恋枕~末の松山~2
しばらくして、橘則光さんが私のことを訪ねてきた。
「妹が、秘密を守り通す方法に詳しいのはあなただと言うもので」
私は清少納言の冗談を真に受けて、馬鹿正直に参内してきた彼に呆れてしまう。
「話したくとも口が利けませんから、紙と硯と筆が無ければいくらでも黙っていられるというだけです」
私が御簾の下から出した紙を読んで、則光さんはがっくりと肩を落とす。
「斉信様から妹の場所を吐けと問い詰められて参っているんです」
則光さんは、斉信様の家で家司として働いているのだった。
毎日顔を合わせる度に問い詰められれば、うんざりしてしまうのも仕方ない。
「妹にからかわれたのですね。私が本当にあなたを訪ねたと知れば、さぞ笑うことだろうなあ」
則光さんは憎らしげに呟いた。
「いや、時間を取らせて申し訳ない。あまり長居するとご主人様に見つかってしまう。あなたにまで疑いの目を向けさせては、後で妹に何を言われるか分かったものじゃない」
そう言うと、則光さんは帰って行った。
私が聞く限りでは、清少納言の居場所を知っているのは則光さんとその弟含め、何人かの気の置けない人物だけだということだった。
見るからに隠しごとが苦手そうな則光さんのことだから、少しでも秘密を共有する仲間と相見える時間が欲しかったのだろう。
その翌日か翌々日かに、公任様が箏の稽古をつけにいらっしゃった。
「そういえば、君は清少納言の居所を知らないのか?」
世間話の途中で、思い出したように公任様が尋ねる。
私は何も言わずに首を傾げた。
「君なら知っているかと思ったんだが」
疑わしげな目を知らん顔してやり過ごす。くちなしの君は、こういう時には都合がいい肩書きであった。
「斉信が彼女と話ができないのは退屈で仕方ないと癇癪を起しているのだよ。毎日彼女の兄貴分に当たり散らしているよ。彼が居所を知らないはずがないからね」
公任様は、くつくつと楽しそうな笑い声をあげて話す。
確かに、お二人の見立ては正しい。宮中で兄を名乗っている則光さんが、妹の場所を知らないはずはない。それ以前に、彼女が看病しに行った則長は、彼自身の息子でもあるのだから。
癇癪を起す斉信様はあまり想像できなかったが、公任様のおっしゃることなら、一回りくらい話が大きくなっていても不思議はない。
「昨日なんて、家に集めた客人の前で斉信が則光を質問責めにするものだから、見ているこっちが気の毒になってしまったよ。困り果てた則光のやつ、どうしたと思う?」
私が再び首を傾げるのを見て、公任様はにやにやと笑いながら続けた。
「皿に盛ってあったわかめをありったけ口に入れたんだ。あの大きい手でわし掴むから、相当な量だったと思うよ。頬が毬のように膨らんでそれは面白い顔だった」
そう言って、公任様は自分の頬を膨らませて見せる。
おどけた公任様の様子がおかしくて笑ってしまうけれども、則光さんの立場を思えば気の毒ではあった。
きっと、私と会っていたことで咄嗟に「口が利けなければいい」と思い当たったのだろう。そうして、間の抜けた顔を大勢の前で晒す羽目になったのだ。
「あまり則光さんをからかわないで差し上げてくださいね」
そうお伝えすると、公任様はにやにやと笑っていた。
「おや、則光を庇うということは君も共犯者かな?」
私はその質問には答えず、その辺にいた童に厨からわかめを持ってこさせたら、公任様は笑って帰って行った。




