8話
彼女は泣き疲れたのか、または精神的な疲労からか倒れるように眠ってしまった。まだ詳しい事は聞いていないが、もしアニメ通りならかなり辛い思いをしてきているはずだ。起きた時はちゃんとフォローしてあげよう。
「さて、戻るか」
俺は自分の部屋の扉を開くと強い光とともに意識が遠のいていった。
——————————
「夢……じゃないよな、うん」
俺はさっきまでのことが夢じゃないかと思ったが、天使翼が床の上で眠っているのを見て夢じゃないと確信した。ここ2日間、夢じゃない夢を見ているが俺はちゃんと睡眠を取れているんだろうか? そこの所が気になるが今はいい。今一番気にしなきゃいけないのは俺の隣で寝ているアンの事だ。
「アン、起きろ」
少し揺さぶるとアンはあくびをしながら起き出した。
「おはよう、リューセイ」
「おはよう、アン。で、なんで俺のベッドで寝ていたんだ?」
普通、起きたら隣に女の子が眠ってたら自分にやましいことが無くても慌てふためくと思うが、ほぼ現実みたいな夢を見た後じゃ寝た気がしないので、女の子が一緒に寝ていたというよりも気がついたら隣で女の子が寝ていたって感じだ。……どっちにしろ女の子が同じベッドで寝ていたことには変わりないな。今の俺は慌てふためいてないが冷静ではないらしい。
「リューセイ、夜起きて知らない場所にいたらびっくりするよね?」
「質問に質問で返すなってツッコミを入れたい所だが、今は質問に答えるよ。びっくりはするな。確実にする」
実際、俺は2日連続でびっくりしている。それに、びっくりする存在が俺の目の前に2人もいるしね。
「それでね、リューセイの家にいるの思い出したんだけどよく知らない場所に1人だと不安だし怖いからリューセイの部屋に行ったの。だけどリューセイいなかったからベッドで座って待ってたんだけど気づいたら寝てたの」
「色々とツッコミ所満載だけどわかったよ」
この子はちゃんと警戒心とか危機感を持っているのだろうか?切羽詰まってたとはいえ、よくこれで歩いて街まで辿り着いたな。
「ねぇねぇ、リューセイ」
俺は頭に手を当てやれやれと思っていると、アンから声がかけられた。さっきよりも冷たい感じの声色なのは気のせいか?
「なに?」
「この人誰?」
アンはビシッと床で寝ている天使翼を指差し、顔を顰めながら俺を睨む。寝起きだからだろうか? 仕方ない、外国人なアンに合わせて少しユーモラスかつウィットな解答を返してあげよう。
「HAHAHA! そんなに睨まないでくれよ、アン。まるで浮気を咎めている時のデイビッドのWIFEのようだZE☆」
「デイビッドおじさんが浮気するのはいつもの事だからいいの! 今はこの人!」
アンには俺の身振り手振りを合わせたユーモラスかつウィットな返しが通じないようだ。そして、こんな返しが来るとは思わなかった。まさかデイビッドが実在していたとは夢にも思うまい。
アメリカンジョーク&アメリカンコメディー風に言ってみたが、そもそもアンは欧米系の人なのでアメリカンジョークが通じる訳がないか、HAHAHA‼︎
「リューセイ! 聞いてるの‼︎」
頭の中で適当な事を考えているとアンは完全にご立腹になってしまった。こんなアホな事を考えてしまうとは、やっぱり俺は寝不足なのかもしれない。
——————————
時間は掛かったが、アンの機嫌を直しつつ、俺は事情を説明した。大半はご機嫌とりだったが、そのせいで今日の買い物にマタタビさんのぬいぐるみも追加されてしまった。なんとか最小回数で取らなくては小遣いがもたない。
「それで、本当にこの人『fallen angel』の天使翼なの?」
「そうらしい。でも、アニメの世界の人だとしたら何で顔付きが違うんだろう?」
そう、アニメの世界の人なら特徴も一致するはずなのだ。あの世界を見たけどアニメと違う部分が多かった。本当にアニメの世界だったのだろうか?
「う〜ん……わかんない。私も同じ様な立場だけど私はアニメの世界の住人じゃないしなぁ」
「いや、アンもアニメと言うか物語の住人の可能性大だから」
アンはマッチは売ってなかったが、限りなくマッチ売りの少女に似ている。見た目的なものはわからないが、その境遇は限りなく近い。
「え、私も⁉︎ ちなみにどんな話しなの?」
「これだよ」
俺は本棚に置いてあったマッチ売りの少女の絵本をアンに渡した。アンは絵本を開き読み始めようとするとグゥと腹を小さく鳴らした。昨日よりも音が小さいので前よりも栄養が取れているってことなのかな?
「本見る前にご飯だね」
「そうだね……」
アンは顔を赤くさせ、ごまかす様に笑った。
天使翼をリビングのソファーに寝かせて、俺は朝食の準備を始める。隣にはアンがいてキッチン周りの説明を聞きながらうんうん頷いている。ちなみにマタタビさんはソファー前のテーブルの上にこっち向く様に置かれている。
「アン、目玉焼きは作れる?」
「作れるよ」
「じゃあ、作ってみようか」
「うん‼︎」
元気よく答えると、冷蔵庫を開けて卵を3つ取り出した。家事をやっていたと言うだけあり、手際よく殻を割りパパッと目玉焼きを作ってしまった。目玉焼きなので味付けはわからないが、この手際なら今日の夕飯はアンに任せても大丈夫そうだ。一応、一緒に見ていようとは思うが。
目玉焼きも出来たので後は適当に冷蔵庫から取り出したトマトとレタスとベーコンを出し、ベーコンはアンに焼いてもらい俺は切ったトマトとレタスを目玉焼きの横に添える。
「一緒にキッチンで料理してるとか新婚さんみたいだな」
「なんで? 家で料理するのって女の仕事でしょ?」
「アンのいた所ではそうだったのかもしれないけど、日本だと異性と一緒にキッチンに立つのって恋人同士とか新婚の夫婦のイメージがあるんだよ」
「へ〜、そうなんだ。恋人に夫婦、ね。ふ〜ん」
アンはベーコンを皿に移しフライパンをシンクに置きながら、ニヤニヤと俺を見てくる。
「何だよ、その意味深な顔とふ〜んは」
「だって〜それって〜リューセイには私がそういう風な相手に見えてるってことでしょ?私に惚れちゃったのかな?」
何だか挑発されているような気がしたのでその挑発に乗ることにした。
「そうだとしたら、どうする?」
俺はアンの体を軽く押して壁際に寄せると左手を壁につけ顔を近づける。
「えっと……」
アンは手を胸の前で組むともじもじしながら目を逸らす。前にドラマで見た壁ドンを再現してみたが、なかなか効果的なようだ。確かドラマだとこの後は……
「ほら、答えろよ、アン」
右手でアンの顎を前に向かせながらさらに顔を近づける。アンの顔は真っ赤になり目が泳ぎに泳いでいる。演技でやってるからまだ大丈夫だが、流石に本気でやってたら俺も顔真っ赤にしていると思う。
俺が少し気を逸らしているとアンは意を決した顔になり、あと20センチ位しかない距離一気に縮めそのまま俺の唇に自分の唇を重ねた。今度は俺が顔を真っ赤にさせることになった。
「私はリューセイのお嫁さんならなってもいいよ……リューセイと初めて会った時、リューセイは別に助けてないって言ってたけど違う。あのままだったらどのみち死んでたし最悪、人攫いにあって奴隷にされててもおかしくなかった。そんな私にリューセイはお風呂に入れてくれた、自分の服を貸してくれた、美味しいご飯も食べさせてくれた、住む場所も与えてくれた。私にとって私を助けてくれたのは紛れもなくリューセイなんだよ。そんなリューセイに求婚されたんだったら、私はリューセイの為に一生尽くしてもいいと本気で思ってる」
そう言ったアンの目は決意を込めた真剣な目だった。
……やばい、いろいろとやり過ぎてしまった。まさかそんな真剣に考えているとは思わなかった。どうしよう、今更、冗談だよ、アン。西海岸ではよくあるジョークさHAHA‼︎ なんて言えない……
「私まだ全然リューセイの事もリューセイの国の事も知らないけど、がんばるから。だから……私をリューセイのお嫁さんにして下さい」
そう言ってアンはまた唇を重ねてきた。やばいと思う気持ちと身を委ねようとする気持ちが混在して頭の中がグルグルしてくるが、正直こんな可愛い女の子に慕われて嫌に思う気持ちなんて一欠片も無い。
「……アン、俺と」
グゥ〜
俺とアンは音の鳴った方に顔を向けると、口に手を当て顔を真っ赤にさせている天使翼と目が合った。