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魔王から学ぶ魔王の倒しかた  作者: 唯野bitter
第1章
43/459

外伝 とある弟バカの姉の話

今回は時間の流れが分かりにくいかもしれません。

「オギャー!オギャー!」



 緊張した私の耳に、寝室から元気な赤ちゃんの泣き声が聞こえる。

 私は高鳴る胸を抑えつけながら、寝室への扉を開ける。寝室には息が荒いお母さんと赤ちゃんを抱いている産婆さんがいた。



「お母さん!」

「はぁ……はぁ……」

「あらチフールちゃん、元気な男の子が生まれたよ。抱いてみな」



 産婆さんから生まれたばかりの赤ちゃんを受け取る。口から放たれる泣き声やもがくように動かしている手を見てこの子が生きているんだと感じることが出来る。



「可愛い……」

「私も産婆をやって長いけどこんなに可愛い子は始めてだよ。きっと将来はかっこよくなるだろうねぇ」

「本当に可愛い……、ホントウニタベチャイ……」

「チフールちゃん?目が怖いよ?」



 ベッドで寝ているお母さんをの息が整ったのか少し弱々しく話す。



「そう言えば、チフールにはこの子の名前を考えてもらっていたわね。決まった?」

「うん!この子の名前は『ロワ』にする!」



 こうして私には可愛い弟が出来た。





☆   ☆   ☆   ☆





「ロワ―、誕生日プレゼントだよー」

「お姉ちゃんありがとー」



 今日はロワの5歳の誕生日。私は一年掛けて準備した渾身のプレゼントを渡す。



「開けていい?」

「もちろん」



 ロワは満面の笑みでプレゼントを開け始める。本当にロワは可愛いなあ。

 ごちそうを準備していたお母さんがプレゼントをもってやってきた。



「あらあら、チフールはプレゼントに何を選んだのかなー?」

「わあー、可愛いぬいぐるみだー。お姉ちゃんありがとー」

「えへへ」



 お小遣いを全てプレゼントにつぎ込んだけど、弟の可愛い笑顔が見られたなら安い買い物ね。



「お母さんからは文房具をプレゼント。お勉強も頑張ってね」

「お母さんもありがとー」



 ぬいぐるみと文房具を抱えて微笑むロワ。



「そういえばお父さんは?」



 ロワの言葉に私とお母さんとの間に凍るような空気が流れる。流石にいつの間にか居なくなっていて。何をしているかも分からないなんて言えないわよね。



「えっとね、お父さんは───」

「帰ったぞー、ロワはいるかー?」

「「!?」」



 玄関から気の抜けた男の声がする。その声に私とお母さんは思わず玄関の方へと視線を移した。



「どうしたの?お母さんもお姉ちゃんもびっくりしているの?」

「あ、いやそうじゃなくて」

「お、いたいた。せっかく帰ってきたのにお出迎えもなしか?」



 リビングに男が入ってくる。ロワはその男を見るとプレゼントが渡された時よりも笑顔になった。



「お父さん!」

「よお、久しぶりだな」



 父であるトレットが軽く手を上げる。そんな父を見たお母さんが呆れたようにため息を吐く。



「今まで何していたの?」

「なんだ、心配でもしてくれたのか?」

「あなたがお金稼がないでどうするの!」

「ああ金か。ほい」



 父はアイテムボックスから大きな袋を取り出してお母さんへと渡す。お母さんは袋を覗くと目を見開いてお父さんを見る。



「こんな大金どうしたの!?」

「北でデーモンが出たと聞いたから戦ってきた。一人で」

「一人で!?」

「こいつは懸賞金だ」


 

 やっぱり父は何かがおかしい気がする。デーモン討伐は最低でもA級のパーティを10組は用意するはずだ。一人で倒すなんて自殺行為に等しい。



「お父さんすごーい」

「ははは、そうだろう」



 それを知ってか知らずかロワは無邪気に笑う。父もロワの話をきいて胸を張りながら大笑いする。

 父は一通り笑った後、思い出したかのようにアイテムボックスから何かを取り出した。

 


「そういえば今日はロワの誕生日だったな。ほら、プレゼントだぞ」

「わあー、ありがとう!」

「父がプレゼント……?」

「トレットさんがロワの誕生日を覚えて……?」

「失礼だな。俺だって息子の誕生日くらい覚えているさ」



 明日は槍が降ってくるかしら?

 ロワは細長い包みを渡されると間髪入れずに開けにかかる。



「わあ!弓だ!」

「子供の用の弓を俺が改良したものだ。使いやすさは市販のものより格段に上だ」

「お父さんありがとう!」


 

 父は弓に関してだけは天才的ですからね。弓の完成度に関しては信頼はできますわね。

 弓を受け取ったロワは私たちのプレゼントよりも嬉しそうに笑ってますわね。気に入らない……。



「どうにか父を消さないと……戦いでは勝てないから料理に毒を……」

「おーい、実の父を毒殺しようとするな」

「うふふ、冗談ですわよ」

「その手に持っているナイフを置いてから言おうな」



 おっと、私ったらいけない。無意識にナイフを持っていたなんて。



「明日からは俺がロワに弓を教えてやろう」

「本当に!?やった!」



 今日一番の笑顔でロワが父に抱きつく。……本当に毒を入れようかしら?



「次にどこか行く時は私に行ってくださいね?」

「お前に言ったら確実に止めるだろ」

「当たり前よ。子供を放っておいて長い間家を出るのを許すわけないでしょ」



 『理不尽だ』と父が呟きながら座り込んで地面に『の』の字を描く。



「はいはい、いじけてないでご馳走食べますよ」

「わーい、ご飯だー」



 次の日からロワは父に弓を教わることになった。




☆   ☆   ☆   ☆




 

 放課後、私とロワは仲良く学校からの帰り道を歩いて───いなかった。


 

「そんなに落ち込むことないわよ」

「……でも」



 ロワが父と特訓をするようになって3年。ロワは弓が上達しなくて落ち込んでいた。優秀な父と比べられたり、そうでなくても一度も的に中らないロワはからかわれるには丁度いい。

 可愛い弟のためなら力になってあげたいけど、私じゃロワが上達する方法が分からない。

 こんなときに肝心の父はロワを置いてどこかに行っちゃったし、本当にどうすればいいのよ。



「えっと、弓だけが人生じゃないし辛かったら辞めてもいいんだよ?」

「……お姉ちゃんはいいよね。弓の扱いは学校でもトップだし」



 しまった、慰めるつもりが逆に落ち込ませちゃった。私が何か言っても嫌味にしか聞こえないか。どうしたらいいのかしら?



「えっとね、そういうつもりじゃなくて、父親が弓使いだからって無理に弓の練習しなくてもいいんじゃないかなって……」

「……お父さんは僕にとって憧れなんだ。簡単に諦めることなんて出来ないよ」

「でも……」

「うるさいな!僕の勝手でしょ!」



 ロワが声を張り上げる。その声には悲痛な思いが含まれていた。おとなしいロワがこんなに大きな声を上げるなんて……。

 ロワはすぐに我にかえって、元の落ち込んだ表情に戻った。



「ご、ごめんねお姉ちゃん」

「いいのよ。お姉ちゃんこそ無責任なこと言っちゃったわね」



 ロワは無理に笑顔を作ると赤く照らされた道を歩いていく。

 私がどうにかしないと。私がロワを守らないと。





☆   ☆   ☆   ☆





「皆さん、集まりましたわね?」



 次の日の放課後、私は講堂に学校の女子達を集めた。広い講堂が埋まってしまう程の人の前に私は立っている。皆からの視線が突き刺さりプレッシャーに押しつぶされそうになる。けれども、私はこんなところで負けるわけにはいかない。

 全精神力を持って平静を装う。



「今回の議題にですが……」

「ちょっと待ってチフール、こんな多くの女の子を集めて大丈夫なの?」



 席から一人の女生徒が立ち上がる。



「ナンシェさん、どういう意味ですの?」

「学校の全女子生徒を呼びだす理由を教えて欲しいの!」



 ナンシェさんの言葉通りこの講堂には学校の全女生徒が集まっている。数はおよそ1000人。不登校気味も子もいたけど無理やり連れてきたわね。



「必要な事よ。これから説明するから安心なさい」

「だと良いんですけど……」



 ナンシェさんが渋々といった感じで席に座る。これでようやく話が進められる。



「皆さん、私の弟である『ロワ・タタン』を知っていますでしょうか」



 ロワの名前を出した瞬間に私への視線が殺意へと変わる。今にも逃げ出してしまいそうなほど心が締め付けられる。けど、ここで逃げだすわけにはいけない。

 私は自分を鼓舞するかのように大きく声を上げる。



「彼は今、弓に人間関係といった様々な壁に直面しています!私は彼を支えていきたい!」



 私が言葉を発しても皆の反応は何もない。ただ、私への殺意だけが強くなっていくのを感じた。



「ここにいる皆さんがロワに好意を持っている事は知っています。だから……」



 ロワはかっこいい。全ての女性を魅了するほどに。

 過去にはロワを巡って争いが起こった事もあった。その時は何とかロワにはバレずに済んだけどこれからもバレないとは限らない。どこかで誰かが統率しないとさらなる争いが起こることは明白。だったら──



「ここに居る全員で『ロワ・タタン親衛隊』を結成することを宣言します!」



 私が統率する!





☆   ☆   ☆   ☆




 


「皆さん、ご報告をお願いしますわ」



 長テーブルに椅子と簡素な部屋に私は隊員たちを集めた。理由は定期的なロワに関しての報告会。

 私が親衛隊を結成した理由はロワを守るためだ。ジルの奴から弓道場を追い出されたら古い弓道場を改築し、危険なクエストを受けたら隊員を使いロワを守る。

 そして、何よりも大きな目的は互いどうしを監視する事にある。これまでの大きな争いはロワを巡る女達の争い。これを止め続けることは神であろうと不可能だろう。ならば、お互いを抑止力にして争いを抑える。それがこの親衛隊の真の目的だ。

 私も隊員たちの示しのためにロワと離れて暮らしている。あくまで見守る事が目的ですから無暗に接触は不味いですからね。



「では、パン屋でのロワ様の活動を報告いたします」



 ノーレさんが立ち上がり紙を取り出す。



「バイトの日、ロワ様は朝五時にパン屋に来て仕込みの手伝いをしていました。その後も店頭では無く厨房にてパンの作成をしていました。以上です」

「ありがとう」



 あのパン屋の店主はロワに恋愛感情を抱いていない街で唯一の女だし揉め事は起こらないでしょう。ひとまずは安心ですわね。もっとも、この親衛隊が結成されてからジル以外の事で異常が見られた事は御座いませんし、今はジルもおとなしいですし心配はいりませんわね。

 私は穏やかな気持ちで次の報告を促す。



「次の報告をお願いいたしますわ」

「は、はい」



 ナンシェさんがあわてた様子で立ち上がる。

 ナンシェさんの様子がおかしいですわね。何かあったのかしら。



「街の様子に関してなのですが、怪しい人物を発見しました」

「なんですって?」



 街に怪しい人物?ロワに危害が加わるかも知れませんわね。



「詳しい状況を報告なさい」

「は、はい。その人物は新聞記者と偽りロワ様の事を聞きまわっていました。ロワ様がいる弓道場にも行っていたそうです」

「ロワ様に危害を加えたりは?」

「今のところ報告は無いです」



 ロワを嗅ぎまわる人物……、気になりますわね。



「その人物をここに連れてきなさい。私が話してみます」

「それが……」



 煮え切らない様子のナンシェさん。



「どうしたのですか?」

「もう来てます」

「へ?」

「ですから、その人もう来てます」



 もう来てる?ここは親衛隊の中でも数少ない信用おける人物にしか伝えていないはず。ということは……。



「ナンシェさん、あなたが連れてきたのですか?」

「その、調査中にその人物からの接触がありまして、隊長に会いたいと言っていたので……」

「まあいいでしょう。連れてきなさい」



 ナンシェさんが一礼すると扉を開ける。すると、扉を開けてすぐ木刀を腰に刺している男の姿が現れる。



「あなたが不審者ですわね?」

「開口一番に不審者呼ばわりはどうかと思うぞ?」



 男が少し疲れた様子でこちらを見る。とりあえずは、この男の素情を明らかにするべきですわね。



「まずは、あなたの名前をお教えいただけますか?」

「俺の名前はキムラ・ホウリ。冒険者をしている。この街には優秀な弓使いを探しに来た」



 聞かれてもいない事もベラベラと話しだすわね。聞き出す手間が省けましたが。



「私はチフール・タタンと申します。親衛隊の隊長をしておりますわ」

「なるほど、ロワの親衛隊か。俺が睨まれていたのはロワの事を調べていたからってわけだな」



 納得するように頷く不審者。話が早いのは助かりますわね。



「それで?あなたがここに来た目的を教えていただけますか?」

「大した事じゃないんだが、俺がロワをボコボコにすることを見逃してほしい」

「貴様!やはりロワ様に危害を!」

「シュゼットさん、落ち着きなさい。とりあえず話を聞いてみましょう」



 激昂しているシュゼットさんをたしなめて、不審者に続きを促す。



「話を続けて下さるかしら?もっとも、内容によってはある程度覚悟を決めてもらう必要がありますけど」

「覚悟って具体的に何が起こるんだよ」

「例えば、紐なしのバンジージャンプや呼吸器なしの1時間潜水チャレンジとかですわね」

「暗に死ねって言ってるよな!?」

「物騒ですわね。『存在を消し去る』と言って下さる?」

「オブラートに包みきれてねぇよ!」



 どうやらこの方には不評のようですわね。



「とにかく、説明していただけますか?」

「簡単に言うとだな、ロワの『的に中らない呪い』を解くためだ」

「貴方はあの呪いを解けるのですか!?」



 こんな冴えない男が呪いを解く!?私達が手を尽くしても手掛かりすら得られなかった呪いを!?



「詳しく説明なさい!」

「断る」

「何故ですの!?」

「これはロワの秘密に関わる事だ。本人の許可なく他人に話せる訳ないだろ。たとえ実の姉でもな」

「くっ……」



 正論ですわね。



「呪いが解けたら教えてやるから、それ以上はロワ本人に直接聞くんだな」

「いつ解けるかは分かりますの?」

「3日以内には解ける筈だ」



 3日ですか。ユミリンピックには間に合いそうですわね。



「しかし、呪いを解くためとはいえそのような事が───」

「許可しますわ。隊員たちにも手は出さないように伝えておきますわ」

「チフール様!?何を言っているのですか!?」



 シュゼットさんが目を見開きながら私を見てきます。



「シュゼットさん、私達の目的はロワ様のサポートですわ。ロワ様が長年苦しめられてきた呪いが解けるなら、その位安いものですわ」

「しかし!この男が信用出来るかもわからないんですよ!」

「怪しい行動をしたら射殺せばいいでしょう。そのために弓道場の警備を強化します。貴方もそれでいいですわね?」

「問題ない」

「それならまあ……」



 不審者もシュゼットさんも納得していただけたようですわね。




「では、もう行っていいですわよ」

「何人かが怖い顔しているし、そうさせてもらおう」



 不審者がそそくさと扉から出て行こうとしますが、扉を出て行く瞬間に何かを思い出したかのように立ち止まりました。



「そういえば、最近優秀な弓使いが襲われている事件があるだろ?」

「それが何か?」

「呪いが解けたらロワも狙われる可能性がある。余計なお世話かもしれないが気をつけた方がいいぞ」

「ご忠告感謝しますわ」

「それじゃ、今度こそ退散させてもらうか」



 今度こそ部屋から出て行く不審者。

 ロワには関係ないと思っていたけれども、呪いが解けたら狙われるかもしれませんね。少し警備を強化しましょう。




☆   ☆   ☆   ☆





「ロワ、お茶はいる?」

「うん、ありがとう」



 ユミリンピック終了後、私は家にロワを呼びだした。

 ロワの好きなだったお茶を淹れて、テーブルに置く。ロワは一口飲むとホッと一息ついた。



「おいしいね」

「よかったわ。それにしても、今回は残念だったわね」



 ロワは呪いが解けてから見事にユミリンピックに出場できました。だけど、二回戦で憎たらしいジルに惜しくも負けてしまった。

 


「私はよく頑張ったと思うわよ。だから、落ち込まないでね」

「うん、ありがとう」



 あまり落ち込んでいる様子はないわね。これなら本題を話しても大丈夫そうね。



「ロワ、ホウリって人と旅に出るんですってね?」

「……僕が勝手に言ってるだけだよ。ホウリさんに言った時も『よく考えろ』って言われたし」

「まだ考えているの?」

「もう、どうすればいいかわからなくてさ。色々なパーティーとか王都騎士団っていう人たちから誘いがあったけど、皆同じに見えてきちゃって……」



 疲弊したように呟くロワ。これまで人と接する機会がなかったから、今の状況は精神的に負担が大きいでしょうね。

 ……可愛い弟が苦しんでいるには見ていられないわね。話だけ聞くつもりだったけど少し口をはさませて貰いますわ。



「ロワ、1つアドバイス」

「なに?」

「その団体に所属したときに、自身が10年後に笑っていると思った所を選びなさい」

「僕が10年後に笑っている所……」



 私の言葉を聞いたロワは考え込んだように黙り込む。私が言えることはここまでですわね。

 私は席から立ち上がる。



「仕事があるからもう行くわね」

「ユミリンピックが終わったのにまだ仕事があるの?」

「そうね、大切な仕事がまだ残っているわね」

「ご飯一緒に食べようと思っていたのにー。弓協会の最高責任者ってそんなに忙しいの?」

「そうね、やらなくちゃいけない事が沢山あるわ。今日はご飯は無理だけど、今度の機会に行きましょうね」

「分かった、お仕事がんばってね」



 ロワに見送られながら私は家から出る。大きな仕事をするために。





☆   ☆   ☆   ☆





「お待たせしましたわね」

「何の用だ……って聞かなくてもわかるな」



 私は道端で荷物を運んでいるホウリの前に現れる。周りには沢山の買い物客や店の人達の話声で騒がしい。

 私はにこやかな笑みをホウリに向ける。私の笑みを見るなり険しい表情になる。



「あら?私は何も言ってませんけど?」

「言わなくても分かる。俺を殺そうとしているんだろ?周りの奴らと一緒に」



 ホウリの言葉と共に、周りの全ての人がアイテムボックスから弓を取り出す。皆さん、もれなく殺意を帯びていますわね。

 ホウリはため息を一つ吐くと荷物をアイテムボックスへ仕舞う。


「よくわかりましたわね?」

「周りに女しか居なかったら警戒もする。それよりも念のため、俺を狙う理由を聞いて良いか?」

「死に行く人にそんなこと言う必要がありまして?」

「ちなみに和解とかは?」

「全員構え!」

「無理だよな」



 諦めたように木刀を構えるホウリに、私は手を向けて叫ぶ。



「撃てぇぇぇぇ」

「負けるかぁぁぁぁ」



 


☆   ☆   ☆   ☆




  

「隊長!?あいつは化け物かなんかですか!?」

「落ち着きなさい、シュゼットさん。焦ってはいけませんわ。焦っても何も変わりませんわよ」

「しかし!奴には3日攻撃していますが、一本も矢が当たらないのですよ!」

「……確かに、現在は消息もつかめていませんわね」



 今日の朝からホウリの消息がつかめていません。街から出たという情報はないですし、何処に潜んでいるのかしら?



「街中の監視していますわよね?」

「もちろんです。街の中で隠れる場所はありません」

「ならば何処に……」

「誰かに変装しているとか?」

「街の中に入街手続きをしていない男がいたら真っ先に連絡が……」



 ん?街に居る男には?もしかしたら!



「シュゼットさん!今すぐ門に向かいますわよ!」

「へ?どうしてですか?」

「奴を逃がさないためです!」




☆   ☆   ☆   ☆




 

「ようやく見つけましたわよ……」

「……何のことでしょうか?」



 私たちは門の外でとある女性に話しかけます。その女性は髪が白で腰に剣を吊っている普通の女性に見えます。



「あなた、女性では無いですわね?」

「いきなりなんですか?失礼ですよ?」

「いえ、あなたは男性ですわよね、キムラ・ホウリさん?」

「……ばれたか」



 女性が頭を抱えると髪の毛が見る見るうちに黒く変色していき、顔を布でこすると見覚えのあるホウリの顔に変わる。



「ちなみに、この服は男女兼用な」

「そんなことはどうでもいいですわ。それよりも、女装をするのにも人目のつかない場所が要りますわよね?何処で着替えましたの?」

「パン屋」



 ロワが働いているパン屋ですわね。街の住民で唯一隊員ではない店主の所なら数時間はかくまって貰えますわね。



「あなたが私たちから3日間逃げ続けたのは褒めてあげますわ。しかし、それもこれまでですわ」



 私が再びホウリに向かって手をかざして叫ぶ。



「撃てぇぇぇぇ!」

「くそっ、もう少しだって言うのに!」



 ホウリが背中を見せて森に向かって走り出す。その背中に私たちはありったけの矢を放つ。



「くっ……」



 けれども、全ての矢がホウリに当たらない。あの方は背中に目でもついているんですの!?



「追え!全力であいつを止めなさい!」



 私の号令に降り注ぐ矢の本数が更に増す。しかし、ホウリには当たらない。

 そうこうしているうちに、ホウリが森の広場へと到着する。よく見えませんが、おそらくはロワとの待ち合わせ場所でしょう。



「全員、ありったけの矢を打ち込みなさい!」



 避けるどころか、即死レベルの矢が広場に降り注ぐ。



「やったかしら?」

「隊長、それダメなやつです」



 私が広場に向かうと隊員たちがホウリとロワにキャンキャン文句を言っていました。この人たちに任せると何が起きるか分かりませんわね。



「皆さん、ここは私におまかせ下さい」

「隊長!」

「隊長じゃと?」



 私が姿を現すと杖を持った女の子が杖を構えなおしました。



「ほう?ならばお主を倒せば全てが丸く収まるという事じゃな?」

「だから攻撃しようとするな。なんでそんなに喧嘩っ早いんだよ」



 今にも攻撃しそうな女の子をホウリを宥めています。そんな中、ロワがなんとか言葉を絞り出しました。



「……何やっているの、姉さん?」

「姉さん!?」



 杖を持った子が目を丸くしながら驚いています。私はニコリと微笑むと優雅にお辞儀をしました。



「始めまして、私の名前は『チフール・タタン』と申します。そこにいるロワ様の姉ですわ」

「姉さん、様付けはやめてっていつも言ってるじゃないか……」

「あら?そうでしたっけ?」



 頬に手を添えながらコテンと首を傾げています。私が辞める気が無いことが分かったのかロワが諦めた表情になります。

 そんな中、ホウリさんは木刀を油断なく構えながら私に質問します。



「で?なんで俺を襲ったんだ?」

「もちろん、貴方を殺す為ですわ」

「ちょっと!?何言ってるの姉さん!?」

「安心しなさいロワ様、3割は冗談ですわ」

「7割は本気なんだ!?」

「姉弟漫才はそこまでにしておけ」

「いや、漫才のつもりは無いんですが……」



 漫才の積りは無いんですがね。

 木刀を油断なく構えつつ、ホウリは私に訪ねます。



「で?残りの3割の理由を聞いていいか?」

「それは、ロワ様と旅をするに相応しいか見極める為ですわ」

「なるほどな。それで、俺は相応しいのか?」

「そうですわね…………」



 ロワの事を親身になって考えてくれて私たちの絶え間ない攻撃にも対処できる能力がある。なら、話は決まっていますわ。

 私はニコリと微笑んで身を翻しました。



「皆さん、帰りますわよ」

「そんな!このままではロワ様が!」

「ロワ様が自分で決めた事ですわ。それを私達がとやかく言う事は出来ません」

「ですが!」



 やはり皆さん納得はしていただけませんわね。

 私がどうしたものかと考えていると、ロワが急に大声を出しました。 



「皆さん聞いてください!」



 ロワの声に驚いたのか、皆さんの視線がロワに向きます。

 皆の視線がロワに向くと、芝居がかった様子でロワが話は話し始めます



「僕はまだまだ未熟な男です!皆さんに釣り合う男ではありません!だから!だからこそ!僕は旅に出て皆さんに釣り合う程大きな男になります!」



 皆さんは言葉一つ発せずロワの言葉を聞いています。心なしか、ロワの芝居にも熱が入ってきましたわね。



「だから!それまで待っていてください!僕は必ず大きな男になって帰ってきます!」

「ロワ様……」



 ロワの言葉が終わると、辺りには静かな時間が流れました。僕の言葉から数秒後、さっきまで言い争いをしていた皆さんが、今度は打って変わって泣き出しました。



「うわーん、ロワ様」

「私達何時までも待っていますわ!…ひっぐ」

「あ、ありがとうございます…………」



 皆さんの反応を見てロワが困ったようすになります。見かねたホウリが私に向かって質問してきました。



「あー、何もないならもう行っていいか?」

「勿論ですわ。お手数をかけましたわね」

「三日三晩狙われ続けるのはお手数以上の出来事だと思うがな」

「そういえば、何故私達に攻撃してこなかったのですか?チャンスはいくらでもあった筈ですわよね?」



 それだけが不思議なのよね。せっかくの策が台無しになっちゃったじゃない。

 ホウリは頭をガリガリと掻きながら答えました。



「簡単だ。攻撃したら憲兵に通報されるからだ。あんたらの目的はロワを俺達と旅立たせないためだろ?だったら、殺そうが憲兵に捕まろうが妨害できればどっちでも良いってわけだ」

「……お見事と行っておきますわ」

「生憎、その手の罠には慣れていてな」



 罠に慣れるって何なんでしょう?

 私はロワの方を視線を向ける。背筋を伸ばして緊張しているロワに優しく言葉を掛ける。



「ロワ、行ってらっしゃい」

「うん!行ってきます!」



 ロワの笑顔に私の今までの苦労は無駄ではなかったと確信する。どうか、10年後あなたが幸せになりますように。

初めて女性言葉?を使ったんですが難しいですね。これ以降も使う予定があるので研究頑張ります。

次回はジルのお話です。ああ見えて結構悩みが多いキャラだったりします。



今年は雨が酷いようです。皆さん気を付けて下さいね。

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