にんじん
タイトル:にんじん
ジャンル:日常
説明:彼女の手料理は憧れる物だが、使ってる素材が問題だ。
トントン。トントン。トントン。
包丁が何かを刻む音。とても心地よく聞こえる。
このリズムは何かを期待させる。
音の発生源はキッチン。
聞こえてくる音だけで想像しても、きっと絶対に旨いはず。
しかもだ、その料理が自分のために作られていると思うと期待は天上突破だ。
本当に俺は運がよかった。
この春に大学へ進学。なんとなく入ったサークルで出会ったのが「マユ」俺の彼女だ。
人生で初めての彼女が俺の家で料理をしてくれている。
「まるで夢見たいだ」
「ねえ。さっきからなに独り言をしゃべってるの。ずーと呼んでるのに」
「悪い悪い、ちょっと人生を振り返っててさ」
あぶないあぶない。心の声が漏れていたみたいだ。変なヤツに見えたかな。気をつけないと、こんな事で嫌われたらたまらない。
「何でもいいけどこっちにきてよ。味見して欲しいな」
よかったー。気にしてなさそうだ。そうだよね、こんな事で嫌いになるような性格の悪い彼女じゃないぜ。
戻る彼女の後を追って俺もキッチンに向かう。
そこには夢にまで見た光景『彼女の手料理』が並んでいた。
「どれもすげーうまそう、すごいなマユ」
「まだ一口も食べてないでしょ、適当なこと言わないでよね」
それでも彼女の顔は照れているのか、少し頬が赤くなったような気がする。
「これ食べてみてよ。ポテトサラダなんだけど」
スプーンに乗せて差し出されたポテサラは、ジャガイモがゴロゴロしているタイプでハムの姿も見える。
一気に一口で頬張る。
「どう? 酸っぱくないかな? マヨネーズ入れすぎたかな……」
心配そうにのぞき込んでくるマユに俺は、本当の感想を言った。
「大丈夫すごくうまいよ」
「ほんと!? よかったぁ。じゃあ食べよう」
すごくうれしそうに笑う彼女。……幸せだ。
そんな彼女を見つめながら、さらに食べようとした瞬間、違和感が襲った。
ポテサラの中で一際目立つ、赤い存在。
にんじん。
うれしさの頂点で忘れていたのか、さっき一口食べたときは入っていなかったのだろう。その悪魔の存在に全く気がつかなかった。
お察しの通り、俺はにんじんが苦手だ。いや……大嫌いだ。
小さいころから苦手で、食べることを避けていたら余計に、大嫌いになってしまった。
「これはまずい。なんとかしなくては」
彼女が揚げ物を皿に移している。から揚げのようだ。あれは大好物だから大丈夫。しかし、にんじんだけは…………。
確かに好物を聞かれ、から揚げとポテサラ、と答えたけど、あれは俺の失敗だ。実家のポテサラはにんじんが入っていない。それが普通だと思っていた。
「お待たせ! さあ食べよう」
「美味しそうだ。いただきます。まずはから揚げもらうね」
すごく柔らかくて味もよく染みこんでいて、すごく美味しい。それなのに……。
「から揚げばかりじゃなくて、こっちのサラダも食べてよ。少しコショウ入れたから、さっきと味が変わったかな」
そう言うとにんじんが一杯入ったポテサラを差し出してきた。しかしどうしても食べるのを躊躇してしまう。そんな顔を浮かべていると彼女の顔が少し曇る。
「どうかした? あれコショウ嫌いだった?」
「いやいや…………そうじゃないよ。食べるよ」
勢いに任せてポテサラを取ると、運悪くにんじんがたっぷりの場所を取ってしまった。
……もう覚悟を決めるしかない。嫌われたら二度と彼女なんて俺にはできない!
一気に流し込む。もう何も考えずに、一気に咀嚼する…………。あれ? 意外と気にならないぞ。もう一口食べてみる。
「うまい、このにんじん」
「にんじん好きだったんだね」
どうしてなのか、これが食べず嫌いというやつなのだろうか。それともマユが作った物だから美味しかったかは謎だ。
どちらでもいい、切り抜けた。そう思った次の瞬間の言葉が最悪だった。
「そっかーにんじん好きなんだ、じゃあ次はにんじん一杯つかった料理を作るね」
どうやらにんじん嫌いは近いうちに強制的に卒業しそうだ。
ちなみに嫌いな野菜はトマトです。
そこまでにんじんが嫌いだと言う人に会ったことがない。
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