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第六話 夏川さんの田んぼ走り

「遅いなー平次さん……」


 悠は少しモジモジしながら、テーブルでお茶を飲んでいる。

 湯飲みから昇る湯気はとても清々しい緑茶の香りだ。

 緑茶はリラックス効果と口臭防止効果があると聞いたのを思い出してのチョイスだ。


「はぁ、さっきは我慢出来ずに舌出しちゃったけど、引かれてないよね?」

「ふふふ。大丈夫だよ☆」


 彼女の向かいの席には神様が座っている。

 といっても芋虫なので、椅子の腰掛けの部分にちょこんと乗ってるだけなのだが。

 だから普通に席についてる悠からは死角になる。


 神様の声はもちろん平次にしか聞こえない。

 神様がそういう風に設定したのだ。

 なのに、悠の独り言にいちいち反応するのは、全能な神も脳みそに若干の欠陥が見られるからだろうか。

 それは読者の皆様方の想像にお任せする。


「平次さん、もしかしたら長風呂好きなのかしら? でももう一時間も経つし……はっ! もしかしてノボセて倒れたとか!?」

「そりゃないと思うょ。あの体はかなり頑丈に出来てるし☆」


 がばっと立ち上がる悠。


「大変! 様子を見に行かなくちゃ!」

「大丈夫だってばぁ☆」


 ダッダッダっと慌ただしく風呂場に向かう悠の後ろ姿は、まだ幼さの残る様子だ。

 彼女は見た目で言うと高校生くらいに見えるが、実際は二十四歳である。

 地元の高校を卒業し、農業大学を経て現在に至る。

 自分で農家を立ち上げたいと、単身家を飛び出し、ここに家と農地を借りて農家として生計を立てている。

 もう立派な大人なのだ。

 しかし、曲がり角で靴下で滑って止まるなどの様子を見る限り、まだまだ子供である。


「平次さん! 大丈夫ですか!?」


 風呂場に駆けつけると大声で安否の確認をする。

 しかし、風呂からは何の返事も返ってこない。

 これは本当にのぼせ上がってしまったのかもしれない。

 悠はそう思い、ドアノブに手をかける。


「あ、開けますよ?」


 やはり返事がない。

 これは緊急事態だ。

 そう、緊急事態。

 自分に言い訳をして、意を決してドアを開けた。


「……」


 そこには平次の姿が無かった。

 にょろにょろと神様もやって来た。


「うっそん☆ コレヤバい感じ」



 呆然と立ち尽くす悠。

 神様は脱衣所を詮索する。


「あっれー? 平次っちの服が無いよ?」


 どうやら平次はどこかに行ってしまったようだ。


−−−−−−−


 はあ。

 一体どうしろって言うんだ。

 こんな醜いデベソのままじゃ、イケメンに生まれ変わったところで大して変わりないじゃないか。


 おれはさっき自分のデベソを確認し、失意にまみれて悠ちゃんの家を出た。

 悠ちゃんの家を背にして、おれは来た道を引き返してる。


 何がサービスタイムだ……何が我慢出来ないだ……

 もしかしたら悠ちゃんとのイチャイチャタイムがあるかもしれないと思っていた自分が腹立たしい。


 こんなデベソ、他人に見せられる訳が無いじゃないか。

 しかも生前の頃より、ちょっと出っ張ってるしな。

 凸って感じだしな。

 こんなにイケメンなのにな。


 はぁ……


「平次サーン!」


 遠くの背後から声が聞こえて来た。

 振り向くまでもない、悠ちゃんだ。

 突然いなくなったのを心配して探してくれたんだろうか。

 いや、それともブラをくんかくんかしたから、一発ぶん殴りに来るのだろうか。



 ……ごめん、悠ちゃんっ!


 おれは走った。

 そう、逃げるのだ。

 所詮おれは嫌な事から逃げるダメ人間なんだ。

 振り返る事無くあぜ道をまっすぐ走る。


「あ、待って!」


 悠ちゃんはそれでも追いかけて来ているようだった。

 本当に申し訳ない。

 でも、こんな醜いデベソ男は消えた方がいいんだ。


 しかし、細いあぜ道が途中で途切れた。

 一本道で来たのに。

 前方には水田が広がっている。

 田植えはまだなのか水だけ張っている。

 後ろからはだんだん悠ちゃんが近づく。


 ええい!


 おれは田んぼに飛び込んだ。

 今まで田んぼに入った事は無かったが、思った以上に浅かった。

 しかし、田んぼの泥はおれの足を取り、なかなか前に進めない。

 足を抜こうとしても、なかなかうまく抜けないのだ。

 くっ、次の一歩が出ない。

 田んぼってこんなに歩きずらかったのか!

 おれはヘンテコなロボットダンスを踊るように、一歩ずつ田んぼを行く。

 半分くらい来たところで、再び悠ちゃんの声が聞こえた。


「平次さん! 待って!」


 振り返ると悠ちゃんは田んぼのすぐそこまで来ていた。

 部屋着のまま飛び出して来たのだろう。

 白いTシャツにスウェット生地のホットパンツという、リラックスした装いだった。

 しかしそんな部屋着のような格好だというのに、彼女も田んぼの中に飛び込んだ。

 おれのせいで彼女の部屋着も泥だらけだ。


 こんなデベソ男ほっとけばいいのに……



 ……てか悠ちゃんめっちゃ速えぇ!

 明らかに田んぼの中を歩き慣れてる感じだった。

 これがプロの農家の実力か。

 まさにプロファーマーだ。


 しかし、家を飛び出して来た以上、おれもここで捕まる訳にはいかない。

 ここで悠ちゃんに捕まってしまったら、メンツが立たない。



 悠ちゃんの息づかいが聞こえるくらい、彼女は近くまで来た。

 一方のおれは未だにうまく歩けない。


「捕まえたっ!」


 後ろから悠ちゃんに右手をがっしりと掴まれた。

 捕まってしまった。

 しかし、足がうまく抜けないこの状況で片腕を取られるのは、転倒を免れない体勢だ。


「う、うわ!」

「え? きゃっ!」



 やや前のめりの体勢だったおれは、バランスを失って横に転がった。

 もちろんおれの腕を取っていた悠ちゃんも道ずれだ。


 ビチャンッ!


 田んぼに背中から落ちた。

 冷たい。

 泥が服の隙間から入って来て気持ち悪い。


「平次さん……」


 悠ちゃんはおれに抱きかかえられるような体勢で転んだ。

 幸い彼女の服についた泥はそこまで酷くない。

 ただ、ホットパンツは完全に泥まみれだ。


 彼女は上体を起こすと、静かにおれを見つめた。

 健康的な脚が泥に塗れてなんかちょっといやらしい感じになってる。

 しかもTシャツもよじれて体にぴたりと張り付き、体のラインがくっきりだ。


 それでもおれは興奮しない。

 いや、興奮する資格なんて無い。

 イケメンを装ったデベソなんかが興奮するなんて許される筈が無い。


「……ごめんなさい」


「えっ?」


 あろうことか彼女は謝って来た。

 おれに?

 なぜ?

 おれはデベソだし、君のブラの匂いを嗅いだ変態なのになぜ謝る?

 謝らなければならないのはおれの方なのに。


「わたし、バカで平次さんの唇が腫れてるのにテンパっちゃって、毒を吸い出そうとして……」


「……」


「真面目だったんです! でも、初めて平次さんを見た時からすごく心臓がドキドキして……

 それで気がついたら舌まで出して、本当にキモかったですよねっ! ゴメンナサイ!」


 ああ、なんて優しい子なんだろう。

 ただおれがどこかに行くだけだというのに、身を挺してまで謝ってくれるなんて……


「いや、悠ちゃんは悪くないよ……むしろとても嬉しかったよ。ごめんね、突然出てったりして。でも、これはボクの問題なんだ」


「なんでですか? なんの問題なんですか? わたしには言ってくれないんで……え?」


 悠ちゃんが突然言葉を切った。

 どうしたんだ。

 彼女の顔を見る。


 悠ちゃんの視線はある場所に固定されていた。

 それはおれの体の中心部。

 ……ま、まさか!


 がばっと上体を起こし衣服を確認する。

 完全に泥に塗れたシャツは体にくっつく。

 それでまくれ上がった裾が泥で固定され、おれの腹部が露出していた。

 もちろんデベソも見えてしまっている。

 衣服に乱れアリ!


 お、おわった……


 これはアソコを見られるのより何百倍も恥ずかしい。

 むしろ死んでしまいたい。

 さーっと全身の血の気が引いていく。


 体に力を入れて、無理矢理悠ちゃんを退かそうとするが、悠ちゃんは動かない。

 悠ちゃんはぼーっとおれのデベソを見つめている。

 おれは諦めた。


「ごめんね。ほら、ボクでべそなんだ……キモいでしょ?」


 それでも返事は無い。

 相当ショックだったんだろうか。


「ね、だからどいてくれる?」


 未だに返事はない。

 彼女は依然としてデベソを見つめたままだ。


「んあぁぁ……綺麗ですぅ……」


「へ?」


 悠ちゃんの顔を覗くとうっとりした顔でデベソを直視していた。


 綺麗?

 何を言っているんだ?


 悠ちゃんの顔はだんだん切なそうな表情になっていく。

 お、引き始めたか?


 と思いきや。


「あぁン……す、すてき……」


 完全にとろけた目になった。

 しかも指でヘソをすりすりしてる。

 だんだん悠ちゃんの顔がおれのへそに近づいてゆく。

 え? なにするの!


「はぁはぁ……」


 お腹にぽたりと生暖かい感覚が落ちた。


 血だ。

 悠ちゃんが鼻血を出してる。


「はぁはぁ……平次さん、おヘソが、あぁ……な、舐めても、いいですか?」


 えぇぇぇぇぇぇ!!

 まさかのデベソフェチ!?


「い、いや、汚いよ。泥だらけだし……」

「えぁ? じゃ、じゃあウチに行きましょう? 服もこんなんですしぃ……はぁはぁ」

 「あ、はい……」


 なんだか怖い。

 完全に正気じゃない。

 さっきまでの可憐な少女は発情した猿みたいな目になってる。

 うぅ、なんかとてつもなく不安だ。


 こうしておれは夏川悠ちゃんの家に引き返す事になった。

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