1日目 encounter
7月31日、土曜日。
ついに、この日が来た。
今日の夜7時に出発し、明日の早朝4時頃到着予定の旅になる予定だ。
「海斗、準備は出来た〜?」
玄関から俺を呼ぶ声がする。母さんだ。
俺は、島へ持っていく荷物を全て入れたリュックを背負い、自分の部屋を出て玄関へと向かう。
「母さん、お待たせ。俺は準備出来てる」
「あ、そう。じゃあ行くわよ」
軽く一言ずつ会話をして、そのまま外へ出る。
しばらく、この家ともお別れだ。
まあでも一ヶ月の辛抱だ。全然我慢できる。
それにしても、骸島か……。一体あの島に、どんな秘密が隠されているのか。そして、俺の記憶は……あの少女の声は何なのか……。
俺の期待はただただ増える一方だった。期待に胸を膨らませながら、俺と母さんは骸島へ連れて行ってくれるという、知り合いの漁師さんの所へ向かうのだった。
―――これから起こる、悲劇の連続も知らずに。
■
現在太平洋を絶賛航海中です。
骸島へ向かって、約8時間が経過した。
もうそろそろ着く、とさっき船長さんが言っていたが流石に酔いが回ってきて、死にそうだ。
と、いうかもう吐きそう……。
ふと隣を見ると母さんが気絶していた。
と、いうか寝ていた。
顔を真っ青にして。
「母さん! しっかりしてくれ母さん!」
流石にマズイと思った俺はこの小型船を操縦している船長さんに聞いた。
「あの、すいません!」
「おう、どうしたボウズ!」
まさしく海の男、って感じの漁師さんが振り向き、大声で受け答えする。筋肉ムキムキで、すっげぇ逞しい身体だ。男としてはかなり憧れる。……っと、違う違う。今はそんな事を考えている場合じゃないんだった。
「母さんがそろそろ限界なのですが! まだ着きませんか!?」
「ああそのことかい! それなら安心しな、もう着くぜ!」
そう言いながら筋肉船長は、目の前を指差した。俺はその指を追い、目の前を見た。
すると一つの島があった。
あ、あれが骸島……?
「ほら奥さん! もう着きますぜ!」
「ん、んん……」
母さんも、筋肉船長のその言葉で目を覚ました。
そして船は島に近づいていく。
さぁ、到着だ。ようやくか……。
長い旅だった。ずっと変わらない景色を延々と……。
帰ってきたぞ骸島!……俺は何にも覚えてないけど。
だがいいのだ。これからその記憶を、取り戻せるかもしれないのだから!
■
「ほれ、到着だ! しばらく俺もここに住むから、帰るときは俺に言いな!」
そう言って、小さな船から俺と母さんを降ろした筋肉船長。
しばらく、住む?いや、すげえ精神力だな。もうこの島に上陸してからというもの、俺の嫌な気配センサーがビンビンと反応しているんだが。
何かが起こるとしか思えない。
まるで田舎の、この島で。
「うっ……海斗。まずは家に行くわよ。話はそれから」
酔いで吐きそうなのか、母さんも限界が近いみたいだった。
どうやらまずは家に帰るようだ。
俺は死にそうな母さんを支えながら、母さんの示す道を歩いて進んで行くことにした。
しばらく道なりに道を進むと、森の中に続く一本道が現れた。その間、特に景色に変わりはなく、周りには森・森・森……。どうやら船が止まった場所は島の居住区から離れた場所にあるらしく、全く人に遭遇しなかったし、あるのは廃墟ばかりだった。
それに、虫も多かった。既に何箇所か蚊に喰われている。
俺は母さんの言う通り、その一本道を進んでいく。
10分くらいその道を歩くと、開けた場所に出てきた。そこには大きな屋敷が一つ、あった。
「やっと、着いたわね……海斗。ここが、私達青海家の家よ」
ここが青海家の……。
と、いうことはこんなに大きな屋敷に住んでたんだな、父さん。逆に言えば、こんな広い家で一人、死んだのか。
「荷物を整理したら、さっそく父さんのお墓に行きましょ。寝たいわ」
歩いてる内に大分体調も良くなったようで、顔色も明るくなった母さんがそう言ってきた。
っていうか、あれだけ寝たのにまだ寝たいのかよ。
なんて、心の中でツッコミながらも母さんに着いていく。
家の中は、結構キレイに掃除されているみたいで、ホコリまみれかと思ったが、意外にもそれは少なかった。それにもっと軋む床を想像していたのだが、想像以上にしっかりとした床板で、軋む音どころかキュッという軽快な音が聞こえる始末だ。
まるで、新築物件の様なキレイさ。
もちろん俺は驚いたが、長旅の疲れからかツッコむ気力がなく、母さんに言われるがまま決められた自分の部屋に、背負っていたリュックを降ろし、懐中電灯やスマホ、それに一応絆創膏も持って、母さんと一緒に外へ出る。
向かった場所は家の裏にある庭だ。そこの中央に父さんの墓があるらしい。
実際、ちゃんと墓はあった。こちらも出来たばかりなのか、意外にもキレイで、何本か花も供えられていた。
「ここに父さんが……」
墓には「青海 真実」の名が刻まれていた。
始めて聞いた、父さんの名前。
母さんは、さっきそこら辺で摘んできたいくつかの花を供え、軽く手を合わせた。
俺も母さんに合わせ、手を合わせる。
「よし……ひとまずはこれでいいかな」
安らかに……眠ってくれ。
「それで……これからどうするんだ?」
「この先の道を進むと《骸村》ってとこがあるんだけど、そこの村長……つまりこの島の長に挨拶に行くわ」
骸村……の村長、か。
これは俺も会いに行ったほうがいいのだろうか。
それとも、会いに行かないほうがいいのだろうか。
と、俺は母さんに聞いてみた。
すると、
「アンタはやめときな」
「何で?」
「だって、アンタの記憶を喰わせるよう指示したのは他でもない、あの村長なんだから」
と答えた。
そうか、そう言えばそうだったな。
俺の記憶を……その村長が……。
そんなの到底許せる話じゃない。だが、今の俺にはその記憶すらない。もし何か事情があって、それで俺を差し出したのであれば、話は別だ。
その事も、あとで調べとかないとな。
「それじゃ俺は……」
「ああ、そうよ。あの娘が居るじゃない!」
突然、母さんは手をポンと叩きながら言った。
あの娘……?
「“向日葵ちゃん”。昔お隣に住んでた幼馴染の“廻星 向日葵”ちゃんよ! ……って言ってもアンタは覚えてないのか」
めぐり……ぼし、ひまわり……?
―――『また、また会えるよねっ!? ねぇ、会えるって言って―――』
刹那、俺の頭の中にあの少女の声が響く。
この声は……その娘の……?
「ねえ海斗、大丈夫なの? ボーッとして」
俺は母さんのその言葉で、ハッと意識を取り戻す。どうやら意識が切れかかっていたようだ。
「あ、うん。大丈夫……。それより母さんは行って来て。俺もそこら辺を散策してるから」
「あ、そう? じゃあ母さん行ってくるわね」
「うん、気をつけて」
俺は手を振って母さんを送り出した。
さて、俺も少しその村を散策してみるとするか。
そう思い、母さんとの距離を少し離してから歩き始めた。
彼……青海 海斗が青海家の屋敷を離れてから少しした頃。
「……まさか……海斗くん……?」
彼を見つめる少女が一人、彼を追うようにその場を後にした。
彼女の目的はただ一つ。それは……
―――好きな幼馴染に会いたい。
ただその想いだけを胸に、彼の歩いた道を確かに踏みしめながら後を追うのだった。