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嘘と愛のかけら  作者: 長谷川るり
8/24

第8話 元気のかけら 

8.元気のかけら


11月も半ばを過ぎると、いよいよ自分の誕生日が近い事を思い知る。そして今年は、淳哉の誕生日も同じくだ。誕生日に会う事は出来ないが、せめて何かプレゼントを贈りたい。有紗はそんな気持ちに蓋をする。そして今夜も淳哉からのメールが届く。

『もうすぐお誕生日だね。何か予定あるの?』

『特別は何も』

有紗は先日お店での淳哉のやり取りを思い出していた。

『広瀬さんは?』

あえて聞いてみる事にした。

『お客さんからゴルフに誘われてる。常連の女性三人組で、昔っから良くしてもらってる人達なんだけど、厚木のコースに行こうって。行ってもいい?』

最後の一言に有紗の目が留まる。

『どうして私に聞くの?』

『有紗ちゃんが嫌だって言うなら、俺断るよ』

有紗の手が止まる。

『仕事のお付き合いの事、私が口出せないよ』

『仕事上の関係は大丈夫。そうじゃなくて、個人的に有紗ちゃんは平気?』

有紗の中で葛藤が続く。そして逃げた。

『広瀬さんが行きたいなら・・・』

仁美の言葉が耳の奥で聞こえる。

『やきもち焼く程好きなら、正直に話して会ってきなよ』

『それでもどうしても好きだって言うなら、嘘ついてましたって言える勇気と覚悟をしなきゃね』

有紗の心が二つの方向に引き裂かれていく様な気がしていた。

『せっかくだから、行って来たら?お誕生日のプレゼントでしょ?』

そのメールを読んだ途端、淳哉はがっくりと肩を落とした。

『俺は別に行きたい訳じゃない。誕生日だって、いつも通り仕事していつも通り帰って来て、有紗ちゃんとメール出来たら、それで充分なんだから』

有紗の胸がぎゅっと縮まる。

『私は一緒に出掛けたり出来ないし、そういうお祝いは出来ないから。ごめんなさい』

淳哉からの返信が、いつもより増して早い。

『そんな事求めてない。そんな気兼ねして欲しくない。俺はただ有紗ちゃんと今のまま、ゆっくりとこの関係を大事にしたいと思ってるのに』

有紗は一つ、ゆっくりと深呼吸をする。感情が高ぶる淳哉と自分を冷静にしようと、少し返信に間を置いた。

『どうして?私に会った事もないのに、どうしてそこまで言えるの?』

しかし、淳哉からの返信の早さが、感情の高ぶりが続いている事を意味していた。

『会ってないけど、そんなの大した事じゃない。会ってなくても、有紗ちゃんの性格や人柄は感じ取ってるつもりだよ。会って分かる事なんて、顔や容姿だけでしょ。そんなの俺にとったら、どうだっていい事だよ』

その言葉に有紗が戸惑っていると、追い打ちを掛ける様に又メールが来る。

『有紗ちゃんは違うの?会わないと、俺の事何も分からない?』

有紗は苦い顔をして、ゆっくりと文章を打ち込んだ。

『どうしてそんな簡単に人の言った事信用できるの?』

それを読んだ淳哉が、はっとして我に返る。

「またやっちゃったよ・・・」

そう呟いて、淳哉の右手がゆっくり動く。

『ごめんね。また俺、自分の気持ち押し付けた。こうやって前も有紗ちゃん追い込んで傷付けたのに。ごめんなさい』


 11月21日。淳哉の27回目の誕生日が来た。午前12時を回ると、有紗はせめて おめでとうを言いたくて、ドキドキしていた。今日は、今日ぐらいは、淳哉からのメールではなく 自分から電話を掛けたかった。2時半を過ぎた頃、有紗は久し振りに淳哉に電話を掛けた。

「もしもし・・・」

「・・・誰?」

「・・・有紗です。お誕生日おめでとう」

「有紗ちゃん?!だって・・・非通知じゃなかったよ」

「・・・はい」

「・・・え?!番号・・・出ちゃってたよ」

「はい・・・」

「いいの?」

「もう・・・いいかなって・・・」

「本当?!めっちゃ嬉しい!」

淳哉が飛び上がりそうな勢いで喜んでいるのが分かる。

「今日俺さ、本当はお客さんに 店の後飲みに行こうって誘われてたんだ。明日休みだからさ。でも、明日早いから、断って真っ直ぐ帰って来たんだ。でも良かったぁ!真っ直ぐ帰って来て、マジ良かった!凄い誕生日プレゼント」

「・・・・・・」

「あっ、番号を教えてくれたって事より、隠さなくてもいいかなって思ってもらえた事が嬉しいんだよ」

「・・・うん」

「でさ、一応確認だけど、俺から電話してもいいって事?」

「必要なら・・・」

「なんかその言い方・・・いつでもは掛けちゃ駄目って言われてる様な・・・」

「そんなつもりじゃないけど・・・」

「可愛くないなぁ。素直に、いつでも掛けてねって言えばいいのに」

「元々可愛くないし・・・」

ブツブツ言う有紗に、淳哉がプッと吹き出す。

「俺が可愛くしてあげるよ」

「可愛くならないもん」

口を尖らせる有紗。すると又、淳哉が笑いながら言い返した。

「そういうとこ、めっちゃ可愛い」

「そういう勝手なイメージ・・・困る」

「ごめん、ごめん」

そう言いながらも、まだ笑いが収まらない淳哉。

「明日早いんでしょ?もう、寝た方がいいよね」

有紗が、明日の淳哉のゴルフの為の早起きを心配する。

「やばいなぁ。明日キャンセルして、このままずっと一晩中喋ってたいなぁ」

有紗の緩む頬が止められない。

「駄目だよ。約束してるんだから」

「じゃ、モーニングコールしてよ」

「何時?」

「5時」

「・・・早いね。・・・あと2時間しかないね、寝る時間」

「頼むよ」


 朝5時に淳哉を起こす為、有紗は4時50分に目覚ましを掛けた。まださっき寝たばかりと思える程しか経っていない時間を確認し、有紗は眠たい頬を叩いた。しかし淳哉を起こすという名目で、さっき話したばかりの淳哉の声を又聞ける事を幸せだと思った。5時を待ち構える様にして、電話を掛ける。

プルルルルルル・・・

一回目の呼び出しで 電話に出る淳哉。

「おはよう。もう起きてた?」

「あぁ。4時半に電話で起こされた。今日行くお客さんが、俺が夜の仕事で寝坊したらいけないからってさ」

「そう・・・」

少し悲しい気持ちになる有紗。

「4時半なんて早過ぎるんだよ。5時で充分間に合うのにさ」

「ごめんね。役に立たなくて」

「何言ってんの!朝から声聞けて嬉しかった。モーニングコール頼んどいて良かった」

少しだけ、有紗の悲しさも紛れる。

「じゃ、今日頑張ってきてね」

「うん、いってきます」

『今日夜は遅くなるの?』という言葉を飲み込んで、有紗は電話を切った。


 その晩 淳哉の帰りを待っていたが、いっこうに連絡がないまま12時を回った。そしてメールを送ってみる有紗。

『今日はお疲れ様。もう帰ってますか?』

しかし、1時を過ぎても2時を過ぎても返信がない。あんなに昨日、有紗の電話番号を知って喜んでいたのに。いつでも掛けていい?なんて、まるですぐにでも掛けてよこしそうな勢いだったのに。人はやっぱり、その場だけ良い事を言うものなのかもしれない。それを真に受けない様に、慎重にきたつもりだったのに、うっかり忘れていた。有紗は自分を冷静に立て直そうと、必死に深呼吸をして布団を被った。

 3時を回った頃、有紗の電話に着信がある。・・・淳哉だ。飛びつく様に出たい気持ちと、寝たふりをして出ないでおこうとする意地悪な自分が、有紗の心の中で葛藤する。しかしやはり出てしまう有紗だった。

「ただいま~」

酒の入った上機嫌の声だ。

「随分、飲んでるね・・・」

「お客さんがさ、誕生日だから飲め飲めって。で、最後〆でラーメン食べて帰って来た」

「ずっと、朝から一緒だったの?」

「そうだよ」

「ふ~ん・・・」

「あ、変な声した。もしかして、やきもち焼いた?」

「焼いてないよ」

「じゃ何よ。今のふ~んって」

「ただの・・・相槌」

「・・・な~んだ、残念。やきもち焼いてくれたのかと思った」

「・・・やきもち・・・嬉しいの?」

「そりゃ嬉しいよ。だってそれって、俺の事好きって事でしょ?」

「・・・・・・」

「まだ無理だよね。・・・分かってる。言ってみただけ」

有紗は自分を冷静に保てるよう、一呼吸置いてから又質問した。

「今日ゴルフの後、その人達とずっと飲んでたの?」

「店出たよ」

「仕事したの?」

「そうだよ。どうして?俺休むなんて言った?」

有紗は先日のお店での光景を思い出していた。あの日店で見たやり取りによると、昼間ゴルフに行ったお客さんと、夜も店をお休みして一緒に過ごす様な話だった。しかし、そういえば淳哉から直接は聞いていなかった。ハッとして、有紗が言い訳をする。

「ゴルフの後だから、仕事行ってないのかと思って・・・」

「一応お休み貰ってたんだけど、どうせ飲みに行くなら、店行こうってなって、仕事してた。で、ゴルフ連れてってくれた人達は8時頃帰って、その後で、他のお客さんがお祝いしてくれてさ」

「そうなんだ」

さっきよりも明るい声のトーンに、目ざとく淳哉が気付く。

「安心した?」

気付かない内に自分の心の中が読まれている様で、有紗は慌てて口を押えた。

「そんな風に思ってるって分かってたら、もっと早く連絡すれば良かったね。ごめんね」

「ううん、大丈夫。それより、昨日寝不足で眠いでしょ?」

「行きも帰りも、車ん中で寝かせてもらったから平気」

「そうなんだ・・・」

その時有紗は、以前電話で聞いた淳哉の寝息を思い出す。自分しか知らない素の淳哉の様に思っていたが、その無防備な姿を 他の人達にも見せているんだと思うと、何か勝手に淋しい様な気持ちが込み上げる。

「あ、また変な声した」

「してない!」

悟られまいと必死で否定する。

「したよ、絶対。・・・でもなんで?何が駄目?」

「駄目じゃないってば」

「う~ん・・・ごめんなさい。わかんないけど、ごめん」

「わかんないのに、謝るの?」

「だって、嫌な気持ちにさせたでしょ。それに、分かってあげられなくてごめんって思うから」

有紗は、今まで味わった事のない安心感を覚えていた。そして淳哉が唐突な声を上げる。

「今度は有紗ちゃんの番だよ。誕生日、どうしたい?」

「どう・・・って・・・」

「俺だって、何かお祝いしたいよ。プレゼントはあげられないし、何が出来るかなぁ」

「いいよ、私は」

「お父さんとかお母さんにお祝いしてもらえるか、有紗ちゃんは。家族で一緒にご飯食べたりするの?」

「うん・・・多分」

「そっか。有紗ちゃんは、あったかい家庭で育った子なんだね。だから穏やかなんだ」

有紗は母の事を思い出し、少し暗い気持ちになった。


 有紗は職安で作成してもらった履歴書を持って、面接に行った。会社の窓口の募集だ。受付嬢とはいかないが、小さな会社の受付窓口の対応が仕事内容だった。人前に出るのが苦手だった有紗も、自分が淳哉についた嘘を本物にしようと、もがいていた。受付嬢には到底及ばぬ華の無い容姿だという事を自覚していたが、それでも 嘘を一つでも減らしたい一心の有紗だった。同じ様な面接を二か所受け、帰宅する。返事が明日までに来なければ、“桜散る”という訳だ。経験も適性もない職種の面接に挑むというのは、素人がエベレストに登ろうとする様なものだ。

 夕飯時、父と食卓を共にしながら、話題はやはり その事になる。

「手応えはどうだったんだ?」

「う~ん・・・わかんない。面接してくれた人がぶっきらぼう過ぎてさぁ。元々そういう人なのか、見込みなしって思われてたのか」

「そうか・・・。まぁ、どんな事でも新しい世界に飛び込んで行くのは良い事だと、お父さん思うよ。若い内の特権だからな。前に話してた 資格取るって話はどうなったんだ?」

「だって、お母さんに家に帰って来てもらうのは、気持ちだけじゃ駄目だって言われたからさぁ・・・。確かにそうだなって思うし」

「お父さんも今、近くでリハビリ専門のデイサービスみたいなのやってる所探してるんだ。それでお前に提案なんだけど、車の免許取ってみないか?お母さんが帰ってきたとしても、家の中は車いすだし、外に出掛けるのも車がないとどうにもならないだろ?お前が免許あれば、だいぶ助かるんだけどな」

「車の免許?だって私、自転車だって ろくに乗れないんだよ。いっぺんに二つの事出来ないし。私が鈍くさいの、お父さんだって知ってるでしょ」

「だけど、今はお年寄りだって皆運転してるんだぞ。慣れてしまえば大丈夫だよ」

「もし万が一取れたとしても、お母さんを乗せて運転するんでしょ?出来ないよ~そんな責任重大な事。人の命預かるなんてさぁ」


 その晩、時計の針が12時を回った直後、一通のメールが有紗の元に届く。開いてみると、真っ赤なバラの花束の写メと『23歳のお誕生日おめでとう』という淳哉からのバースデーメールだった。

『ありがとう』

有紗が返信すると、すぐまたもう一通届く。

『俺、一番だった?』

有紗はそれを読んで微笑むと、嬉しそうにメールを返す。

『うん。ありがとう』

仕事の合間にきっと送って来たのだろう。その後は返信は無かったが、有紗はいつもの2時半を楽しみに待った。


「バラの花束なんて、私貰った事ないからびっくりしちゃった」

「あれ、何本か数えた?」

「え?」

「ちゃんと23本あるんだよ」

「そうなの?!」

「後で数えてみてよ」

「え・・・って事は、あれ広瀬さんが買ってくれたの?」

「そりゃ、そうでしょ。・・・逆に何だと思ったの?」

「・・・どっかから そういう画像見付けて、送ってくれたんだと・・・」

「ちゃんと23本の赤いバラを、有紗ちゃんの為に買ったんだよ」

「・・・なんだか悪い・・・ごめんなさい・・・」

「どうして謝るの。ありがとうでいいでしょ、そこは」

「だって・・・。しかも私、何かの画像か何かと思ったなんて・・・最低だね。こういう鈍感なとこ、自分でも本当嫌い」

淳哉はハハハとあっけらかんと笑った。

「それだけ上手く撮れてたって事でしょ?嬉しいねぇ」

さすがのポジティブシンキングである。

「23本映る様に撮るの、結構苦労したんだよ。俺の力作」

「それ・・・どこに飾ってあるの?」

「俺んち」

淳哉はまた明るくはははと笑った。

「有紗ちゃんへのプレゼントが俺んちにあるって、変な感じだよね」

再び『ごめんなさい』と言いそうになる有紗の言葉に被さる様に、淳哉が質問した。

「本当はさぁ、有紗ちゃんの好きな花にしたかったんだけど、知らなくってさ。聞いとけば良かったよ。俺のイメージだと、すずらんとかカスミソウってイメージなんだけど、それだけ23本の花束って ちょっと難しいでしょ」

「昔っから、主役タイプじゃないからね」

「いいよ、その方が。やっぱ大和撫子は控え目でないと」

「広瀬さんが、今まで好きになった人って・・・どんな人?年上とか同級生とか年下だとか・・・」

「高校生ん時は同級生だし、年下も居たし・・・年上も居た」

「・・・・・・いっぱい居るんだね」

「いっぱいじゃないよ。だって俺、27だよ。そりゃ、何人かはいるでしょ」

「・・・そうだね」

勘の良い淳哉に感づかれない様に、言葉を続けた。

「広瀬さんは、モテそうだもんね。50人や100人元カノが居たっておかしくないもんね」

淳哉がまた からかう様に言った。

「あれ?焼きもち焼いた?ん?」

「焼いてません!」

「じゃ、俺に元カノが50人や100人居ても平気?」

有紗の声が一瞬詰まる。

「私には・・・関係ないもん」

「冷たいなぁ、相変わらず」

一瞬沈みかけた有紗の声に気づいてか無意識か、淳哉の冗談めかした会話に救われ、ふっと笑ってしまう。すると、今度は淳哉が話題を変えた。

「有紗ちゃんってさ、仕事の時 髪どうしてるの?アップにしてるの?それとも後ろで一つにまとめてるとか?」

「・・・どうして?」

「OLさんってさ、朝会社の制服に着替えると 髪の毛もくるくるっとまとめちゃうイメージだからさ。で、終わると、ハラハラっと取る・・・みたいなね。ま、ドラマの世界だけど」

有紗は鏡を見ながら言った。

「・・・私・・・髪の毛、短く切ろうかと思ってるの」

襟足の短い毛先を撫でつける有紗。

「え~!俺長い方が好きだから、切んないでよ~!」

「そうなの?短いの・・・嫌い?」

「嫌いじゃないけど・・・やっぱ長い方が女の子らしいっていうかさぁ。男の俺には無縁だからね、長い髪とかスカートとか。女の子は、女の子にしか出来ない格好 思いっきりしたらいいと思うんだ」

鏡の中の自分を 悲しい瞳で見つめる有紗。

「広瀬さんは、女の子らしい子が好きなんだね・・・」

「その子に似合ってれば何でもいいんだけどね。だから、有紗ちゃんが髪の毛短くしたいって言うなら・・・あぁ、でもベリーショートとか無しだよ。俺より短くなっちゃったら・・・ちょっと嫌」


 23回目の誕生日に、有紗は母の病院に来ていた。

「お母さん、私も今日で23になったよ」

有紗の顔を見つめ、優しく微笑む母。

「仕事もまだ決まらないけど、今はね、色んな事を頑張ってみようかなって思えてるんだ。人生で初めてかも。前向きになれてる」

母は有紗の顔を見て、満足気に頷いた。

「何かいい事あったの?」

後遺症の残る口調で、必死に話す母。有紗はにこっと笑って、

「まだまだ心配ばっかり掛けてるけど、・・・産んでくれてありがとう」

母は穏やかな笑顔で言った。

「生まれてきてくれて、ありがとう」

不意打ちで、有紗の目頭に熱いものが込み上げる。そして母はゆっくりとした口調で続けた。

「あんたが生まれた時、お爺ちゃんが亡くなったばっかりで お父さん落ち込んでたの。仕事も上手くいかなくて。だけどあんたが生まれてお父さんが元気になって、又頑張ろうって気持ちになったんだって。生まれてくれただけで、周りを元気にしたんだよ」

初めて耳にする自分の生まれた時の様子に、興味深げに耳を傾ける有紗。

「だから、自信持ってね。一人一人生きてるだけで、きっと誰かの為になってるんだと思う。お母さんも、まだこうして生かしてもらったって事は、やらなきゃならない事がこの世にまだあるんだろうね」

「そうだよ。お母さんは生きててくれるだけでいいんだから。家族皆の元気になってるんだよ」

「励ましてもやれないし、何も手伝ってもあげられなくて、ただ世話にばっかりなってしまってるけど・・・ごめんね」

「今まで家族の為に頑張ってきてくれたんだから、今度はいっぱいしてもらう番なんだよ。早くお家に帰って来られる様に、皆で考えてるからね」

有紗は母の手を優しく握った。


 病院から帰宅すると、姉が家に来ていた。

「おかえり」

「お姉ちゃん。・・・どうしたの?」

「お誕生日だからと思って、お赤飯焚いてきた。自分じゃ作らないでしょ?」

「ありがとう、わざわざ」

テーブルの上に置いてある紙袋からタッパーを取り出すと、蓋を開けて見せる姉。

「うわぁ、美味しそう」

「昔っから好きだもんね」

姉の子供達は、テレビの前でDVDにかじりつきである。その子供達の様子をチラッと確認してから、姉は話し始めた。

「仕事は?決まりそう?」

「昨日二社 面接してきた。今日までに連絡があれば採用だって」

「どんな仕事?」

「会社の受付窓口」

「え~っ?・・・意外。どうしちゃったの?急に。条件が良すぎて目が眩んだとか?」

「違うよ・・・」

有紗が少し口を尖らせる。

「自分の苦手だと思ってた事にも、チャレンジしていこうかなって思って」

「何?心境の変化?・・・まぁ色々頑張ってみなよ」

そして姉は お赤飯を入れてきた袋を畳みながら、また話した。

「お母さんの今後の事とか、色々考える事あると思うけど、私も出来るだけ協力するからさ。それを理由に、自分のやりたい事 我慢しない方がいいよ。きっと、お母さんもそう言うと思う」

「・・・うん。ありがと」

時間を確認すると、姉が鞄を肩に掛けた。

「さ、じゃ帰ろうかな」

子供達のDVDを片付け、おむつを替え、上着を着せる。

 玄関で見送る時、姉が有紗をしげしげと見つめて言った。

「あんた、髪ボッサボッサだね。切ってあげようか?」

美容師だった姉には、気になるらしい。しかし有紗は頭をブンブン振った。

「いいの。今伸ばしてみようと思ってるの」

「え?伸ばすって・・・ロングに?」

「うん・・・。ずっと短かったから、イメチェン。長いのもどうかなぁと思って。例えば、伸ばしてゆるくパーマかけて ゆるふわ・・・とか」

姉の顔色を窺いながら話してみるが、やはり姉は想像通り 目をむいた。

「ゆるふわ~?あんたの髪は太くて多いから、ゆるふわにはなんないよぉ。せめてストレート。でも、一歩間違えたら日本人形みたいになっちゃうよね。顔も和だしさ」

「やっぱ変かな・・・」

姉は そう話す有紗の目をじーっと覗き込んだ。

「好きな人でも出来た?」

「そんなんじゃないよ!」

しかし、姉はその言葉を信用しなかった。まだ疑わしい目つきで有紗を見ている。

「急にイメチェンなんて、おかしいじゃない。しかもゆるふわって・・・。女子力アップさせようとしてんでしょ?」

「別にゆるふわじゃなくたっていいんだよ。例えばの話。好きな人とかいないから!」

「いい事じゃないの~。好きな人作って、恋愛して、自分を磨いたらいいよ。どんな人か、お姉ちゃん会ってあげるから」

「だから違うって・・・」

すると大人の会話が続く退屈な時間にしびれを切らし、子供達がぐずり出す。

「ごめん、ごめん」

そう言って姉を送り出す有紗が、玄関の戸を閉める間際に もう一言思い出した様に付け足した。

「余計な事、お父さんに言わないでよね。お姉ちゃんの勘違いだからね」

後ろ手に高く手を振って、姉はベビーカーを押し 子供を二人連れて帰って行った。


第8話、お読み頂きありがとうございました。

段々に二人の気持ちが近づいてきましたが...

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