、なんて嫌なことを考えついてしまったが、すぐにその思考を消し去り、私はトイレを済ませた。
部屋に戻り、再びカイトくんの隣で寝ると、カイトくんは不安で眠れなかった私を、ずっとずっと抱きしめてくれていた。
もう、好き過ぎて、頭がおかしくなりそうだった。
いつの間にか眠っていた私は、小鳥の囀る音で、心地よく目覚めた。
隣に居たはずのカイトくんは、いなかった。
布団はまだ温かかった。
私は嫌な予感が加速していくのを感じて、すぐに身支度をし、家を飛び出した。
その時、カイトくんの母親に何か言われたから、母親はいるんだなと思っていたが、父親がいる気配は全くしなかったのは不思議に思っていた。
家を飛び出した私が向かったのは、《骸山》の頂上、《骸の祭壇》。
そこでは毎年、《生贄の儀》が行われているから、そこしか考えられなかった。
途中、私は自分の家に寄って、昨夜思い当たった例の件について、調べてみた。
母の机に、白封筒は入っていた。
中には、一通の手紙が。
その内容は、簡潔に纏めると《廻星家の娘を生贄にする》ことを辞め、《代わりに青海家の息子を生贄とする》、と書かれていた。
他にも、《これは、村長命令であり、これを破ることは親であろうと許されない》とも書いてあったし、《尚、この願いは廻星家の両親によるものである》とも書いてあった。
私は、急いで走った。
何で……何で……?
本来なら、生贄になるのは私のはずだったのに。
それが、私の親の勝手な願いで、カイトくんにされてしまった。
大好きなカイトくんが苦しむ……そして、その後に残るのは完全な“虚無”。
儀式が終わってしまえば、カイトくんはカイトくんでなくなる。
それはもう、カイトくんではなく、カイトくんの抜け殻となってしまう。
だから、走った。
そうさせないために。
カイトくんの代わりに私が生贄になればいい。
それが、本来の因果なのだから。
しばらく走った。
山の頂上目指して。
そして、頂上に辿り着いた。
私の予想は的中した。
カイトくんは、祭壇の中央に立っていた。
「カイトくんッ!」
私は彼の名を叫んだ。
しかし、彼は振り向いて、こう一言。
「ごめんね」
何……それ。
心が痛めつけられような感覚。
心が締め付けられるような感覚。
苦しくて、辛くて、吐きそうだった。
でも、私はその気持ちを押し殺した。
だって、そう思ってるのは、誰よりもそう思っているのはカイトくんのはずなんだから。
彼が苦しむ姿は見たくない。
だから私が代わりに苦しむ。
でも、そんな願いは儚く消え去った。
―――儀式が始まってしまったのだ。
私は、あの時の骸刃村長のニヤケ顔を忘れない。
そしてカイトくんの、あの何かを諦めたような、悲しい顔も。
そんな彼を見て、私は言った。
「―――また、また会えるよねっ!? 私のこと忘れないよね?!」
彼は答えない。
気づいたときには、儀式が、終わっていた。
どうすることもできなかった。
私は自分の無力さを噛み締めながら、一人、自室のベッドで眠った。
その翌日のことだった。
カイトくんとカイトくんの母親が、島を出ていってしまった。
誰にも気づかれない、早朝に。
それを村長から聞かされたとき、どうしようもない殺意が私を襲った。
しかし、その殺意をこのハゲにぶつけたところで、根本的な解決にはならない。
だから、それからはずっと我慢して生きてきた。
島のおじさんたちに、何をされようが、関係なかった。
無口な態度を取るようになってからは、島の人たちの、私に対する態度もだいぶ変わってきた。
唯一普通に接してくれたのは、“シオンちゃん”と“ツバキちゃん”、あとは警官の“姫岡さん”くらいだろうか。
その他の人たちは、みんな私のことをどこか避けているようだった。
そんな、険悪な状態になって一年。
そんな生活に慣れた私は、運命と出会う。
それは、かつて私の最愛の人であり、私の心に空いた穴を埋めることができる、唯一の人物。
彼を見たときから、私の心を包んでいた闇は、少しずつ晴れていくのが分かった。
そして気づいたときには、こう叫んでいた。
「―――待って! 待ってよカイトくん!」
これが、私と、カイトくんの一年越しの再会である。
気ままに更新していきます。