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作戦発動前夜

 漸号作戦が裁可された参謀本部はにわかにあわただしくなった。どのように参加兵力を捻出するか、それをどのように運ぶか、司令部の構成はどのようにするか――参謀本部が考えなければならないことはたくさんあるのだ。


 新しく軍が編成され、第二七軍と命名された。麾下に五個軍団十五個師団を置く軍であり、司令長官には猛将で知られる貝谷大将が置かれた。


「本職の全身全霊を以って皇帝陛下ならびに参謀総長宮殿下のご期待に応えます」


 筋骨隆々としカーキ色の軍服がはちきれんばかりの貝谷大将は、儀礼的な参謀総長へのあいさつで、そのように言った。


「攻勢をかける際も無理をしないこと、戦闘が泥沼化しないように注意すること、以上の二点を気を付けてください」


 なぜよりによってこの人選なのだ、と真崎次長に心の中で舌打ちをしながら、貝谷に対して注意点を述べた。貝谷は猛将であるが裏を返せば精密で巧緻な作戦であるとか、詭計を用いることは苦手であり、容易に消耗戦に陥りかねない今回の作戦には不向きなように思えたのであった。


 作戦もこの段階まで来てしまうと、音羽が考えることはほとんどなくなってしまう。下から上げられた準備計画やその実施を決裁し、前線から送られてきた報告書に目を通し、前線の作戦計画に対して許可を与える。名前と花押さえかければ誰でもできるような仕事ばかりである。


 ひたすら機械的に事務を処理していく音羽に対して、危惧を覚えたのは真琴であった。どのような些事もおろそかにしない音羽であり、このような機械的な事務でも一応きちんと目を通し了解したうえで決裁している。大規模な作戦前はその量が尋常ではないから、担当者を呼び出して概要を説明させる量も増えたし、可能な限り迅速に処理しているとはいえ、膨大な量はひたすら音羽を追い詰めているのではないかと思う。

 せめて作戦計画に音羽が意義を見出していれば救いがあるが、それすらないのであった。


「少し休めば良いのに。体壊すよ?」


 休日返上で朝から晩まで仕事をする音羽に――もちろんその場合は真琴にも休日などないのであるが――真琴は声をかける。


「この作戦の実施期間中はあまり休みたくないの。何か問題が生じた時にすぐに応急措置をとらなければならないから。まこちゃんには悪いけど、それが私の仕事だし」


 参謀総長と参謀次長に信頼関係が醸成されていれば、参謀総長が出勤していない間に全ての権限を次長に預けることで、効率的に仕事をすることができる。しかし、音羽と真崎は仲が良いどころか対立している。音羽は可能な限り自分に情報と形ばかりとはいえ決裁の権限を集めておくことで、何か問題が生じた時にイニシアチブをとれるようにしておきたいという考えがあった。


「……そろそろ真崎次長にはご退場を願いたいの。そういう時に問題処理を彼に任せるのは不都合だわ」


 音羽の言葉に納得した真琴ではあるが、かといって音羽の体を気遣う気持ちには変わりなかった。

 とはいえ、客観的に見れば真琴も激務に耐えていた。音羽の名代として、参謀本部や陸軍省を駆け回り、時には海軍の軍令部にまで顔を出している始末であった。少なくとも、体力的には音羽よりもきついものがあるだろう。


 陸軍省や参謀本部の中には音羽に対する反感も根強いものがあるし、そのとばっちりを真琴も受けるのだが、一方で反感を抱く者でも音羽や真琴が勤勉であることは否定できなかったし、さらにその勤勉さが組織に害を与えるということは言えなかったのである。つまり優秀な働き者というわけであって、そこは彼女たちを知る者は認めざるを得なかった。

 音羽に対しては、皇族軍人で参謀総長であるのにそこまで働くことはないのではないか、と歴代の参謀総長のことを引き合いに出して問題視する者もいたが、真琴の精勤ぶりに対しては、好意的な目で見られていた。そのため、音羽と対立する真崎次長や荒谷大臣、あるいは彼らに連なる人物といえども、真琴に足して意地悪なことをしなかった。


 彼女たちが仕事に忙殺されている間、前線は不気味なほど静けさを湛えていた。敵軍に攻勢の意図なし――情報を収集している第二部からはそのような見解が届けられる。

 敵軍に攻勢する余裕がないのか、戦略上の問題なのか――音羽の関心はそこにあった。


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