第二百二十一話 ここをキャンプ地とする!
今回は遠征編です。ロワ視点です。
まだ日が昇り切らないほどの早朝、僕はリビングでバッグの中を確認していた。これから騎士団の遠征だ。忘れ物は無いようにしないと。
水はある。携帯食料もばっちり。替えの弦もバッグに入ってる。
大事な物はアイテムボックスに入ってるし、これで準備は万端だ。
「忘れ物はないな?」
「はい。必要な物は持ってます」
ミエルさんに頷いてバッグを閉めて背負う。少しだけ重いけど、背負って歩くのは問題なさそうだ。
「じゃあ、行きましょうか」
「そうだな」
ミエルさんは同じくバッグを背負う。
まだ他の皆は寝ているし音を立てずにこっそりと扉を開けて家を出る。
「これから遠征ですね。楽しみです」
「緊張はしていないみたいだな?」
「皆さんもミエルさんもいますし、大丈夫ですよ」
「そうか」
僕が笑ってみせると、ミエルさんも微笑んだ。
「頼もしいな」
「ホウリさんと旅をしてましたからね。あれに比べれば楽でしょう?」
「確かにそうだが、油断は大敵だぞ?」
「分かってますよ」
今まで油断して何回も痛い目を見た。今回は僕だけじゃなくて、騎士団の皆さんにも関わる事だし油断する訳にはいかない。
早朝で誰も通っていない道をミエルさんと共に歩く。透き通った空気を吸いながら、大きく伸びをする。
「うーん、気持ちのいい朝ですね。旅立ちにはいい日です」
「そうだな。雨が降っていたら大変になっただろう」
「そういう時ってどうするんですか?」
「合羽を着て進行だな」
「大変そうですね」
「長く騎士団に所属していれば、雨の日の遠征も経験するだろう」
「それは困りますね」
いつかは経験しないといけないだろうけど気が重い。
ミエルさんと話しながら集合場所である王都の東門の前にたどり着く。
門の前には既に他の人たちが待っていた。
「僕たちが最後みたいですね?」
「集合時間の30分前だぞ?いつもならこんなに集まりは良くないんだがな?」
ミエルさんは首を傾げつつ、皆さんの元へと向かう。
すると、気付いたケット先輩とリン先輩が軽く手を上げて来た。
「お、ミエルじゃん。ロワもいるな」
「おはよー」
「おはようございます」
「おはよう。今回はやけに早いな?」
「先輩だからな。後輩にいい所を見せようと思ったんだよ」
「流石ケット先輩ですね!」
「そうだろ?」
ケット先輩が得意げに微笑む。頑張って早起きしたんですけど、先輩にはかなわないや。
「こういう時だけ、調子の良いやつだ」(ボソッ)
「何か言ったか?」
「なんでもない。それより、全員集まったのなら出発前にミーティングを始める。さっさと並べ」
「はーい」
言われた通り、僕たちはミエルさんの前に整列します。
ミエルさんは大剣を地面に刺して、凛とした声で叫びます。
「気を付け!」
「「「はっ!」」」
「休め!」
「「「はっ!」」」
ミエルさんの掛け声で僕たちは気を付けと休めを繰り返す。いつものミエルさんよりも雰囲気がピリ付いている。
目つきを心なしか鋭くしてミエルさんは凛と言葉を続ける。
「これより、ゴブリン討伐遠征を行う!目的地は王都の東部にある村『レキュー』!遠征の予定は1週間!ゴブリンの討伐だからといって油断はしないように!」
「「「はっ!」」」
「では出発!」
ミエルさんは大剣を地面から引き抜き鞘に戻す。そして、大きく開いた門から王都を出ていった。
僕たちも隊列を崩さずにミエルさんの後に続く。
こうして、僕の初めての遠征は始まったのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
王都を出発すること3時間。僕たちは街道をひたすら歩いていた。周りには草原しか無いし、景色も代り映えしない。
それにずっと歩きっぱなしだし、荷物も重いし、皆さんも疲れが少し見えている。
「はぁはぁ……ロワ平気か?」
後ろにいたケット先輩が苦しそうに話しかけてくる。
「僕は大丈夫ですけど、ケット先輩は大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ。先輩だからな。それよりも疲れたんだったら、ミエルに言って休みにしてもらおうか?」
「慣れてるので大丈夫ですよ」
「本当か?無理してないか?」
「はい。お気遣いいただきありがとうございます」
「本当か?」
「しつこいわよ。ロワ君が大丈夫だって言ってるでしょ」
ケット先輩の後ろで歩いていたリン先輩が会話に割り込んでくる。
「自分が休みたいからってロワ君をだしに使わないでよ。いつも訓練をさぼっている自業自得よ」
「そんなんじゃねえよ。俺は先輩としてロワを心配してるだけだ」
「心配ないですよ。仕事の後は毎日ホウリさんに扱かれてますから、これくらいじゃ疲れません」
「だそうよ?」
「でも自分でも気付かない内に疲れが……」
「そこ!!!」
瞬間、一番前で歩いていたミエルさんから怒号が飛んできました。
あまりの出来事に止まって目を丸くしていると、ミエルさんが眉間に皺をよせながら向かってきました。
「今は遠征中だ。楽しくお喋りをする時間ではない筈だが?」
「す、すみませんでした」
「次からは気を付けるわ」
あまりの剣幕に僕とリン先輩は頭を下げます。しかし、ケット先輩は物おじせず言い返します。
「ちょっと待てよ。もう歩き続けて3時間は経っただろ?そろそろ休憩しないと体が持たないって」
「真面目に毎日の訓練していればこの程度で音を上げる事はない筈だ。疲れたのであれば、それは己の怠慢のせいだ」
「けど……」
「二度は言わないぞ。これ以上、進行を乱すようなら王都に帰ってもらうからな?」
「……分かったよ」
「分かればいい」
僕たちから視線を外し、ミエルさんは再び隊列の一番前に戻っていきました。
ミエルさんが戻った事を確認して、僕は肩から力を抜きます。
「ふぅぅぅ、緊張した」
「あら?ロワ君はあのミエルを見るのは初めて?」
「はい。いつもは優しいですけど、今日は殺気立ってるというか、緊張感が強いというか」
「俺たちの指揮をする訳だしな。それ相応のプレッシャーがあるんだよ」
確かに、僕たちに何かがあればミエルさんが責任を負う事になる。神経質になるのも分かる気がしますね。
「それなら仕方ないですね」
「というか、それが分かってるなら黙って歩きなさいよ」
「こんな長距離を黙って歩けだ?何も無さ過ぎて気が狂いそうだな」
「けど、もう怒られたくないです。頑張って歩きましょう」
「へいへい」
その後、僕たちは黙って歩き続けた。結局、休憩時間は更に4時間歩いた後だった。
☆ ☆ ☆ ☆
「よし!ここで食事休憩を取る!各自、当番ごとに昼食の準備をすること!」
「はぁはぁ、やっと休憩だ……」
ケット先輩が荷物を降ろして草原に寝っ転がる。
「ちょっと、あんた食事当番でしょ。寝っ転がってないで準備しなさいよ」
「えー、少しくらい休憩してもいいじゃねえか」
「これ以上ミエルに怒られたくないでしょ。休憩は当番が終わってからにしなさい」
「へいへい。分かりましたよっと」
渋々と言った様子でケット先輩はスープの素を持って鍋が用意されている場所に向かった。
ちなみに、遠征時に食べるスープはお湯の中にスープの素を入れるだけのお手軽料理だ。お手軽で栄養素も高い分、味が犠牲になってるんだけど、贅沢は言ってられない。僕は嫌いじゃないしね。
「そういえば、ロワ君はどこの当番なの?」
「見張りですね」
「そう。初めての遠征だし、楽な当番で良かったわね。じゃ、私も当番があるから」
「はい、また」
お辞儀でリン先輩を送り、僕も持ち場に行く。
だだっ広い草原に腰を下ろして、地平線をボーっと見つめる。これだけ視界が開けていれば、盗賊や魔物の接近にもすぐに気がつくはずだ。
疲れた僕の体に柔らかな日差しが降り注ぎ、額に流れる汗は風が優しく撫でる。穏やかだなぁ。こんな日はゆっくりとお昼寝したくなるや。
見張りも僕意外に何人か配置されているし、見張りもそこそこに寝ちゃおうかな?
そう思い、僕は重い瞼を降ろそうとする。
……はっ!ダメだダメだ!見張りは重要な仕事なんだから、ちゃんとやらないと!もしも、敵が襲いにきて僕が気付かなかったら、皆さんに迷惑をかけてしまう!そしたら、ミエルさんが責任を感じる!これ以上、ミエルさんにプレッシャーを掛けないようにしないと!
「うおおおおお!やるぞおおおお!」
「うわっ!」
眠気を吹き飛ばすために立ち上がって叫ぶと、後ろから驚いた声が聞こえた。
振り向いてみると、2人分のパンとスープを持ったミエルさんが立っていた。ミエルさんは目を丸くして固まりながら口を開いた。
「ど、どうしたんだ?」
「すみません。眠気を振り払おうとしてました」
「ああなるほど。確かにこの陽気では眠りたくなるのも無理はないな。ならば、私と一緒に見張りをするか?」
「良いんですか?」
「ああ」
「ミエルさんと一緒なら心強いです」
ミエルさんから食事を受け取り、一緒に草原に座る。
しばらく無言で見張りをしながら食事を食べる。すると、唐突にミエルさんが話を切り出した。
「その……すまなかったな」
「何がですか?」
「さっきロワにきつい言葉を使ってしまっただろう?いくら注意するためとはいえ、言い過ぎたと思ってな」
「あれは僕たちが悪かったんですから気にしないでください。ミエルさんにプレッシャーがあることは理解しているつもりですよ」
「そう言ってくれると助かる」
ミエルさんは空になった器に視線を落とす。その瞳には言いようのない影を感じた。
まだ言いたい事があるのかな?
「どうかしました?」
「いや、なんてことはない。少し昔を思い出しただけだ」
「昔?」
「私が部隊を壊滅させてしまった時の事だ」
そういえば、魔国でペイトさんと戦った時にそんな事を言ってたような?詳しくは聞いてないですけど、大変そうだなって思ったっけ。
でも、これって聞いて良いのかな?デリケートな話題じゃないのかな?
僕が返答に迷っていると、ミエルさんは少しずつ話し始めた。
「私が団長に就任して1年目だ。始めての遠征で私は舞台を壊滅させた」
「なにがあったんですか?」
「コマンドデーモンが現れたんだ」
「コマンドデーモンって、デーモンの上位種ですよね?」
特別なスキルは無いけど、ステータスがかなり高く討伐するのは苦労するって話だ。
「コマンドデーモンが出たのはイレギュラーだった。だから、存在を確認した瞬間に撤退の指示を出すべきだったんだ。だが、私はすぐに判断できなかった」
器を持つ手に力がこもっていく。
「結果、私の部隊の8割は命を落とした。その時の生き残りに居たのがケットとリンだ」
「ケット先輩とリン先輩が!?」
うすうす気づいていたけど、やっぱりあの2人は只者じゃなかった。
「ちなみに、コマンドデーモンはどうなりました?」
「何とか討伐できた。その功績で私の責任は軽くなり、なんとか除名は免れた。だが、いまだにその時の光景が頭の中に蘇るんだ」
「そうだったんですか」
ミエルさんの目から一粒の涙が器に零れ落ちる。
この気持ちは僕が分かることじゃない。気軽に分かっているって言っちゃいけない。だから、僕に出来る事を。
そう思った僕は震えているミエルさんの手を包む。すると、ミエルさんはビックリしたように僕を見て来た。
「大丈夫。今は僕がいます。皆さんもいます。どんな敵が来ても絶対に大丈夫です。だから、一人で背負わないでください。抱えないでください。一緒に戦いましょう」
「ロワ……」
僕の言葉にミエルさんが目を丸くする。
ダメだ。まとまりの無い言葉になっちゃった。もっと言いたいことがあるのに上手く伝えられない。
どう伝えようかと思っていると、ミエルさんは袖で乱暴に涙を拭くと、急に立ち上がった。
「ありがとうロワ。おかげで少し楽になった」
「それは良かったです」
「私はそろそろ行くとしよう。ロワも時間になったら、ちゃんと集まるんだぞ?」
「分かりました」
そう言って、ミエルさんは僕の器も持ってキャンプ地に行く。
僕は心持を新たに見張りを再開したのだった。
ロワの地の分が安定しない気がします。数年くらい書いててなんで安定しないんですかね?
次回は今回の続きです。ちょっとミエルのトラウマを穿ろうかなって思ってます。
スマホの挙動が可笑しいです。まあ1年経ってないんですけどね?




