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嘘と愛のかけら  作者: 長谷川るり
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第3話 時の隙間

3.時の隙間


 朝ご飯の洗い物をしながら、洗濯機の洗い終わりを知らせる音を聞く。

「じゃ、行ってくるね」

会社員の父が鞄を持って台所の有紗に声を掛ける。

「明日、お母さんの病院 一緒に行けるか?」

「うん。土日は面接無いし」

毎週土日は、母の病院に面会に行くのが父の日課となっていた。そして病院に行く前に近くのファミレスで昼食を摂るのも 日課の一つだった。


 今日も父と病院の近くにある和風ファミレスに入った。メニューをオーダーし終えたところで、お水を一口飲んで有紗が口を開いた。

「お父さん 私ね、考えたんだけど・・・私がお母さんを家で看ようかなって思ってるの。そしたらお母さん、病院なんかにずっと居なくていいでしょ?もう治療ってより後遺症のリハビリだけだし、それなら通いでも出来るでしょ?」

母は一年半程前にくも膜下出血で倒れ、現在リハビリ専門の病院で療養中だった。

「お前、仕事はどうするんだ?」

「通信教育で資格取れば、今家で出来る仕事って結構あるみたいなの。通信制ならお母さん介護しながらでも勉強できるし、今職安でも勧められてるの。求職期間を活かして資格取ると、負担額が少なくて済んだり・・・」

「昼間一人でお母さんを看るとなると、そうそう勉強なんか出来ないだろ。一度始めた介護は 長く出来る体制を考えないといけないからね・・・」

「病院に居る方が安心だから、お母さんを家に連れて帰るのは反対?」

「反対じゃぁないよ。お父さんも考えてるよ。この間も康介がその話しに来た」

「お兄ちゃん、その話だったの?」

「お母さんは介護認定だと要介護5だから、介護保険でヘルパーさんやリハビリの先生に在宅訪問してもらうって方法もあるって。でも一日中は無理だから、介護施設に入所させてもらって、土日だけ家に外泊って形はどうかって」

「だって介護施設ってなかなか入れないって聞くよ。それに高いって」

「確かに金額はピンきりだ。」

「そんなひと月に何十万も払うんだったら、私がお母さんを看るよ」

「こういう事は、気持ちとか勢いで決めたら 後で辛くなるんだよ。冷静に、お母さんが長く 出来るだけ快適に過ごせる環境を考えないとな」

父がゆっくりとお水を一口飲む。

「実は真理恵もこの前、『そうなったら手伝いに来る』なんて言ってきた」

「お姉ちゃんも?」

「だけど、まだ子供も小さいの二人いるし、あっちのご両親とも同居してるんだから無理するなって断ったんだ」

 頼んだメニューが二人の前に揃い、箸を口へ運びながら 父が思い出した様に有紗の顔を見た。

「通信教育で資格取るって言ったけど、何の資格取るつもりなんだ?」

「・・・それはまだ・・・わかんないけど」

顔を上げずに答えると、父が箸を止めて水を飲んだ。

「まだ22や3だ。若いって事は可能性がいっぱいあるって事だ。自分で出来ないって決めないで、少しでも興味がある事には色々首を突っ込んでみればいい。慌てないで探しなさい」


 ここ最近、金曜日の夜が巡ってくる度に 鮮明に思い出す淳哉との電話。『妹みたい』と言われ 失恋した様な錯覚を勝手に起こしていた有紗だったが、ふと今日は別の事を思う。

(妹なら妹っぽく 可愛がってもらえばいいのか・・・)

そしてまた、

(元々嘘もついちゃってるんだから、実際つき合うなんて事になる訳がないもんね。そう割り切って、電話でのお友達になればいいのか・・・)

そんな風に思えば、心も軽くなる。そして2時半を過ぎた時計の針を確認すると、待ってましたとばかりに淳哉の番号を押す。

呼び出し音が3回位聞こえたところで、淳哉の声が聞こえる。

「もしもし」

しかし今までの2回の電話と明らかに違うのは、後ろで賑やかな声がする事だった。

(まだ外なんだ・・・)

(彼女と一緒だったら どうしよう・・・)

まだ自分の名前を名乗る前から、動揺が止まらない。

「・・・誰?」

ドキッとして声が出ない。

「もしも~し?」

「あのっ・・・ごめんなさい!まだ外でしたね。ごめんなさい」

「有紗ちゃん?」

「はい。でも・・・またにします。ごめんなさい」

くすくすと笑いながら、淳哉は状況を説明した。

「ごめん。今日は友達と遊んでんだ」

「こっちこそ、すみませんでした!・・・切ります」

「そんなに慌てないでよ、大丈夫だから。明日・・・また掛けてよ。今日はごめんね」

電話を切った後に甦る 無様な対応の自分に自己嫌悪が押し寄せる。その感情が次の日になっても薄くならず、淳哉の『明日また掛けてよ』という嬉しい筈の言葉も、有紗の背中を押す力にはならなかった。

 その自己嫌悪の呪縛から解かれたのは月曜の夜だった。いつもの2時半過ぎになって電話を握るが、なかなか指が動かない。そしていよいよ3時に近付いて、有紗の気持ちも落ち着いてくる。

(土曜日は電話出来なくてごめんなさい)・・・言い訳を何度も練習してみる。そしてようやく通話ボタンを押せたのは3時を回っていた。

プルルルルルル・・・プルルルルルル・・・

かなり鳴った後でようやく取った電話からは、眠たそうな淳哉の声が聞こえてくる。

「・・・有紗です」

恐る恐る名乗る。

「・・・・・・」

返事がないまま、練習していた言い訳を口にしてみる。

「土曜日は電話出来なくてごめんなさい。寝ちゃって・・・」

「・・・・・・」

「・・・もしもし?」

「・・・あ・・・もしもし?誰?」

完全に寝ていたと分かる声の主に、有紗がもう一度名乗る。

「有紗です・・・」

「あぁ・・・ごめん。今日仕事休みで、もう寝ちゃってた・・・」

「ごめんなさい!お休みって知らなくって・・・!」

寝てるのか、有紗の声に反応がない。暫く電話を耳に当てたままにしていると、微かに淳哉の寝息が聞こえてくる。何だかとても温かい気持ちが湧き起こる。少しの間 その寝息に耳を澄ましていると、不思議ととても近い存在の様な錯覚を起こす。しかし その心地良い錯覚に身を任せる様に、有紗もベッドに横になり目を瞑る。真っ暗い世界に聞こえてくる かすかな彼の寝息。少しだけ空想の世界に漂うと、有紗は独り言の様に『おやすみなさい』と呟いて電話を切った。


第3話お読み頂きありがとうございました

今回は少し短かったですね

次回は少し、淳哉と有紗の気持ちが動き出しますので、楽しみにしていて下さい

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