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会議の後

 大本営会議のあと、音羽はいつも不機嫌そうに帰ってくる。特に今日は、漸号作戦が大本営会議でも通過したことがあって、いつも以上に不機嫌なように真琴には思えた。


「陸海軍それぞれ栄達する人は優秀で立派な人よ」


 音羽は独りごとなのか愚痴なのか、真琴には判断がつかない口調でぼやいた。


「でも、どうも将官級にもなると考え方が古いのよね」


 これは音羽が常日頃から言っていることであって、真琴からすれば耳にタコができるほど聞いていた。

 真琴は職務上様々な陸軍軍人と会うから、特に若手将校と陸軍省や参謀本部の幹部との考え方には隔たりがあることを知っていた。


 どちらが正しいのか、といことについて、真琴は論評をする立場にないし、それだけの見識がないことを分かっている。それを承知でなお言うことがあるとすれば、戦争勃発から一年以上経つが、戦線はほとんど動いていないのはそのどちらに責任があるかといえば明確だ、ということのみであった。

 音羽は右肩をぐるぐる回しながらため息をついた。


「肩こってるの?」

「うーん、こっているというか、こっている気分になるわ」


 気づかれなのだろう、真琴は音羽が気の毒に思えてくる。幼いころのように貧しくも自由がある生活と、現在のように裕福で名誉があるけども無形の鎖につながれているような状況と、どちらの方が果たして音羽は幸せだと言うのだろうか。


「漸号作戦はおそらく十五個師団の動員では済まないと思う」


 ぽつりと音羽はつぶやいた。


「どういうこと?」

「十五個師団では確実に作戦は失敗する。けど、大都という都市の芳香はそれで我が軍をあきらめさせるような弱々しいものではないと思うの」


 参謀総長という顕職にありながら、しかし、自分の部下たちが愚行を形にするのを抑えられない苦々しさがその表情には浮かんでいた。あるいは音羽が慎重すぎるだけなのかもしれないが、冒険的であるよりは軍事指導者として好ましいのではないかと真琴は思う。


「兵力の逐次投入という愚行はどうにかして阻止したいけど、できなければできないで次長更迭の理由にはなるか」


 ちょうど、裏菊会で田代中佐がつぶやいたのと同様の発言を音羽はした。

 次長更迭に成功すれば音羽としては振る舞いやすくなるだろう。それは真琴にとっても吉報であった。彼女の精神的負担はその重責によるものもそうであるが、それ以上に参謀本部内での総長派と次長派の派閥争いが存在するからである。ここで次長更迭に成功し、音羽とより協調できる者が就任できれば、真琴としてもありがたい限りだ。


「とはいえ、無制限に投入できるものでもないし、どこかで歯止めをかけなければならないんじゃないの?」

「歯止めをかける時が次長更迭の時ね」


 音羽は真琴の言葉に頷いた。


「……それにしても最もかわいそうなのは無益な戦いに投入される前線の兵士、か」


 音羽は慨嘆する。その視点があるだけでも、前線で戦った経験のある真琴としては好ましいものに思える。

 浦東会戦で連隊本部を支えている時に思ったものだ。師団司令部は全く現場のことを分かっていない、と。ましてや参謀本部は前線から遠いこと甚だしい。そのトップが前線の兵士を思いやる心情を持っているだけで、真琴としては良いことに思えるのだ。


「準備時間も含めれば作戦の発動は九月に入るかな……年内に決着がつけばいいのだけど」


 音羽のつぶやきは、真琴には重苦しいものに感じられた。


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