第24話 かけらの結晶
24.かけらの結晶
年が明けてから一週間が経っていたが、淳哉と正子は初詣に出掛けていた。新宿の花園神社でお詣りを済ませて、おみくじを引く。小吉の淳哉のおみくじを読む。
「恋愛は難があるが、遅いが成就するって。まーこは?」
まーこのおみくじを二人で覗き込む。そして淳哉が声を出して読み上げる。
「自らの殻を破り 信じて飛び込めば、今身近にいる人との将来が開けるって」
「・・・・・・」
妙に言い得ているおみくじに、正子は気まずくなる。それを察知し、淳哉が話を続けた。
「まーこ、仕事運は?」
幾つかの項目を読み終え、二人は境内の枝に結んで神社を後にした。
会社員は仕事初めを済ませて通常通りの日常に戻っていたが、学生はまだ冬休みとあって、平日の昼間でも まだまだ街は混雑している。しかし、淳哉はズボンの両ポケットに親指を引っ掛けて歩き、手を繋ぐ事は無かった。去年3回目のデートの時以来、二人は手を繋いでいない。足の速い淳哉がつい正子よりも先に行きがちになる。人混みの中で、必死に後をついて行く正子。
「どうしようか?この後」
そう話し掛けて横を向いた淳哉が、少し後ろにいる正子を立ち止まって待つ。
「どうしようか?」
同じ言葉を繰り返す正子。これは、正子に答えがないからである。
「まーこが決めて。どうしたいか」
「・・・・・・」
だから、そういうのが一番苦手だというのに・・・と、正子は心の中で叫んだ。
「帰るか・・・もう少し一緒にいるか」
「・・・どっちでも・・・」
淳哉は小さい溜め息を吐きながら言った。
「これで帰ってもいいんだね?まーこは」
「あっちゃんがいい方で・・・」
「違うよ。まーこがどうしたいかを聞いてるんだよ」
(どうして私の意見を聞くの?私はあっちゃんがいいと思う方でいいのに・・・)
正子は心の中でそう叫びながら、言葉に出来ずに俯いた。
「今年は、俺のペースじゃなくて まーこの気持ち通りにつき合うって、さっき神様と約束しちゃったから」
黙っている正子に淳哉は話し続けた。
「まーこが会おうって言うまで会わないし、まーこから手繋いでくるまで手も繋がないし、キスもしないし近付かない」
「あっちゃん・・・」
「もう決めたから」
どうして急にそんな事を決めてかかったんだろうと不思議に感じながら、正子が困っていると、淳哉が答えをせっついた。
「で?どうするの?帰る?」
正子が首を横に振る。
「じゃ、どこ行く?」
「それも私が考えるの?」
「そうだよ」
「それはあっちゃんも考えてよ」
「う~ん・・・じゃ、映画は?」
「うん」
「他に考えたくないから『うん』って言ったんでしょ?」
「そうじゃないよぉ。外は寒いから、室内がいいと思ってたんだよ」
そう言いながら、映画館の前に来る。お正月映画が公開中で、二人はチケット売り場のポスターの前で選ぶ。
「あ、これ面白そう」
そう淳哉が言ったのは、アクション映画だ。
「でも、まーこ好みじゃないよね・・・。まーこは・・・こういう恋愛ものか、アニメ?」
恋愛ものはまずい。正子の頭の中が急速に回転を始める。真っ暗な部屋の中でラブシーン等出てきたら、どんな顔して見続けていいのか分からない。手なんか繋がれたら、声を上げてしまいそうだ。・・・しかしさっき淳哉は、『まーこから手繋ぐまで繋がない』と言っていた。じゃ、その心配はないかもしれない。しかしやはり恋愛ものは得体が知れないだけに賭けだ。・・・そんな事をぐるぐる考えていると、淳哉がしびれを切らせた。
「観たいのが無ければ、映画やめる?」
「やめない!」
また一からプランを考えさせられるのはごめんだ。正子がそう思うと、淳哉がまるで正子の頭の中を覗いた様な事を言う。
「くだらない事色々考えないで、ぱっとインスピレーションで決めなよ」
『くだらない事』と言われ、少しいじけ気味に下を向く正子。
「じゃ、時間で決めようか。今からすぐ始まりそうなヤツにしよう」
上映時間の確認をして、一番すぐに始まる 警察もので日本での正月映画ロングセラーに決まった。
映画を見終えて出てくると、外は夕日が傾いて、暗くなり始めていた。
「さ、どうする?」
「・・・」
「帰る?」
「さっきから、帰る帰るばっかり言わないでよ・・・」
ブツブツと文句を言う様な口調の正子。
「だって、まーこが次どうしたいって言わないからだよ」
「そんなすぐに思いつかないよ」
「分かったよ。じゃ、思いつくまで待ってるよ」
腕組みをして、壁に寄り掛かる淳哉。
「あっちゃん・・・」
「思いついた?」
「そうじゃない。あっちゃん、どうして・・・今日はそんな意地悪ばっかり言うの?」
「意地悪してるつもりなんか無いよ」
「だって、どうして今までみたいに『あそこ行こう』とか『こうしよう』って言ってくれないの?」
「・・・神様と約束したからって言ったでしょ?」
「どうして、そんな約束しちゃったの?」
「・・・・・・」
「私が優柔不断だから、嫌いになっちゃったの?」
淳哉が寄り掛かっていた背中を壁から離した。
「他で話そう」
映画館の前の人が立ち止まる場所を避ける様にして、淳哉が歩き始めた。それについて歩く正子に、これからどんな話をされるのか緊張が高まる。近くの公園に入ると、淳哉の足が遅くなる。1月の寒い時期とあって、夕暮れ時公園で座って過ごす人は居ない。遊具に寄り掛かる淳哉の横で、立ち止まる正子。
「まーこの事、嫌いだからじゃなくて・・・好きだから」
突然前置きもなく さっきの続きを話し始め、正子は心の準備をするのに必死だ。
「俺だって落ち込んでたんだよ。まーこに『オス』って言われて」
あの時の光景を思い出し、恥ずかしくなる正子。
「ごめんなさい」
「俺にそういういやらしさを感じるんでしょ?だから・・・」
正子は首がもげる程、横に振った。髪の毛がボサボサだ。
「違う。違う違う。そういう意味じゃない」
「じゃ、どういう意味?」
そう言われてしまうと、説明も出来ない。
「俺は・・・男をやめる事は出来ないけど、異性と感じない様な安心感があれば、まーこはもっと俺と気楽に付き合ってくれるんでしょ?」
「・・・・・・」
分かる様な分からない様な、そういう事でも無い様な・・・正子は複雑な心境になる。
「これからも、好きとは言うけど、友達みたいなデートをすればいいのかなって思ってる。」
『友達みたいなデート』正子が望んでた事だ。しかし、そう言われると複雑な気持ちだ。淳哉にそんな事を言わせた自分が申し訳ない気持ちでいっぱいになる正子。
「あっちゃんは・・・それで平気?」
「いいよ」
何故か胸の奥が痛い。でも何故かは、正子には分からない。
「まーこがそれで安心してくれるなら、それでいいよ。俺の事『オスだ』って思わなくなる時が来るかは分かんないけど、いつかは一人の人間だって思ってもらいたい」
淳哉のその言葉が、正子の心を無性に切なくさせた。
「人間だって思ってるよ。だけど・・・男の人だから・・・私の知らない、見た事ない顔もあるのかなって。そういうあっちゃんの事も、私 好きになれるのかな・・・」
淳哉は聞こえない位静かに溜め息を吐いた。
「好きって気持ちがあるから、まーこともっと近づきたいって思うけど、そういう気持ちがないのに、誰でもいいから近寄っていくのを『オス』って言うんだよ。だから、『オス』は相手の気持ちなんか関係ないんだよ。俺は、まーこが嬉しくない事はしたくない。だから、さっき神様に約束したの。今年はまーこの気持ちに全部合わせるって。で、大っきなお願い事一個したの」
「・・・大っきなお願い事?」
「そ。何かは言えないけどね」
そしてその場から離れ、淳哉は鉄棒の前に移動する。鉄棒を握って淳哉は声を上げた。
「冷てっ」
両手の平にハアーっと息を掛けて手を温めてから、もう一度鉄棒を握る。斜めの懸垂のポーズだ。そこへゆっくりと、正子も近付いてくる。足元の砂がゆっくりとジャリ、ジャリと音を立てた。
「まーこ、小学生の頃、逆上がりできた?」
正子は首を横に振った。
「俺、今でも出来るかな・・・」
そう言いながら、鉄棒を逆手に持ち替え、逆上がりをする。
「出来た!何年振りだ、逆上がりなんて」
鉄棒の上から、暫く下りて来ない淳哉。
「まーこも何かやってみなよ。前回りなら出来るでしょ?」
そして淳哉は、正子を見て 今の台詞を撤回する。
「スカートか。じゃ、駄目だね」
前回りをして鉄棒から下りてくる淳哉。しかし、まだ手は鉄棒を掴んだままだ。
「他にどんなのあったっけ?」
そしてまたひょいっと鉄棒に乗っかった。
「足かけ回りってあったよね」
そう言って片足を鉄棒に掛ける。淳哉が鉄棒で遊ぶ間、正子は傍でただそれを眺めているだけで、一言も発していない。一人で鉄棒をした後、淳哉は下りてきて独り言の様に呟いた。
「ふう・・・疲れた。地味に汗かいた。あちー」
そう言って、淳哉はダウンの前のファスナーを開けた。それでも正子が相槌を打って来ないので、淳哉は再び斜め懸垂の姿勢になる。
「あっちゃん・・・」
そう正子が言った声は本当に蚊の鳴く様な小ささで、砂利の擦れ合う音に掻き消された。正子が淳哉の背中に手を当てた。急に近付いてきた正子に驚いて振り返ろうとする淳哉を、正子は両手を背中に当てて制した。淳哉は鉄棒から手を離し、真っ直ぐに立った。正子がおでこを淳哉の背中につける。淳哉は『どうしたの?』という言葉を呑み込んで、正子のペースに身を任せた。
「あっちゃん・・・ごめんね」
そのまま淳哉が何も答えないと、正子が続けた。
「あっちゃん・・・好き」
正子が頬を淳哉の背中に付けた。
「あっちゃん・・・どうしよう・・・」
一体何がどうしようなのか、淳哉の耳がそこで立ち止まる。
「まーこ・・・」
淳哉が正子の名前を優しく呼んだのを聞くと同時に、正子が腕を淳哉の前にゆっくりと回した。その手を淳哉が握ると、思わず淳哉が声を上げた。
「冷たっ。まーこの手。冷えっちゃったんだね。風邪ひいちゃうね」
そう言って体の向きを変えようとする淳哉に、正子は腕に力を入れてそれを阻止した。
「まーこ、風邪ひいちゃうって・・・」
背中に付けた顔を振って『大丈夫』の代わりにする正子。
「じゃ、あと10秒だけね。10数えたらここ出よう」
淳哉のカウントダウンが始まる。
「10、9、8、7・・・」
正子はピクリともしない。淳哉は冷えきった正子の手にそっと自分の手を被せたまま、カウントダウンを続ける。
「4,3,2・・・」
その時、正子が手を解いて淳哉の背中から体を離した。ゆっくりと向き直る淳哉の袖を、正子が軽く引っ張った。
「何?」
淳哉が聞くが、正子の返事はない。
「さ、行こうか」
その語尾に重なるか否かで、正子が淳哉の胸に顔をうずめた。
「まーこ・・・」
直立の正子に対し、淳哉の腕も迷う。
「あっちゃん・・・」
「ん?」
「あっちゃん・・・」
小さな小さな正子の声を聞き漏らさない様に、淳哉が耳を澄まして正子の方へ少し耳を傾ける。
「・・・ぎゅっとして・・・」
「・・・いいの?」
淳哉の胸の中でこくりと頷く正子を見てから、淳哉はそっと そしてゆっくりと正子を包み込んだ。先程暑くて汗ばんだと言った淳哉のシャツが温かい。心臓の鼓動も正子の耳に届いた。大きくドクッドクッと聞こえてくる。心なしか脈が速い様に感じる。淳哉もドキドキしているのか。淳哉も自分と同じ様に、こんな事でも緊張するのか・・・そう思うと、淳哉が動物的だとは感じない。正子もゆっくりと淳哉の背中に手を回してみる。
「あったかい・・・」
「まーこ、風邪ひかないかなぁ」
暫くして正子が顔を淳哉の胸から離した。そして淳哉の胸に両手を当てた。引き締まった胸板の筋肉の下で、心臓が鼓動を伝える。
「あっちゃん・・・」
「ん?」
「あのさ・・・」
「うん」
「・・・あのね」
「うん」
勇気を出して正子がチラッと視線を上げると、思ったよりも近くに淳哉の顔がある。この緊迫した雰囲気を和ます様に、淳哉が言った。
「何?ちら見したでしょ」
恥ずかしくなって、思わず淳哉の胸に顔をうずめる。そんな正子を、淳哉はダウンの前を広げて包み込んだ。
「あったかい?」
「うん」
そう言ったが、籠って聞こえない。
「え?」
淳哉が聞き返すから、正子は顔だけ上げて もう一度答えた。
「あったかい」
二人の目が合う。しかし、淳哉が目を逸らして 体を離した。それを正子が シャツを引っぱって止めた。
「あっちゃん・・・」
「ダメダメダメ」
淳哉が必死で正子から離れようとする。
「まーこ、駄目。俺、やばい」
「いいよ、あっちゃん」
「駄目だって、ほんと」
「・・・いいよ。平気」
「ダメ、ダメ。俺神様と約束しちゃったから」
「・・・平気だよ」
「駄目だってば。でっかいお願い事してんだから」
急に黙ったかと思うと、少ししてから背伸びをして淳哉の顔に自分の顔を近付ける正子。まるでスローモーションの様に正子の目には全てが映る。淳哉の目を見る事は出来ないが、淳哉に吸い寄せられる様に近付いて 唇が僅かに重なった。全てがスローモーションの世界だった。正子は夢の中を漂っている様に体の力が抜け、目の前の淳哉も霞んで映っていた。気が付くと、淳哉がさっきよりもきつく抱きしめてくれている。正子も同じ強さで腕を回した。
「今の、俺からじゃないよね?」
「・・・・・・」
「俺、約束破ってないよね?」
「・・・・・・」
「ねえ?」
やけにさっきの初詣でのお願いにこだわる淳哉に、正子は首を傾げた。
「そんなに真剣なお願いしたの?」
まーこが顔だけを上げて、淳哉と会話をする。
「そりゃ、かなり真剣だよ」
「・・・仕事の事?」
「内緒」
淳哉の顔から読み取ろうとする正子。
「家族の事?」
「内緒」
「あっ、分かった!」
「当たっても言わないよ」
予防線を張る淳哉。
「プロポーズしたお友達の事でしょ?」
「・・・違うよ」
「えぇ~?じゃ、何だろう」
「だから内緒だって」
「じゃ、ちょっとだけ、ヒント教えて」
「・・・一生に関わる事」
「えぇ?一生?じゃ、やっぱり仕事の事?」
「だから内緒だって。時期が来たら教えるから」
「時期って?いつ頃?」
「・・・まーこ、しつこいなぁ」
「だって・・・気になるんだもん」
正子が、淳哉のダウンの中で体を左右に揺らしてねだる。
「あっちゃんの、分からない事分からないままにしておくの嫌いな性格が移っちゃった」
「ん・・・ずるいな・・・」
正子は淳哉の腕の中でニコッと笑った。
「益々ずるいな・・・」
淳哉が深く息を吸い込む。すると、正子の目の前の胸板が大きく広がった。耳を付けていなくても聞こえる程の鼓動を感じ、正子の緊張も高まる。そして淳哉が真顔で言った。
「まーこと結婚できます様にって」
時が止まる。いや、どこかから大きな時計の秒針の音が聞こえる。正子の耳元で時計の針が進む音がする。かなり大きな音だ。暫くして、それが正子の心臓の音だと気付く。それ位無言の時が流れ、微動だにしない時間が流れた。淳哉が正子の体を離す。急に正子の体温を、1月の冷たい空気が奪っていく。
「あっちゃん・・・寒い・・・」
シャツをつまんだ手を離さない正子の手を取って、淳哉が背筋を伸ばした。
「今すぐじゃなくていいから、何年先でも待つから、俺のお嫁さんになって下さい」
頭を下げる淳哉。
「あっちゃん・・・」
そう言葉が漏れるも、その後の言葉は続かない。正子も気を付けをした。そして深く深くお辞儀をする。なかなか頭を上げない正子に、淳哉の不安が膨らむ。
「それ、どういう・・・」
淳哉が最後まで言い終える前に、正子が頭をゆっくりと上げた。
「私の事・・・お嫁さんにしてくれるの?」
淳哉は正子を力の限り抱きしめた。
「する、する。絶対にする」
「こんな私でも?」
「こんなまーこだから、する」
正子は淳哉の胸に顔をぴったりとうずめた。すると今度は淳哉が言った。
「俺、だらしないの直さないからね」
「え~?それ困る」
「ん・・・じゃ、子供が生まれたら 一緒に頑張る」
「ん・・・許す」
淳哉と正子が顔を見合わせてふふふと笑った。そして二人は、もう一度ゆっくりと唇を重ねた。。。
(完)
最後までお読み頂き、本当にありがとうございました。
率直なご意見、ご感想をお聞かせ頂けたら幸いです。今後の執筆活動の参考にさせて頂きます。
また、続編の短編小説も二つありますので、そちらも引き続きお読み頂けたら嬉しいです
ありがとうございました




