第八話 適当ピッチング
田んぼの続いている道をひたすらまっすぐ行く。
途中で田んぼが途切れたので、薮に入ったり、畑を横切ったりしてひたすら歩いた。
一時間ほど歩いただろうか。
ようやくコンクリートで舗装されている道に出た。
「は! コンクリートだ!」
踏み慣れた感覚の地面だ。
どうやら山道らしく、道は緩やかなカーブを描きつつも、下に下りつつあった。
自動車が走って来た。
どこにでもありそうな、シルバーのセダンタイプだ。
「神様……」
「なに?」
「パラレルっていう割に、元の世界と一緒ですね」
そうなのだ。
悠ちゃんの家でも思ったが、元の世界とあまりにもそっくりなのだ。
その上、コンクリートにシルバーのセダン。
さらに、その車のフロントグリルには、四角に囲まれたHの文字。
H○NDAとか、元の世界と一緒じゃねーか。
「えー☆ 不満って感じ?」
神様はおれの方の上で、ぬらりと踊った。
触れると腫れるので、肩で踊りは正直やめてほしいが。
「いえ、もう一度人生がやり直せるんです。不満なんてありませんが……」
おれは服の袖を手袋みたいにして神様を乗せる。
そして、神様に失礼の無いように、丁寧におれの目線の高さまで掲げる。
「おわわ、危ないよぅ!」
芋虫神様は、手の上を転げ回る。
大丈夫、落としたりはしないさ。
そして、ようやく足がおれの服をがっしりと掴み、少しほっとした様子を見せる神様。
「神様、おれにこんなに美しい外見を与えてくれて、ありがとうございます」
神様は予想だにしない、おれの謝辞に少しポカンとしているようだった。
いや、芋虫がポカンとしても、よく分からないけどな……
それでも、おれは言葉を続けた。
「でも……おれは自分の顔よりもデベソの方が、悩みだったんです!
なのに、デベソの方を残すってどういう事ですか!?」
少し感情的になってしまった。
後半は怒鳴ってしまって、流石に神様も言葉を失った。
「平次っち……」
いかん、
涙が出て来た。
「……神様、ごめんなさい」
神様が悪い訳ではないのに、怒鳴ってしまった。
何やってんだろう、おれ。
頭を垂れた。
神様だっておれの為に、こうしてイケメンに転生させてくれたんだ。
ああ、これじゃあ前世で友達に対して言ったのと同じじゃないか……
おれはまた同じ失敗を繰り返すのか。
それはダメだ。絶対に。
人は学べる。失敗から多くを学べるんだ。
おれは過去の過ちを繰り返したりはしない。
「大丈夫だよ、平次っち」
神様は、おれの手の上でちょこんと座り、おれに向かって言った。
「人間って、こんなもんなの。
結局自分が気になれば、相手が全く気にしてなくたって、気になっちゃう。
いつだって人間はそんなコンプレックスと戦っているの」
ふと頭を上げた。
神様がこんな真面目な事を言っている。
おれは真剣な眼差しで神様を見る。
「でもね……平次っち。人間はこのコンプレックスを乗り越えて……ひゃあぁ!」
「うお!」
黒い大きな物体が凄い速さでおれの手元を通過して行った。
なんだなんだ!
カ、カラス!?
で、でかいカラスがいきなり襲って来た!
しかも、おれの手の上に……って、神様いねえぞ!?
「あぁぁれぇぇー☆」
「か、神様ーッ!」
しまった!
あろう事か、神様をカラスが咥えて連れ去ってしまった。
なんてこった!
餌に見えたのか!?
まあ確かに、……ありゃ目立つ色だ!
おれはカラスを追って、走り出した。
体はかなり軽い。
足も俊敏になっている。
しかし、人間どんなに足が速くても限界がある。
流石に空を飛ぶ鳥には敵うまい。
「待てーッ!」
気づくと山の麓まで来てた。
周りの風景が、山から住宅地へと姿を変えていた。
これじゃあ、全力疾走で大声をあげながらカラスを追う変態だと思われるんじゃないか?
しかし、幸い道を歩いてる人は少なかった。よかった。
そんな風に少しだけ気持ちが緩んだ時であった。
地面に落ちていた石が、おれの足をすくった。
速度に乗ったおれは、そのまま無様に地面を転げる。
痛い……
怪我の確認よりも先に、前方を見る。
さっきまで、必死に追いかけてもなかなか縮まらなかった差が、見る見るうちに開いていく。
これ以上離れたら、追跡は難しい。
くそっ、このままじゃ神様が……
その時、
おれの目に、おれの足をすくった憎き石が映る。
……これしかないだろ。
おれは、そいつを力強く握りしめる。
足を肩幅に開き、半身になる。
利き腕の右を後方に、左肩が前を向くように構える。
手には石。
その石を高く掲げつつ、背中を若干後方に反らす。
左股を胸に引き寄せ、右手に掴んだ石をぐっと後ろに持って行く。
前に出ている左肩で、胸を開く予備動作を行う。
その際、左足を前に出す。
股関節を開くイメージだ。
更に胸も開く。
下半身も上半身も完全に開ききり、そこから一気に収縮。
特に下半身からの力の伝わり方をイメージするように、間接から間接へ。
そして力の足し算で、最後は右手に握る石に全てのスピードが乗る。
「いっけぇぇぇえ!!」
渾身の力で放った石。
かなりの速度で飛んで行った。
野球なんてした事無かったが、このフォームが出来たのはイケメン補正という事にしておこう。
コントロールも我ながら完璧だ。
このまま行けば、完全にカラスを撃ち落とす。
「カァーカァー」
しかし、突然カラスが軌道を変えた。
斜め上に逸れ、そのまま加速して去って行った。
石はひゅーと空を切った。
「……お、おわった」
カラスが去って行ったって事は、神様はもう諦めるしかないって事か?
おれは肩で息をしながら、ただただぼーっとしていた。
ガシャン!
前方で何かが割れる音がした。
……ん、何かが割れる?
は、さっきの石か!?
前を見ると遠くの方で一台の車が停まっていた。
停まっていたというより、今まさに停まったって感じだ。
おれの投げたコース上だ。
こりゃ完璧に、あの石だな。
いやー、どうしよう……
金なんてないし、土下座くらいしか出来ないけど。
おっと、
ちょっと待てよ……
あの車、妙に高そうなんだけど。
だってあれ、ドイツ車でしょ?
真っ黒で超ピカピカとか、しょっちゅう手入れしている証拠だ。
完全に車好きな人だろうな。
申し訳ない事をした。
おや、
車からカラフルな人が出て来た。
首元は金色のチェーンネックレス。
胸元の大きく開いたド派手な開襟シャツ。
ズボンは高級そうな生地をこれでもかと使用したであろう白く太いズボン。
足下はピカピカのビカビカの黒の革靴。
髪の毛は全くない。
所謂スキンヘッドだ。
「……」
お、
もう一人降りて来た。
彼はそこまで派手じゃないが、黒いブカブカのシャツを、これまた太い白のズボンにパンツインしている。
髪の毛はパンチパーマでちりりと極めている。
目元には風格漂うサングラス。
「…………」
最後に更に一人降りて来た。
彼は白髪まじりの頭髪をオールバックに纏めていた。
全身真っ黒のスーツに身を包み、こちらは品格の漂うよう着こなしだ。
決しては大きくもなく、小さくも無く仕立てられたスーツは、彼の人となりを際立たせていた。
どんな、人となりだって?
そりゃ、ボスって感じの人となりさ!
柄シャツとパンチパーマがこっちにやって来た。
ああ、車の事で怒ってるんだよな。
これは素直に謝ろう。
なに、きっと悪い人じゃないさ。
ああいう恰好の人は、少し怖いけど、それはあくまで前世の話だ。
パラレルワールドに来たんだし、おれもイケメンになったんだし、きっと大丈夫だ。
ほら、スキンヘッドの人の顔を見てごらん。
眉間にシワがこれでもかってくらい寄っているが、眉毛はあんなに笑ってる。
おっと、失礼。眉毛も無かった。
でも、ほら。
顎を突き出して、こちらに歩きながら、おれをつま先から頭のてっぺんまでギロギロと……いや、チラチラと見ている。
これは友達になってもらいたいに違いない。
いいよ? 今日から友達さ。
パンチパーマの方はポケットに手を突っ込みながら、こっちに来る。
もしかしたら、話しかけるついでに小さな贈り物まで用意しているのかもしれない。
なんてこった、おれは何も用意してないのに、申し訳ないな。
二人がおれの目の前まで来た。
挨拶は先手必勝。
された側はいつも後手に回るのだ。
おれは必殺の新奥義、イケメンスマイルを発動。
「これはこれは、こんにちは。
車の件ですが、謝らせてください。
申し訳ございませんでした……ブッフォ!?」
言い終わる前に、プロボクサー並のパンチがおれのボディーに決まった。
ふざけるのはここまでだ。
やっぱり怖い人だった。
いきなり腹をぶん殴られた。
「てめえ、ふざけてっとぶっ殺すぞゴラァ!」
胸ぐらを掴まれた。
ひいい! 乱暴はやめて!
パンチパーマがギロリと睨みつけてくる。
「見かけねえ顔だな……どっかの組の鉄砲玉か?」
鉄砲玉だなんて、そんな……
「とりあえず、一緒に来いや!」
「ええ!? ちょ、ちょっと待って!」
「ガタガタうるせえんだよ!」
「ぐふぉぅ!」
そんなこんなで、おれはヤーさんに連行された。
さあ、平次はどうなる!?
乞うご期待!