表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
枕式部日記  作者: 佐藤香
10/16

恋枕~末の松山~

 新しい紙を公任様にいただいた。宮仕え復帰のお祝いだそうだ。

 別に祝うようなことではないと思うのだけれど、いただけるというものはいただいておくことにする。

 さっそく何か書こうとは思うけれども、今は特に変わったことも起きていない。

 手慰みに、皇后様に仕えていた時のことでも書こうかしら。

 清少納言のことなら、語るに困らない。

 それほど彼女の周りには色々な人がいて、色々なことがあった。

 彼女の明るさと聡明さは、私や皇后様だけでなく宮中の男性方も惹きつけた。

だから、恋にまつわる話も見聞きすることは多かったのだ。

当時書いていた日記にも色恋に関する話が書き散らかしてあった。

せっかくだから、それらをまとめてみるのもいいかもしれない。

本人に伝わったら面倒なので、誰にも見せることのないように気を付けて書いていこうと思う。




 皇后様のご兄弟である伊周様と隆家様が、花山院に対する不敬の罪を赦された頃。

 まだ今の中宮様が入内される前のことである。

 私が里居から宮中に戻ってくるのと入れ替わるように、清少納言が再び里に帰ると言い出した。

 それまでも突拍子もないことを言い出すことはままあったが、その時も突然であった。

 ある日の朝、私が物音に目を覚ますと、清少納言は里帰りのための荷造りをしていた。

 私が驚いて体を起こすと、彼女は「起きたの」と呟くように言った。

こちらを振り返ることもなく着物を畳んでいたので、自分に声をかけたのだと気が付くのに少し時間がかかった。

 私はまだ声が満足に出ない時で、清少納言相手でも寝起きにとっさの返事はできない。

 それでも彼女は私が聞いていると判断したのだろう。着物を詰める手を止めないまま話を始めた。

「息子の則長が風邪を引いたらしいの。大したことはないというけれど、一応心配だから様子を見てくるわ」

 則長というのは、清少納言と則光さんとの間にできた子供だ。私よりも五つ下で、則光さんに似て元気な青年だという。

 しかし、清少納言が里居するとあっては、黙っていない人が大勢いる。

 特に前の里居が長く、皇后様ですら御前に参上させるのに骨を折られたほどだったから、反対する人も多いだろうと思った。

 清少納言もそのことはよく分かっているようだった。

「私の居場所は誰にも言わないこと」

 この秘密の里居は、ごく一部の人間にしか知らせていないというのだ。

私は素姓法師の歌を諳んじて見せた。


   山吹の花色衣主や“何処”問えど答えずくちなしにて


「ほとんど口の利けない私が、どうしてあなたの居所を口外できましょうか」

 本来であれば「主や“誰”」となるところである。くちなしの実で染めた衣に、その色の主が誰か尋ねたところで返事はない。口無しだから、という洒落のような句だ。

 私の答えに清少納言は呆れたように笑った。

「あなたほど秘密を守れる人もそういないわね」

 まだ満足に日も昇らないうちに、清少納言は里に帰って行った。

 朝の仕事があったので、見送りはしなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ