第5話 見えない相手
5.見えない相手
次の日の午後、昨夜から切っていた携帯の電源を恐る恐る入れる有紗。すると案の定 淳哉からのメールが何通か溜まっていた。
『おやすみ』3:08
『おはよう』12:17
『元気?なんか昨日の夜のメール、いつもと違った様に感じたから』12:43
『具合悪くてダウンしてんじゃないかって心配してます。ま、心配するだけで何も出来ないけど。ごめんね』14:25
有紗の心に刺さっていた仁美の言葉『もうとっくに裏切ってるでしょ』が、まだ真ん中にのさばっていた。
その後も『仕事行ってくるね』というメールが来るも、有紗は読んだだけで携帯を閉じた。
しかし夜中の『ただいま』というメールを読んだ途端、有紗は『おかえりなさい』を言いたくて、またそんな都合の良い自分と葛藤していた。それなら、この気持ちを正直に話してみたらどうだろう・・・そんな事を思いつく。電話やメールで今楽しむだけの友達なら出来る。それとも、それ以上の事を淳哉が望んでいるなら、きっぱり終わりにしよう・・・。こういう事は早い方がいい。罪は軽い方がいいに決まってる。道を間違えたら、早く戻るに越した事はないのだから。
「おかえりなさい」
「どうしてたの?!昨日からさ 全然返信ないし、心配してたんだよ」
「ごめんね」
「具合悪かったの?」
「ううん」
有紗の声のトーンに、淳哉の察知機能が働く。
「何かあった?」
有紗が静かに深呼吸をするのが、淳哉の耳に届く。
「・・・友達にね、広瀬さんとの事・・・話したの。そしたらね・・・」
「こっぴどく止められたでしょ?」
「・・・え?」
「当たり前だよ。誰だってそう言うよ。あんなんで知り合った男、信じちゃ駄目だって」
「・・・・・・」
「で、有紗ちゃんの気持ちも揺れちゃったんだ?そりゃ そうだよね」
「・・・ごめんなさい。でも私は、そんなに悪い人だとは思わないんだけど・・・」
淳哉ははははと笑った。
「ありがと」
「で・・・」
有紗が切り出そうとしたところで出鼻をくじかれる。淳哉が一歩先を行った。
「会おうよ。会ったら、俺が変な奴じゃないって分かってもらえると思う」
有紗の口が固まる。
「会うだけ。駅とか・・・人の多い所で会って、それだけ。それで有紗ちゃんが嫌だと思えば、もう連絡しない」
「・・・・・・」
有紗は鏡の前で 襟足まで切られた髪を掻きむしる様にくしゃくしゃにして、頭を振った。
「会えない・・・」
「どうして?だって会うだけだよ。昼間、人の多い所で」
「だって・・・そういう為に電話したんじゃないもん」
「そりゃ俺だってそうだけど・・・」
有紗は 頭を掻きむしりながら、声を絞り出した。
「無理・・・」
「どうして?」
「だって・・・絶対駄目・・・」
「何で?有紗ちゃんだって、俺がどんな奴か心配でしょ?」
「今のまんまでいい」
「今のまんま?」
今度は淳哉がそう言ったまま、黙ってしまった。暫く沈黙が続いた後で、淳哉が又口を開いた。
「分かった。今のまんまでいいよ。だけど、一回だけ会おう。有紗ちゃんには安心して 俺と話して欲しいからさ」
やはりかなりのプラス思考である。しかし、かえってそれが有紗を追い詰めて行った。
「ごめんなさい・・・」
少し考えてから淳哉が聞いた。
「・・・他に・・・会いたくない理由があるの?」
ドキッとする有紗。
「・・・・・・」
「もしかしてさ・・・」
有紗の脈拍がぐんぐん上がる。
「会ったら俺が・・・有紗ちゃんの事嫌いになると思ってるとか・・・?」
鏡の中の有紗の目にみるみる涙が滲んでくる。こんな出会いでなかったら・・・。あの時 こんな未来が分かっていたら、自分の取った行動も違っていた筈だ。
「私・・・男の人・・・苦手なの」
有紗は奥歯を噛みしめ 息を止めた。
「・・・・・・」
「ごめんなさい」
「こっちこそ、ごめん」
しんみりとしてしまった空気を何とかしようと 淳哉が考えていると、今度は有紗が先を越した。
「もう・・・寝るね。おやすみなさい」
一方的に切れた電話に、淳哉は呆然としていた。
次の日の昼頃、いつもメールが来る時間になっても淳哉からの着信は無かった。有紗は少し淋しい気持ちを抱えながらも、これで良かったんだと自分を納得させようとする気持ちが上回る。毎日のメールが習慣になってしまった様に、また元の静かな生活が何日か続けば、きっとそれが当たり前になる。有紗がそう心に言い聞かせていると、珍しく夕方の5時過ぎに淳哉からのメールが来る。
『昨日は、有紗ちゃんの事何にも知らないで しつこく 会おうなんて誘って、本当にごめんなさい。反省してます。
男の人が苦手なのに、今まで俺と話したり メールにつき合ってくれてありがとう。かなり無理してくれてたのかな?全然気が付かないでごめんね。返事も、有紗ちゃんの気持ちのタイミングでいいからね。無理は絶対しないで。お願い』
再び有紗の頬を涙が伝った。
とうとうカレンダーも11月の番が巡ってくる。あと1カ月もしない内に23歳になってしまう自分が、仕事も無い、先も見えない、自らの殻も破れない・・・でいいのだろうかという焦りを感じる有紗。カレンダーの23日に赤丸で印をつける。その時に目に飛び込んできた21日。淳哉から先日メールが来てから、一週間が経っていた。有紗の胸がきゅっと痛んだ。そしてその晩、有紗の胸の痛みとまるで繋がっているかの様に、淳哉からのメールが入る。
『元気にしてた?
俺、この間は気が付かなかったけど、もしかして男の人が苦手になる様な嫌な事があったの?
話せる時が来たら、聞かせて欲しいと思ったんだ。少しでも有紗ちゃんが元気になれるんなら、力になりたい』
有紗は枕に突っ伏して泣いた。
第5話お読み頂きありがとうございました。
今後の淳哉と有紗の恋の行方を 皆様どんな風に想像されますか?