第百八十二話 たこ焼きライス
連続投稿3日目です。今週はなぜか時間の過ぎ方が早かった気がします。
『今回の公演は以上となります。お帰りの際はお忘れ物の無いよう──』
公演終了のアナウンスが劇場内に響く。一抹の寂しさを覚えつつ、パンフレットを持って立ち上がる。
今の演劇は恋人同士が悲恋の死を迎えるという話じゃった。演者の演技やストーリーも唸る所があったが、バッドエンドじゃったし後味が悪かった。
「良い公演じゃったが、もう一度見る事は無いかのう?」
悲劇よりも喜劇が好みなんじゃよな。面白かったが二度は見たくないのう。
気を取り直してわしは今日の公演の予定表を取り出す。予定表はびっしりと前日の書き込みで埋まっている。前日に何の公演をどの時間帯で見るかの計画を立てておったのじゃ。しかし、わしの書き込みは今の公演を最後に途絶えておる。
「……これからどうするかのう?」
今日の公演は今見たもので最後じゃ。これ以降も公演が無い訳ではないが、見たばかりの公演をその日のうちに見るのはどうかと思う。
「とりあえず昼飯を食いながら、この後の予定でも決めるか」
最近は家に一人でいることが多い。家に籠りきりも性に合わないから外に出ておるが、毎日こうではやることが無くなる。流石にずっとホウリに頼り切りなのも悪いしのう。
魔国にいたときは休みたくて仕方がなかったのに、いざ時間が出来ると何をして良いか分からん。
「ままならぬものじゃな」
新たな趣味でも見つけるか。何が良いかのう?ノエルの為に裁縫でも習ってみるか?料理教室に通うのも良いのう?
この後の事を考えながら劇場を出る。この辺りにカフェがあった筈じゃし、そこでナポリタンでも……
「ねぇねぇ、そこの彼女~」
今はコーヒーではなくジュースの気分じゃ。レモネードでも飲んで気分をリフレッシュして……
「無視しないでよ~」
「……もしかして、わしに言っておるのか?」
背後から軽薄そうな声をかけられる。振り向くと胸元が開いた服を着て、金色の趣味の悪いネックレスを付けた男がいた。肌は日で焼いているのか、不自然なまでに黒い。第一印象はチャラくて軽薄、じゃな。
男はわしが振り向くと、上機嫌になって話し始めた。
「君可愛いね?今暇?俺と一緒に遊びに行かない?」
「悪いがナンパなら他所でやるんじゃな」
こんな奴と遊ぶくらいなら、家で引きこもっておった方がマシじゃ。
わしが手を振って追い払うも、男はしつこく言い寄ってくる。
「そんな事言わずにさ、きっと楽しいよ?」
「わしはお主みたいな奴が大嫌いなんじゃ。分かったら他所に行け」
「冷たいな~」
これは話が通じぬ相手じゃな。無視して行くか。
そう心に決めてわしは男を無視して、そのまま歩を進める。その態度を不快に思ったのか、強く肩を掴んできた。
「おい!こっちが下手に出てればいい気になりやがって!痛い目に合いたいのか!」
「…………」
わしは掴んでいる手を掴むと、力を徐々に込めていく。
「うぐえええ!?」
ミシミシと骨の軋む音が聞こえるが、わしは力を緩めずに掴む。ダメージはヒールで治療し、回復したら握ってダメージを与える。
あまり騒がれるのもの面倒じゃし、サイレスで声が出ないようにしながらわしは手を掴み続ける。
「………………!?」
男は声を上げることもできず、脂汗を流しながら膝を付く。
そこまで見届けたわしは手を放してサイレスを解除し、男の耳元に口を寄せる。
「失せろ」
「ひっ……」
男は悲鳴も上げずに、全速力で走り去っていった。
その後ろ姿を見ながら、わしの心の中に少しやりすぎたのではないかという思いが湧いてくる。
「……まあ、ダメージも治療したし大丈夫じゃろ」
少しテンションが下がってしまったのう。ここはカフェで一服ではなく、高めのレストランで美味いものでも……
「すみません」
そう思った矢先にまたしても背後から声をかけられた。
またナンパか?今日は厄日じゃな。
わしはうんざりしながらも振り向く。
「なんじゃ?ナンパなら他所で……」
声をかけた奴が視界に入った瞬間、わしの体が固まった。
そこには小太りのスーツを着た男が、汗を流しながら立っていた。男は懐から名刺を取り出してわしに差し出してきた。
「初めまして、私の名前はクランチと申します。演劇の監督をしております」
「よく存じておるわい」
演劇好きの間でクランチ監督は有名じゃ。あのプリにゃんの監督を3期連続で勤め、その公演は全てにおいて高い評価を得ておる。
その後も、コメディからシリアスまで幅広い公演を手掛けておる。その脚本は素晴らしいものじゃが、もっとも素晴らしいのはキャスティングにある。
どれだけ素晴らしい脚本があっても、キャスティングが合わなければ劇は台無しになる。しかし、クランチ監督はプロやアマチュアを問わず、多様なキャスティングをして劇のクオリティを上げておる。
よくも悪くも演技一筋、そんな監督がわしに何の用じゃ?
「ああすみません。驚かせるつもりはなかったんですよ」
わしが話さなくなって焦ったのか、クランチ監督が頭を下げる。
「い、いや有名な監督に合えて感激しただけじゃ。じゃから頭を上げてくれぬか?」
有名な監督でなくても、真昼間に男が女に頭を下げている様子は見栄えが悪い。
わしの言葉でクランチ監督が頭を上げる。
「そうでしたか。いやー、急に声をかけて悪いと思ったんですけどね。ここを逃してはいけないって思うと体が勝手に動いてしまうもので」
「それも存じておる。それで、わしに何か用か?」
「ああ、そうでした。それでは、単刀直入にお話しします」
クランチ監督はそういうとニッコリと笑顔を張り付けながら言った。
「今度の劇に主役として出てみませんか?」
「…………は?」
わしも年を取ったのかのう?ありえん聞き間違いをしてしまったわい。
「すまぬ、よく聞こえんかった。もう一度言ってくれぬか?」
「あなたに次の劇の主役をやって欲しいんです」
ふむ、聞き間違えではなかったんみたいじゃな。
「って、えええええええええええええええええ!?」
この100年で一番の衝撃がわしの脳に走る。
開いた口を何とかふさぎつつ、わしは纏まらぬ頭を使って言葉を紡ぐ。
「え?あ?なんでわし?」
「次の劇が気の強い女性が世間のしがらみをなぎ倒していく、という脚本でして。キャスティングに悩んでいると、ちょうどあなたがナンパを追い返しているのが見えたんです」
「あれを見とったんか……」
有名な人に見られていると思うと、少し恥ずかしいのう。というか、あれってあっちから仕掛けてきたとはいえ、犯罪ではないか?
そこに気づいたわしの体から思わず大量の汗を流してしまう。
その様子を見たクランチ監督は困ったように首を振った。
「いえいえ、憲兵に通報といったことはしません。むしろ、通報されたら正当防衛と証言します」
「それは助かる」
クランチ監督の言葉に少し安堵する。
安堵したついでにわしの頭も冷え、少しずつ状況を把握していく。
「えーっと、気の強い女性の役を探していたらわしが目に留まったんじゃな?」
「その通りです」
「気の強い役ならほかの女優でも出来るじゃろ。ほら、『ショウムース』に出とったファルとか」
「あんなマイナーな劇、よく知ってますね。流石は常連さんです」
「わしの事見ておったのか?」
「この劇場に来るといつも見てましたので、かなり熱心な常連さんだと思ってましたよ」
クランチ監督に顔を知られておったとはのう。嬉しいやら恥ずかしいやら……。
「話を戻しますね。確かにファルさんでもその役は出来るでしょう」
「じゃったら……」
「しかし、私はただ出来る役者を求めていません。その役にピッタリなキャスティングをしたいのです」
クランチ監督が熱心に訴えてくる。その熱心な目を見て、わしはさっき自分が考えていたことを思い出す。
クランチ監督はキャスティングに特に拘る監督じゃ。そのクランチ監督がわしがピッタリというのであればその通りなんじゃろう。
「勿論、無理にとは言いません。人には向き不向きがありますからね」
「……わしが断ったらどうなる?」
「もう一度ピッタリな人物を探して……見つからなかったらあなたが言っていたファルさんに頼むことになるでしょう」
「じゃよな」
「ですが、私はあなたにやって欲しいです。仕草や身振り手振り、色々な公演への知識、ナンパにも怯まない胆力、どれをとっても私の思い描いていた通りです」
「むう、少し考えてもいいか?」
「勿論です。私は明日の正午までこの劇場にいますので、それまでに答えを聞かせてください」
「……一つ良いか?」
「なんでしょうか?」
わしは一番気になっている事をクランチ監督に尋ねる。
「もし、その話を受けたとして、王都から離れる必要は出て来るのか?」
「いえ、その劇は王都でしか行いませんので、王都を離れる事はありません」
「そうか」
「他に質問はありますか?」
「いや無い」
「わかりました。いいお返事、期待してますよ」
そう言うとクランチ監督は世話しなく劇場へと戻っていった。
後には劇場に並んでいる人と立ち尽くしたわしだけが残っておる。劇場を出た時と同じ光景じゃ。
手に持っている名刺が無ければ夢だったとすら思えるほどに衝撃的な出来事。恐らく、クランチ監督への回答次第でわしの今後が大きく変わっていくじゃろう。
「……とりあえず、目的のカフェにでも行くか」
ここで悩んでいても仕方がない。後で皆に相談しよう。
そう思ったわしはカフェに向かうのじゃった。
という訳でフラン回でした。ずっとあった構想をここで持ってきます。
次回はフランの決断です。どうするんでしょうね?
余談ですが、私はちゃんとした劇を見たことありません。今回のタイトルになっている奴を動画サイトでのぞき見したくらいです。なので、可笑しい所があった場合は免罪符である「異世界なんで」を使いたいと思います。




