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大本営会議

 参謀総長決裁によって、残るは皇帝の裁可を待つのみとなった漸号作戦計画要綱は、翌日の大本営会議の議題として取り上げられることになった。


 大本営は戦争遂行の最高司令部であり、陸軍の参謀本部、海軍の軍令部が共同で組織するものであって、事実上はこの二つの組織に分かれている。その中でも大本営会議は唯一陸海軍が合同する組織であり、大本営の最高機関であった。大元帥たる皇帝の臨席のもと、大本営を構成する人員としては参謀総長、軍令部総長、参謀次長、軍令部次長、陸海軍それぞれの第一部長と作戦課長が出席する。更に、政府の代表として、内閣総理大臣、陸軍大臣、海軍大臣が出席することが許されていた


 音羽としては、出席するだけばかばかしい会議である。皇族軍人である参謀総長や課軍令部総長が発言する機会はほとんどない。彼女が本来言うべきことは全て参謀次長が言うのである。せめて、副官の同行が可能であれば、真琴の勉強にもなるし、出席する価値があるのだが、残念ながらそれは認められていなかった。


「漸号作戦が成功すれば敵軍は分断され、我々には各個撃破の機会が与えられる――」


 参謀本部第一部長の土岐少将が列席者に作戦の意義を説いている間、彼女は欠伸を噛み殺すのに必死であった。この作戦計画の立案において、彼女ができるささやかな抵抗は全てやった。この段階までくれば作戦の裁可と発動は免れない。


 愚にもつかぬ作戦だと彼女は思う。敵軍の分断と包囲というものは兵力と速度が大切になってくる。前者は兵力の集中運用や陽動による敵の兵力分散などで対処できたとしても、後者はこの戦争において致命的に欠落していた。

 不必要に将兵を消耗するのは音羽としては喜ばしいことではない。泰華共和国も北方帝国も人口という面では豊葦原帝国に勝る。北方帝国は大陸西部にも軍隊を派遣しているとはいえ、無様な消耗戦に陥った時にどちらが生き残るか、音羽としては見え透いているのである。


 だが、陸軍からも海軍からも、もちろん大元帥たる皇帝からも、特に異議は出ず、二つ三つほどの質問が海軍から出て、大した議論もなく通過した。明日にでもこの作戦計画は裁可されるであろう。


 次もまた陸軍からの議題であった。


「物資の輸送について、海軍は海上護衛に力を入れていると言うが、本当か?」


 参謀次長の真崎中将の発言である。彼は先月、先々月における輸送船の被害を事細かに描写して、海軍を罵った。


「参謀次長はそうおっしゃられるが、我が海軍としても万全を期している」


 憮然として反論したのは軍令部次長の末永中将であった。


「我々は海防艦や砲艦以外にも駆逐艦などを割いて船団護衛や潜水艦の排除を行っている」

「それが実効性を伴っていないからこうなっているのではないか」


 皇帝の御前でなければ、あるいは真崎は怒号を発していたかもしれない。


「物資を運んでいるのは誰だと思っているのだ」


 末永中将は憮然としたまま答える。これが公的な場所でなければ、あるいは辛辣な言葉がたたみかけられていたかもしれない。


「陸軍としては物資の円滑な輸送に海軍にご協力を頂きたいのです」


 たまらず、音羽は口を出した。真崎は海軍と喧嘩するばかりで、このような時には仲裁をしなければならないのが、音羽にはたまらなく憂鬱だった。お飾りだというのであれば、これくらいも自分たちで解決してほしい。それすらもできないのであればもっと自分の発言権を強化してほしいと思うのであった。


「前線将兵を食べさせ、戦わせるには本国からの補給が不可欠で、海上輸送を行う以上、海軍の協力が不可欠です。さらに、本国において戦時の経済を支えるにも海外資源が必須であり、海軍の力なくして自立できません。今後とも船団護衛、海上護衛、通商保護に力を入れてほしいというのは私のみならず全陸軍の願いなのです」


 皇族であり参謀総長であり、内親王であり皇帝の姪にあたる音羽にここまで言われれば海軍としても反駁はできないし、しかも真崎とは異なり辞を低くした言葉であったから、海軍当局の神経を逆なでしなかった。


「伏見大将宮殿下のおっしゃる通りですな。海軍も全力を尽くします」


 末永中将がそう約束して、海上輸送の議題は終了した。


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