恋枕~末の松山~4
錦の紅葉すらも散り始め、皆が少しずつ年の暮れを意識し始めた頃。
「そういえば、則光が遠江の地方官に任じられるかもしれないのですって」
御前に参上していた時、ふいに皇后様がそうおっしゃった。
清少納言がはっと顔を上げたのを御覧になると、中宮様は微笑んで続けられる。
「妹の耳には入れてやれと帝が教えてくださったの。除目があるまでは、はっきりと決まったとは言えないけれど」
清少納言は深々と頭を下げた。
「お心遣い痛み入ります」
「兄と離れるのはつらいことかもしれないけれど、昇進を喜んであげなさいね」
伊周様と隆家様がようやく京に戻って来られるという時分だったから、皇后様のお言葉はご自身のご経験に基づいてのことだろうと察せられた。
清少納言もそれを思ってか、より深く平伏した。
翌日。則光さんが清少納言を訪ねてきたので、彼女はさっそく昇進のことを話していた。
則光さんの反応は意外にも薄かった。
「ありがたいことだが、そのことを他の人に触れ回ったりするのはやめてくれよ」
「もっと大喜びするかと思ったわ」
清少納言も則光さんのあっさりした態度に拍子抜けした様子である。
「まだ正式に伝えられたわけでもないのに大騒ぎして、いざ除目の時に何の変わりもなかったら情けないじゃないか」
「でも、せっかく帝や中宮様がわざわざ教えてくださったのよ。もう少し喜んで見せてもいいじゃない」
「ぬか喜びだった時に恥をかくのは俺だろう」
「またそんな情けないこと言って」
「俺は慎重なんだよ」
「意気地がないんだわ」
ちょっとしたことで言い合いをし始める二人である。
部屋の前で騒ぎ立てるのもみっともないので、私が清少納言の前に割って入ることになるのだった。
則光さんが帰ってしまってから、清少納言は盛大にため息をついた。
「兄さんは嬉しくないのかしら。伝え甲斐のない人だわ」
「清少納言さんにとっても、お兄さんの出世は喜ばしいことですか」
私の言葉に、清少納言は少しだけ間をおいて答える。
「誰だって嬉しいものでしょう」
彼女はこういう時自分のことをはっきりと口にしたがらない。
普段は嫌というほどすっぱり物を言う性格なのに、肝心なことは教えてはくれないのだ。
それが私にひどく虚しさを覚えさせるのである。
私が彼女を理解したいと思うことは、彼女にとって取るに足らないことなのだ。
清少納言の関心は、いつだって皇后様にあったのだから。
そうであるならば、私の探求心も彼女の与り知らぬところだろう。




