4話
俺は風、一陣の風だ。何よりも速い存在だ。周りの風景を置き去りにしてただひたすらに前へと突き進む者…… などと考えている俺は学校へとただいま絶賛爆走中だ。
あの後、無事にアンの部屋に行く事が出来た。アンの部屋は木で出来た机とベッドしか無い質素な部屋だった。アンのいた場所が中世ヨーロッパ位の時代っぽいからあまり物が無くても不思議じゃない。ただ、不思議な事にその部屋にはアンが抜け出したと言っていた窓が無く、あるのは扉だけだった。
「アンはあの時ってどうやって戻ってきたの?」
「ここに来てすぐにリューセイの声が扉の方から聞こえたから扉を開けたら戻れた」
「じゃあ、扉を開けたら戻れるのか?……開かないか」
アンはこの扉から戻って来たと言ってたが今は鍵が掛かってるかのように開く気配が無い。閉じ込められたと思うところだが、俺の予想だと俺の腕輪に触れば俺の部屋に戻れる筈だ。
「アン、俺の手を握っててくれないか?俺の腕輪で俺の部屋に戻れると思うから」
「分かった」
アンが俺の手を握ったのを確認し腕輪に触れると景色が変わった。
俺の部屋に戻ったかと思ったが、俺達がいたのはあの台座のある部屋だった。
「予想は外れたけど、ちゃんと俺の部屋の扉があるから戻れそうだな」
「ここは?」
「俺もわからない。前にもここに来て俺の部屋の扉を開けたら俺の部屋に戻ってきてたんだ」
この部屋が何なのかはわからないが、少なくともアンの部屋と俺の部屋を繋いでるって事はわかった。でも、アンが1人で部屋に行った時はアンの部屋の扉から直接俺の部屋に戻れた。
「このガラス玉、綺麗だね」
俺が考えているとアンは台座に近づいてガラス玉に触れていた。すると、ガラス玉は光り輝き、暫くすると光は消えていった。
「びっくりした〜 いきなり光り出すんだもん……リューセイ、見てこれ!」
「何があったんだ?」
「中で浮いてる玉が増えてるよ」
見てみると、確かに増えていた。前は青い玉が1つだけしかなかったが、今は緑色の玉も一緒に浮いている。
「何か体に変化はある?」
アンは自分の体を見たり触ったりしたが何も無さそうだった。見た目的にも特に変わったとこは無かった。
本当に玉が増えただけなのか? 俺は他に変わってる所がないか周りを見ると、扉が増えていた。それはアンの部屋の扉のようだった。
「あれってアンの部屋の扉だよな?」
「えっ、なんで? さっきまで無かったよね?」
「さっきのでアンの部屋がここと繋がったって事、なのか……」
「そっか、不思議だねぇ〜」
「いや、反応薄すぎだよね?」
「だって、起きてからずって不思議なことしか無いんだもん。私の部屋、入れるか確かめてくるね」
そう言ってアンは駆けていく。俺だって昨日寝てから不思議体験しか起こっていない。世界中を見ればアンビリバボーな事は数多く起こっているだろうが、まさかそれが自分の身に降りかかるとは思わないだろう。アンは楽観的というか奔放な性格なのだろうか?
アンは扉の前に辿り着くと、扉が開くのを確認して中に入り扉を閉める。すぐに扉が開きこっちに戻る。
出入りを繰り返し、満足したのかこっちに走って戻ってきた。
「リューセイ、出入り出来るよ!」
「これでアンの部屋とここが繋がったって事が証明された訳だ。アン、これなら俺の家にいても何とかなるかもしれない」
「本当⁉︎ 」
家族がいる時はアンには自分の部屋にいてもらって、不在の時にこっちに来てもらう。最悪、ご飯を部屋まで持って行けばいい。
アンにそう説明すると感極まったのか抱きついてきた。
「ありがとう、リューセイ‼︎」
いきなり抱きつかれて動揺しているとポケットに入れていたスマホが鳴り出した。スマホのアラームでもう学校に行く時間になったらしい。
「ごめん、アン。もう時間だから学校に行くから離してくれ」
「私を1人にするの?」
アンは不安そうな顔を俺に向ける。若干涙目にもなっている。
「学校が終わったらすぐ帰るから大丈夫だよ」
「1人はイヤ」
アンは更に強く抱きしめてくる。絶対に離しませんって位の気迫を感じる。
「大丈夫、大丈夫だから」
「イヤ」
「………大丈夫だ、問題ない」
「ヤ」
「……」
「……」
俺は深呼吸をして気持ちを切り替る。ここは勝負どころだ。
「頼む、行かせてくれ!俺の進級に関わるんだ!」
「イヤったらイヤっ!」
そんな訳で、行きたい俺と行かせたくないアンとの激しい攻防の末、俺は学校へと行く事を許可させた。涙目なアンが持っているぬいぐるみの手を振って見送るのを後ろ髪引かれる思いで振り切り学校に走り出した。
ちなみに、このぬいぐるみは友達とゲーセンに行った時に取ったやつでバルト戦記というアニメに出てくるケットシーのマタタビさんだ。これのお陰で俺は学校に行けたのだ。ありがとう、マタタビさん。
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本当にギリギリ遅刻せずに学校に辿り着いた俺は息を整えつつ準備をする。準備が終わってすぐに英語担当の田辺先生が教室に入ってきた。
「おはよう、みんな。宿題はやってきたか? よし、全員やってきてるな。今日補習のみんなに朗報だ。今からテストをする」
えぇ〜という声が教室中に響き渡る。
「だから朗報と言っただろう。このテストで満点を取った人はその場で夏休みの補習は終了とする」
「「「おぉー‼︎」」」
「まっ、期末テストの問題より難しいし、そもそも満点取るような奴が赤点取るわけないんだけどな」
上げて落とすを見事に決めた先生はにこやかに問題を配り始める。先生は全員に行き渡るのを確認すると時計を見ながら開始を宣言した。
始まってからすぐに不思議な事が起こった。問題がすらすら解けていくのだ。まるで初めから知っているかのように答えが埋まり、10分も掛からず終わってしまった。
「どうした、剣? もう諦めたのか?」
「いえ、それが……」
「何だ、全部書けてるじゃないか。もう、いいなら回収して答え合わせしておくぞ」
「あっ」
俺が返答する前に先生は問題用紙を持って行ってしまった。見直ししていないが答えが間違えているようには思えなかった。
暫くすると答え合わせが終わったのか先生の手が止まった。
「剣、お前帰っていいぞ」
「えっ?」
「まさか、本当に満点取る奴が出るとは思わなかった。やれば出来るんなら最初から真面目に勉強しろ、剣」
まだテスト中だが、マジかよとか、本当に満点取ったら補習終わりなのかとざわついていると先生がテスト中だぞ、と注意する。
「剣、まだテスト中だから静かに帰れよ。それと、いい夏休みを送れよ」
「はい、わかりました」
みんなの羨ましそうな顔に見送られながら俺は学校を後にした。