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嘘と愛のかけら  作者: 長谷川るり
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第4話 しゃぼん玉

4.しゃぼん玉

 

10月も半ばを過ぎると 夜に虫の音が聞こえたり、中秋の名月等と言って 何となく月を眺めたくなるものだ。そして夜空を眺めると、決まってしんみりとした気持ちになるものだ。人恋しくなるのも、この季節の専売特許の様なものだ。

 先日電話から聞こえてきた淳哉の寝息に、有紗の警戒心が解けていった事は否定できなかった。

「この前から何回か電話もらってたのに、ごめんね。タイミング悪くって・・・」

「こっちこそ・・・」

「有紗ちゃんにかけ直したくっても出来ないからさ。次いつ掛けてきてくれるかも分かんないし」

「・・・・・・」

「有紗ちゃんから 非通知で掛かってくるの見る度に、俺の事 まだ信用してもらえてないんだなって、ちょっと淋しい気持ちになるんだ」

有紗の胸がギュッと縮む。

「いいんだよ。いいんだけど・・・ね。電話切る時もさ、毎回これで最後になっちゃうのかなって思ったりするし」

切り際にそんな風に感じてくれていた事に嬉しくなると同時に、心臓も脈打ちが強くなる。

「まだ・・・俺って怪しい人?」

「・・・怪しくはないけど・・・」

「けど・・・?」

胸の痛みを抑える様に手を押し当てる。

「・・・怖い」

「怖い?俺?!」

驚いた声を上げる淳哉。

「いや・・・広瀬さんがじゃなくて・・・自分が」

「・・・どういう意味?」

「ごめんなさい・・・上手く説明できない・・・」

最後に吐いた息が震えていた事に気づいた淳哉は、急に笑いながら言った。

「ごめんごめん。問い詰めちゃったね。ごめんね。いいんだよ、このままで」

最後の一言は、多分有紗が聞いた淳哉の言葉の中でも 一番優しい言い方だった。それがかえって有紗の胸を絞めつけた。

「話変わるけどさ、今日嬉しい事あったんだよね」

そう明るく、淳哉は店であった出来事を話した。有紗の声が明るくなるまで、話題を変えては話し続けた。いつの間にか笑顔になっていた有紗だったが、ふと我に返る。

「今って、仕事モードですか?」

「ん?なんで?」

「前に『仕事モードから切り替えたくて話し相手探してた』って言ってたから。今仕事モードにさせちゃってるのかなって思ったら、申し訳なくて・・・」

「有紗ちゃんからの電話取った時点で、仕事モード切り替わってるからね」

「なら・・・良かった」

ふっと嬉しくなった心にブレーキを掛ける様に、先日の『妹みたいな感じ』という言葉が甦る。

「家族と喋ってるみたいなのかな・・・?」

「家族?」

「前、妹みたいって・・・」

反応のいい淳哉にしては珍しく 返事が遅い。

「そうかぁ、そんな事言ったな・・・。有紗ちゃんはさ、それ聞いて安心した?それとも・・・がっかりした?」

そこに生まれた間から 明らかに答えに困っているのが、手に取る様にわかる。またそれを笑いに変えて、その場を和ませる淳哉。

「今日は俺、駄目だね。有紗ちゃんいっぱい困らせてる」

淳哉の気持ちを知りたい・・・正直にそう思った。しかし聞くのはとても怖い事だった。すると、淳哉が口を開いた。

「お願いがあるんだけどさ・・・」

有紗の体が硬直する。

「電話番号は聞かないからさ・・・アドレス教えてくれない?」

「・・・・・・」

「俺から連絡したい時もあるし・・・」

『そうなの?』と思わず声が漏れてしまいそうだった。慌てて口に手を当てて 淳哉の次の言葉を待った。

「今日こんな事あったとか、話したいしさ。電話繋がんなくても、俺からの連絡手段があれば、いつなら都合いいとか伝えられるし。それに・・・メールなら 嫌ならシカトしてくれればいいしね。・・・どう?」


 次の日の昼間、淳哉から有紗への初めてのメールが届いた。

『おはよう。

今起きたよ。

朝から仕事してる有紗ちゃんには、もうおはようじゃないね。

俺は今日はこれから、ビッグサイトでやってる洋酒フェアに店のマスターと行ってきます。

仕事頑張ってね』

昨夜淳哉にアドレスを教えた事で、この後どうなっていくのかを不安に思っていた有紗だったが、実際にこんな風なメールを受け取ると、心が躍る自分がいた。そして早速有紗は返信を打った。

『こんにちは。

昨日の今日で 本当にメールが来て、ちょっと驚いてます。

お仕事頑張ってきてね』

最後にハートの絵文字を打ち込んだが、慌てて削除してから送信する。携帯をポケットにしまって台所に行き、炊飯器から残りご飯をさらう。冷蔵庫の残り物でお昼を済まそうと テーブルにお箸を出すと、ポケットの中で携帯が鳴る。

『感動―っ!!!有紗ちゃんからの即レスに、繋がってる感半端ない。マジ嬉しい。ありがとう。

あれ?でも有紗ちゃん仕事中にメールして大丈夫?

無理しないでね。じゃ俺もこれから準備して、行ってきま~す』

つい浮かれて時間を確認せずに返信してしまった自分に反省をしながら、有紗は一言だけ返信をした。

『いってらっしゃい。気を付けて』


 その日の夜中、午前3時前に有紗の携帯がメールを着信する。

『ただいま~。今日は遅くまでお客さんがいたから遅くなっちゃった。もう寝ちゃったかな・・・?』

すぐに携帯に文章を打ち込む有紗。

『おかえりなさい。お疲れ様』

と、そこまで書いて ふと思い留まり、全文削除する。気持ちは今すぐにでも返信をしたり電話を掛けたい位だったが、有紗の心にブレーキがかかる。昨日から今日にかけて 二人の距離が急速に近付いてる様で、戸惑う有紗。こんな事を繰り返したって、淳哉との将来がある訳ではない。有紗は携帯をベッドの脇に置いた。

 30分程して、またメールが届く。淳哉からだ。

『寝ちゃってるのかな?』

それを読んだと同時に、有紗の心が揺さぶられる。今すぐ返信したい自分と、それを引き止めるもう一人の自分が喧嘩をしていた。

『おかえりなさい』

そう一言だけ書き込んで、有紗は送信する。すると、またすぐに返信が来る。

『今 話せる?』

またドキンと胸が鳴る。今電話するなら、一回目のメールですぐ返事を返していたって良かったのだ。でも返信をしたのに電話出来ない理由なんて、思い浮かばない。昨夜の電話から まだ24時間程しか経っていないのに、昨日の電話の前と今とでは 淳哉との距離が明らかに縮まっている事を思うと、一回ずつの電話で どんな展開になってしまうのかが怖かった。しかし・・・。このままリアクションを起こさないなら、『おかえりなさい』のメールも返さない方が良かったのだ。何もしていなければ きっと寝てしまっていたんだと思った筈なのに、一言返信したがばっかりに、余計に淳哉に心配を掛けてしまう。有紗の心の天秤が大きく揺れ動きながら、一つの選択をした。

「・・・こんばんは」

「もう寝てた?っていうか、起こしちゃったのかな?俺が」

「大丈夫。それから・・・ごめんなさい。まだ非通知で・・・」

「いいよぉ、そんな事気にしなくって。あれ?それで掛けるの迷ってたとか?」

「そういう訳じゃないけど・・・」

「いいからね、全然そんな事心配しなくって。俺、前言ったよね?凄いプラス思考だから、大概の事じゃへこまないって」

有紗はふふふと笑った。

「可笑しいね。きっと俺と有紗ちゃんって、性格真逆だよね?」

また有紗がふふふと笑う。

「俺といっぱい話して、少し俺に影響受けた方がいいよ」

今度は有紗がはははと笑った。

「あっそう言えば今日の昼間、仕事中にメールして平気だったの?」

「・・・ちょっと位だから・・・手元でちょこちょこって・・・」

「へぇ~。受付嬢ってさ、一人で座ってるの?」

「・・・二人で」

話題が早く変わる事を願いながら、別の話題が思い浮かばない有紗。

「お昼ご飯ってどうしてるの?毎日外?それとも社員食堂があるとか?」

「・・・お弁当持って行ってる」

工場で働いていた時の事を思い出しながら 会話を進める。

「偉いね~!毎朝ちゃんと作るんだ?あ、お母さんが作ってくれるの?」

「ううん。自分で作る」

“お母さん”というフレーズに、不意に悲しい気持ちになってしまう有紗。しかし そんな事を知らずに淳哉は家族の話題を続けた。

「有紗ちゃんって何人兄弟?」

「3人」

「一番下でしょ?」

「・・・悔しいけど当たり」

「やっぱね!・・・三人姉妹?」

「それは外れ。・・・どうしてそう思うの?」

「お嬢様といえば姉妹でしょ」

「だから全然お嬢様じゃないって・・・」

「あっごめんごめん。そうだったね」

「広瀬さんは?兄弟」

「男ばっか三人」

「へぇ~意外。妹とか・・・いそう」

「全然。しかも仲悪い」

「あ・・・そうなんだ。ごめんなさい」

「いいんだ、別に隠してないし」

「一番上?」

「はずれ。真ん中。兄貴は秀才でエリート。大手の企業に就職して、出世街道まっしぐら。両親の自慢の息子様だよ。弟は今大学生。就活してたみたいだけど、この前内定貰ったとか。俺だけ高卒で実家出て、バーテンやってる」

初めて聞く話に、淳哉のコンプレックスやハングリー精神が少し垣間見れる。

「俺だけ、親の期待に応えて来なかった・・・」

「そんな事ないよ。18歳から一人で生活してきたんでしょ。それだけでも凄いし、お客さんを幸せにしてるじゃない。大学とか一流企業とか、そういう事だけが人生の大切な基準じゃないもん。それに、広瀬さんは広瀬さん。お兄さんや弟さんと比べる必要なんてない」

聞き終えた淳哉がふっと笑って言った。

「ありがと」

「やだ・・・そんな事分かってるよね。分かってるから頑張ってるんだもんね。ごめんなさい・・・」

「嬉しかったよ。自分ではそう思う様にしてるけど、人に言われると・・・尚更嬉しい。俺間違ってなかったって。頑張ってきて良かったって思えた」

電話を耳に当てたまま、有紗はベッドに仰向けに寝転がった。

「あっ!そうだ。肝心な事言い忘れてた。有紗ちゃんにお礼言おうと思ってたんだ。今日さ、昼間メールした時ね、有紗ちゃん『行ってらっしゃい』って言ってくれたでしょ。あれが妙に嬉しくってさ」

自然と有紗の頬もほころぶ。

「俺一人暮らし長いじゃない?だからさ、誰かに『行ってらっしゃい』って見送ってもらう事 あんま無いし。しかもさっき『ただいま』って打ったら、『おかえりなさい』って返信が来たじゃない?マジ嬉しかった。ってか、感動した!」

思わずぷっと吹き出してしまう有紗。

「あっ!笑った?おかしい?そんなに吹き出す程」

「だって、大袈裟」

「大袈裟じゃないよ。あ~わかんないんだよな、実家暮らししてる人には。お母さんとかが『行ってらっしゃい』って送り出してくれるの、当たり前じゃないからね」

本当にそれが当たり前じゃないんだと、有紗は心の中で共感しながら、母を思い出して 又少し悲しい気持ちになる。

「そうだね・・・」

「有紗ちゃんのお母さんって、どんな人?」

有紗は天井を見つめながら、言った。

「優しくて・・・頑張り屋かな。それから・・・いつも笑顔」

有紗の思い出している映像は、数年前の元気な頃の母の姿だった。

「いいね。素敵なお母さん。俺のお袋は変わりもん。いい所は・・・働き者って位かな」

「親は・・・元気でいてくれれば、それでいいよね」

少し二人の間に静寂が訪れる。ふと そんな事を口走ってしまった自分を後悔し始めた有紗に、淳哉が言った。

「有紗ちゃんの・・・その価値観って、両親の影響?」

「え?」

「俺の価値観と結構似てるかなって。ま、俺の場合は両親の影響じゃないけどね」


 それからほぼ毎日の様に 昼頃起きた淳哉の『おはよう』メールと、帰宅時の『ただいま』メールは続いた。そしてその度に『おはよう』『おかえりなさい』を返す有紗だった。

「ねぇ、それって付き合ってるの?」

「え?!」

「だって、友達と そこまで毎日メールしないっしょ?」

「一人暮らしが長いから、『行ってらっしゃい』とか『おかえりなさい』って言ってもらうの嬉しいんだって」

有紗が話しているのは、短大時代の友達 仁美だ。仁美の会社の昼休みに、近くの公園で待ち合わせして、ベンチに腰掛けて さっき買ったパンを食べる。

「ほんと~?そうやって言って、どんどん向こうのペースに持ってかれちゃうんじゃないの?」

「え~っ!そんな計算してるかなぁ・・・」

「会った事もなくて、まして あんな電話で知り会った男の言う事、丸ごと信じちゃってるの?つくづく お人好しっていうか・・・」

お昼ご飯のサンドイッチを最後の一口パクッと口に放り込んだ仁美は、高くなった秋の空を見上げた。

「自分だって仕事の事やら ゆるふわロングだとか嘘ついてんだから、向こうだって分かんないよ。会ったら、めっちゃハゲたじじいだったらどうする?」

「・・・・・・」

「おたくっぽくて エロキモい野郎だったら?」

「・・・・・・」

「今度こっそり見に行っちゃう?」

「こっそり?どうやって?」

「店が分かれば、お客さんとして行ってみちゃうって手があるじゃない」

「そんな・・・。声でバレないかな・・・?」

「ま、その辺は私が上手い事やるわよ」

「でもさ、なんか それって反則っていうか・・・裏切ってる気がする」

「な~に言ってんの!嘘ついてる時点で、もうとっくに裏切ってるでしょ」


 その晩も いつも通り淳哉から『ただいま』メールを着信するが、有紗は返信できずにいた。昼間仁美に言われた一言が、深く刺さっていた。

『もうとっくに裏切ってるでしょ』

・・・今更『嘘ついてました。ごめんなさい』なんて とても言えない。もし万が一、いや一億分の一位の可能性で許してくれたとしても、会って自分の事を気に入ってもらえる自信なんかない。・・・淳哉はどんなつもりで自分とメールのやり取りをしているのだろう。ただ今だけを楽しみたいだけなら、罪ではない気もする。でも・・・。淳哉の気持ちを聞く勇気は、嘘を正直に謝る勇気に匹敵する。イコール、それは不可能に近い。しゃぼん玉の様に、生まれると嬉しいが割れるのも怖い。・・・今有紗は、正しくそんな心境だった。そんな 取り留めもない思考に有紗が取りつかれていると、もう一度淳哉からメールが入る。

『ただいま。何かあった?』

有紗は一言だけ打ち返す。

『おかえりなさい。お疲れ様。今日はもう寝ます。ごめんなさい』

絵文字も何もない殺風景な文章を送信し終えると、有紗は携帯の電源を切った。


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