どうせ結末が変わらないのなら
展開が少し早いのでゆっくり読んでいただけると助かります。
どうして、人は、他人を助けるのだろう。
どうして、すぐに自棄になってしまうのだろう。
…どうして笑ったり泣いたり、感情を表に出すのだろう。
僕──渡瀬怜希はそういう感情を表現する行動が嫌いだった。
感情に左右されていては何も出来なくなる。
この考えは僕の信条であり。
またコンプレックスでもあった。
こんなひねくれた僕が在るのはきっと前の僕がそうだったから。
一昨年、僕が高校一年生のとき、父親が急死した。
良い父親だった。僕を支えてくれた、優しい人だった。
だから僕は泣いた。
気丈に振舞おうともせず、泣き続けた。
無慈悲な現実に打ちのめされた後。
泣き疲れて、泣いている意味を無くして。
次の日からは無理やりに笑って明るい自分を演じた。
去年、同じクラスの親友が転校する事になった。
今度こそ、悲しさを見せないように見送ろうとして。
笑って、別れようとした。
そしたら彼も笑ってくれるだろうと。
彼の家の前まで行き、車に乗る直前に精一杯の笑顔で見送った。
けど彼は別れの挨拶を告げた後に泣いて。
「行きたくない」
と、呟きながらこの街を出て行った。
僕はどうすれば良かったんだろうな。
笑ったって泣いたって、結局は何も変わらないって。
そう思うのも仕方ないだろ。
実質は感情なんて役に立たない。
だから僕は静かに、独りで、無表情を着飾って生きていく。
もう、こんな思いは二度としなくていいように。
そう決めていたはずだったのに。
僕はまた、過ちを犯すことになる。
高校三年生の初日。僕がクラスの隅でひっそりと佇んでいたとき。
一人の女の子に声を掛けられた。
「君、いっつも一人だね。ねぇ渡瀬くん。良かったら私と友達になってよ。」
それが気遣いなのか、本気なのかはわからなかった。
でも前者では無かったのではないか、と思う。
だってその子も独りだったから。
そこにちょっとした運命を感じた僕は。
二つ返事で了承し、友達になることにした。
彼女の名前は山吹彩葉と、言うらしい。
髪が短くて、明るくて、それでいてとても表情が豊かで。
まるで漫画から飛び出してきたかのような可愛い女の子だった。
無愛想で無口な僕を引っ張ってくれて。
奇遇にも家が近かったため、一緒に帰る事も多かった。
僕たちはすぐに仲良くなり、毎日のように一緒に遊んだ。
ゲームをしている時も、小説を読んでいる時ですら、彼女は弾けるような笑顔で笑っていた。
その無邪気な姿を見ていると、心が洗われるように澄んだ気持ちになった。
…そのころからなんとなく僕も笑えるようになっていったんだと思う。
とある日、一緒に帰っていたときに。
なんとなく気になって、
「何で今まで友達がいなかったんだ?」
と問うと、彩葉は
「ずっと…もう五年くらいかな?入院してたからさ。学校来れなかったんだ。」
寂しそうな笑顔でそう答えた。
そうだったのか…。悪いことを聞いてしまったな。
「すまん。そんなことがあったとは…。」
「あぁ、いや、大丈夫だよ!?今はもう平気だし。それに…」
少し前に駆けてから振り向いて
「今は怜希がいてくれるしね!」
そういって笑った。
その笑顔に、僕の感情は突き動かされた。
「…っ」
こんな気持ちはもう絶対に嫌だったのに。
彼女に出会ってからは変わってしまった。
もう、耐えきれるはずがなかった。
今まで封じ込めていた自分が一気に外に出てくるような。
そんな抱えきれなくなった気持ちを伝えた。
「彩葉…。」
「なーに?」
一息、置いて。
「好きだ」
言ってしまった。本当の自分を出したのは久しぶりだった。
今の僕はどんな表情をしているのだろう。分からない。せめて笑っているといいが。
目の前の彩葉も、困ったような、嬉しそうな、今にも泣いてしまいそうな、複雑な感情を織り交ぜた表情でこちらを見つめていた。
数秒たって、意識が覚醒して。
返事はいつでもいい、と次の言葉を紡ごうとしたところ。
彼女の目が伏せられ、ドサッ、と大きな音を立て、唐突にその場に倒れた。
「え…?」
しゃがみ込む。彼女の頬に手を当ててみる。
形容しがたいほどに冷たかった。
いったい何が起きたんだ?
状況も把握しないまま、僕は無意識のうちに叫んでいた。
「おい、目を覚ませよ、おい、彩葉?彩葉ぁっ!」
叫んだ声は物静かな住宅街に。
強く、静かに響き渡った。
────ピッ ピッ ピッ ピッ
定期的なリズムを繰り返す音が響く真っ白な病室。
そこのベッドに彩葉は眠っていて。
その横に僕は座っていた。
倒れた理由は医者が詳しく説明していたけどよくわからなかった。
でも一言だけ耳に入った。
「感情が強く動かされたからでしょう」
あの告白から一週間がたっていたけれど。
彩葉はあれから一度も目を覚まさなかった。
どうしてこうなったんだろう。
僕が何かしただろうか。ねぇ、神様。僕は何か罪を犯しただろうか?
こんなことなら告白なんてしなければよかった。
後悔の念が心を支配する。
もう嫌だ。
何故僕の大事な人はこうも簡単に消えてしまう。
一体何回繰り返せばいいんだ?悲しむ暇すらないじゃないか。
激しい負の感情が僕の中を渦巻く。
僕のせいで彩葉が死んだのは分かっている。
図々しいのも分かっているけれど。
もう一度だけ彩葉に会わせてほしい。
もう少しだけ時間をくれないか。
頼むからもう僕の大事な人を奪わないでくれ…。
その願いが届いたのか、はたまたただの偶然か。
彩葉の目がほんの少し開いた。
そして儚く、か細い声が鼓膜を揺らした。
「…れいき…?」
「彩葉…?彩葉!そうだ、俺だぞ!」
即座に反応する。せめて一秒でも長く彼女の声を聴きたかったから。
「…へへ…怜希…好きだよ…私も、大好きだぁ…」
「えっ…」
突然の告白に反応できずにいると。彩葉が、
「君はいつも…表情をみせなかったよね…これからは…ちゃんと笑うんだよ…」
そう言って微かな笑みを浮かべた後。
また目が閉じられると同時にピッ─────と長い音が鳴った。
何が起こったかなんて明白だった。
一応、隣にある機械を確認する。
認めたくなかったから。
でも現実を突きつけるかのように。
今まで波打っていた一本の線が完全な直線になり。
その隣には「0」という数字が表示されていた。
今まであった命がこうも簡単に消えてしまった。
涙が零れる。どうしようもなく次から次へと溢れる。
泣いたのなんていつ振りだろう。
治ったんじゃなかったのか、平気なんじゃなかったのか。
もう嫌なんだよ、本当に。目の前で人がいなくなるのは。
返事だけしていなくなるなんてズルいだろう…。
もう君と手をつないで歩くことすらできないのに。
君といることが幸せだったのに。
嫌いになるわけないと思っていたけど。
もう、君なんて、好きだけど嫌いだよ。
…あぁそうだ。嫌いだ。
僕のことを見ていない君なんて。
彩葉が最期に遺してくれた言葉を思い出す。
そうだ、笑ってやる。開き直ってやる。
恋愛はもうできないかもしれないけど。
絶対幸せになってやる。
…その前に一つだけ。
涙を拭って、彼女の手のひらを握って。
「ありがとう」
そう言って笑った。
聞こえているはずがないのに。
彩葉の口元も微笑んでいるように見えた。